生成AIが日常生活や業務の一部となりつつあるなか、いわゆる「AIネイティブ世代」が職場に加わるのも時間の問題となってきました。AIネイティブ世代は一体どんな教育環境を過ごしてきたのでしょうか。また、AIネイティブ世代が職場に増えたときに、私たち“非AIネイティブ世代”はどんな姿勢で受け入れるべきでしょうか。そんな疑問を、日本最大規模のプログラミング学習を展開するライフイズテック社の讃井(さぬい)さん、樋口さんにぶつけてみました!
讃井 康智氏
東京大学教育学部卒業後、株式会社リンクアンドモチベーションに勤務。その後、東京大学大学院教育学研究科に進学し、故三宅なほみ氏に師事。各地の教育委員会・小学校・保育園などで創造的で協調的な21世紀型の学びを実現するサポートを行う。ライフイズテックには立ち上げ時から参画。現在、取締役 最高AI教育責任者。文科省「教育データ利活用に関する有識者会議」委員、NewsPicksプロピッカー(教育領域)なども兼任。
樋口 美紀氏
東京大学大学院教育学研究科修了後、大手精密機器メーカーに入社。エンタープライズ向けサービス事業のコンサルタント営業を担当後、同事業の事業企画スタッフとして中期戦略や年間予算の策定業務に従事。2021年にライフイズテックに入社。学校向けのオンラインプログラミング教材のマーケティングを担当したのち、法人向けのDX人材育成事業の立ち上げに従事。
生成AI活用に前向きな文部科学省のガイドライン
ライフイズテックは日本最大規模のプログラミング学習を提供している会社とうかがいました。
はい。当社は2010年に創業し、中学生や高校生向けのデジタル教育から事業を開始しました。キャンプとスクールを合わせたITワークショップは、これまでに5.9万人以上の中高生に参加いただいていて、中高生向けIT講座実績はアジアでNo.1、世界でNo.2のシェアを誇っています。
現在の主力サービスは「ライフイズテック レッスン」という中学校・高校向けのプログラミング学習教材で、2023年8月末時点で全国4,000校以上の学校に導入いただいています。それに伴い、学校の先生向けの研修や伴走サポートにも注力しています。
私自身は、中高生たちの将来的な受け入れ先となる企業側のDXを進めるために、社会人向けのDX人材育成プログラムを開発する部署に所属しています。特に昨今注目を集める生成AIに関して、企業内でどう活用していくのか、従業員のマインドやスタンスをどのように変えていくのかなど、企業様に対してご提案する業務に従事しています。
生成AIに関しては、文部科学省が2023年7月に教育現場における活用のガイドラインを示しました。本ガイドラインの要点を教えていただけますか。
前提として、生成AIがどのような仕組みで動いているかという理解や、どのように学びに活かしていくかという視点、近い将来使いこなすための力を意識的に育てていく姿勢が重要であること。そのうえで、リスクも理解した上での適切な使い方であれば学校教育における活用も問題ない旨や、校務での利用についてはあまり制約がなく、働き方改革の一助となる可能性がある旨が提言されました。
さらに、「機動的な改訂を想定」という記載もあり、教育現場における生成AIの活用について柔軟に取り組んでいく姿勢が見られましたし、具体的な使い方などHowの部分を示してくれた点も良かったと思います。当社としては、総じて非常に前向きな方針であると捉えていますし、文部科学省が早い段階でこのような指針を出した点は素晴らしいなと感じています。
なるほど、ネガティブな部分が切り取られた報道も一部ありましたが、全体的には前向きな方針ということなのですね。
そうですね。ただし、いくつかの課題もあげられます。たとえば、AIリテラシーをどの時間にどう学ぶかについてはまだ言及がありません。また、教科教育のなかでの利用が中心で、AIを社会でどう活用していくかの観点が弱いと感じます。さらに、学習指導要領や入試制度など根本的な制度の変革に触れられていない点も気になります。
特に3点目の課題に関連して、あくまでも現在の学習指導要領や入試制度を前提としたガイドラインであるがゆえに、生成AIを活用できる現状との齟齬が生じてしまっていると思っています。本来は生成AIを当たり前に活用する社会になれば、必要な学習の内容も量も変わりますし、評価の仕組みも根本的に変わってくるはずです。20世紀型の教育システムに生成AIを当てはめるのではなく、教育システム自体を21世紀型にアップデートしていく必要があるのではないでしょうか。
個別最適な学びをサポートするツールとして生成AIを利用
21世紀型の教育というお話がありましたが、2025年度から大学入学共通テストに新たに「情報」の科目が加わるなどの動きもありますよね。
はい。日本政府も提唱する『Society 5.0』の実現に向けて、学校教育においても情報活用能力の育成が加速しています。まず、2020年には小学校においてプログラミング教育が必修化されました。そして2021年には、中学校の技術・家庭科において、プログラミング分野を拡充することが決定。さらに2022年からは高校の普通科で「情報Ⅰ」が必履修科目になると同時に、共通テストにも教科「情報」が追加されました。
ちなみに「情報Ⅰ」の共通テストの試作問題を見ると、100点中46点がプログラミング分野の問題です。具体的な問題解決のシーンにおいて、Pythonなどのテキストコーディングで用いられる言語を模したプログラミング表記を理解し回答する問題が出ています。
なおかつ、今回の学習指導要領の改訂で、高校の情報科目で扱う内容が大幅に変更となりました。プログラミングにとどまらず、データサイエンスや情報デザインなどの内容も追加されたのです。
高校の「情報Ⅰ」を学ぶことで、AIに対応できるスキルも身に付く可能性が高いわけですね。
