知られざる"競技タイピング"の世界。競技タイピング日本一のmiriさんに聞くその面白さや見どころとは。
「競技タイピング」という世界をご存知ですか?
タイピングの速度と正確性を競うもので、日本一を決める大会も開催されているんです。
それがハイエンドキーボードで有名なREALFORCEが主催している「REALFORCE TYPING CHAMPIONSHIP」(以下、RTC)。
その大会の熱気と競技性、そしてタイピング速度は想像を大きく越えるものでした。
この大会は2017年から毎年開催されているのですが、優勝者はなんと3年連続同じ方なんです。
それが、タイピング女王とも評されるmiri選手(以下、miriさん)。
大会3連覇を果たしたmiriさんに、競技の裏側、面白さや見どころ、タイピングのスピード向上のコツなどをお伺いしました。
miri選手のタイピングのスピードと入力方法
RTCの動画、見させていただきました! みなさんタイピングが速すぎて…。 miriさんだと1秒間に何文字ぐらい打っているんですか?
平均だと16~17キーぐらいです。ローマ字入力なので、文字数に換算するとだと8文字くらいですね。
1秒間にですよね!?速すぎる…! 大会を見るとローマ字入力の選手とかな入力の選手がいらっしゃいますが、スピードの差はあるんですか?
スピードの差はかなりありますね。 かな入力は1打鍵で1文字が入るのに対して、ローマ字入力だと1文字を入れるのに2打鍵以上が必要なので、タイピング量が結構な差になります。
それでもmiriさんはローマ字入力ですよね? かな入力に転向を考えたりしないんですか?
かな入力でローマ字入力の速度が出せたらかな入力にしています。 一応かな入力もできるんですが、打ち方が違いすぎて、慣れているローマ字入力ほどの速度は出ません。
「競技で戦えるレベルのスピードを出せるのはローマ字入力だけ」という感じですね。 イメージで言えば短距離走と長距離走くらい別物で、個人的には大会の部門も分けた方がいいと思っています。
その状況でローマ字入力で優勝してるmiriさんすごい…。 ちなみに