そうですね。生成AIを使える人材になるためには、基本的なリテラシーとしてコンピューター の仕組みやデータサイエンスの基礎をきちんと理解しておく必要があります。 現指導要領の改訂が行われた2020年と比較しても、現在は格段にAIの技術が進み、私たちの生活にも入り込んできています。だからこそ、小・中・高のカリキュラムをさらに時代に即したものへと変えていくこと。AI教育全体のレベルを底上げし、段階的な成長を描いていくことが大切です。
実際の教育現場において、生成AIはどのように活用されているのでしょうか。
LLM(大規模言語モデル)の精度がより高く出ている英語圏の国々を先駆けに、「個別最適な学び」を実現するためのツールとして注目されています。例えば、生物の科目が苦手な生徒に対して、AIが反射的に生物の問題を出すのではなく、まず「あなたは何になりたいの?」というような問いかけをしたうえで、学習者の興味・関心に合ったアドバイスや問題を出してくれるようなサービスです。言ってみれば、生成AIによって、一人ひとりの生徒に超優秀な家庭教師をつけられるようになったようなもので、個別最適な学びのレベルは格段に上がるはずです。
また、世界では特に英語教育での生成AI活用が進んでいます。英会話のロールプレイング相手になり、発音のフィードバックをしてくれたり、台湾では既に公教育で生成AIを活用した英会話アプリを使用していたりします。日本でも活用事例が出てきています。例えばAIが生成した文章をもとに良い文章の書き方を討議したり、短歌のストーリーを生成AIが作った画像を使って表現したり、日々の出来事をテーマにAIで作曲したり。また、探究的な学習のなかで思考を深めるためのツールとして、アイデア出しや観点出しへの活用や、自身の研究計画に対してフィードバック・示唆を得るために使われたりもしています。
指導者側のAIリテラシー向上が急務
単純な疑問ですが、生成AIはとても便利なツールである一方で、誤った情報がさも正確な情報のように表現されるケースもあるのではないかと思います。そのようなリスクは、教育現場において問題視されていないのでしょうか。
ハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成する現象)の問題ですね。たしかにそのリスクは存在します。そもそも生成AIが間違える理由は、大量の学習データをもとに「推測」するツールだからです。知識や論理をもとに回答しているわけではないということですね。AIが事前学習していない ことにも答えようとしてしまった結果、誤った情報を生成するケースがあるということです。
ハルシネーションに関わる真偽の確認や、著作権関連のリスクなどは教育現場としても気にすべきところですが、一方で生成AIのアウトプットの精度は日々向上しています。たとえばブラウジング機能が追加されたり、プロダクトやサービスの改良を重ねたことでだいぶ正確な情報がアウトプットされるようになってきました。
指導をする側のAIリテラシーも必要とされそうですね。
はい。実際のところ、教職員自身の生成AIの活用は始まったばかりの状況です。2023年度のデータでは、文科省のガイドラインに基づいて校務で生成AIを活用しているかという質問に対し、76.8%の学校が「まったく活用していない」と回答しています。現実的に予算が取れないことや、具体的なカリキュラムなどの成功事例の蓄積が少ないことが一因でしょう。教職員に、AIの仕組み自体を学ぶ機会が用意されていない点も問題です。
ともすると生徒や学生のほうが、リテラシーが高いという事態も生じかねません。
まさにそうです。ICT全般に共通しますが、生徒の方が先生よりもリテラシーが高いというスキルの倒置が起きがちな領域ですよね。だからこそ、私個人としては自治体が主導して教職員向けの研修を必須化していく必要があるのではないかと考えます。
当社でも教職員向けの研修にはかなり尽力していますし、2023年には経済産業省の実証事業において「小テスト作成」や「授業案作成」などの面で教職員がAIを活用する取り組みをサポートしました。実際に教職員の業務時間が減少したり、生徒から良い反応を得られたりと、効果が現れはじめています。
「2029年問題」をどう乗り越えるべきか
これから職場に加わる新入社員たちは、まさにAIネイティブ世代といえそうですね。
そうですね。これから入社する新入社員たちはAIの常時利用が生活の前提にあり、AIにより自分の能力をブーストするポテンシャルを秘めています。たとえばレポートを1つ作るにしても、「早く」「たくさん」「クオリティの高い」アウトプットを生み出すのが得意な世代です。AIと共創できる基礎スキルを持っていますので、若くして社会課題解決の第一線に立っていく人も多いことでしょう。
事実、東京都教育委員会が行った調査によると、2023年度時点で自宅学習に生成AIを使ったことがある生徒が、中高生でも約20%に達しているようです。また、全国大学生活協同組合連合会の調査では、2023年秋時点で46.7%の大学生が生成AIを利用したことがあると回答し、その目的の上位に「論文・レポート作成の参考」「翻訳・外国語作文」などがあがっています。
私たちは「2029年問題」という言葉を使っているのですが、新課程で「情報Ⅰ」を受講した生徒たちが学部卒で社会人になるのが2029年です。学校教育でしっかりと「情報」を学んだ世代は、高校時点で全員がPythonでのプログラミング経験があり、情報デザインも理解していて、オープンデータを使って相関分析を行ってきたような人たちです。すごいことですよね(笑)。DXの素養を持った若者たちをきちんと活躍させるためにも、受け入れ側の企業・社会もアップデートしていく必要がありますね。
【後編につづく】
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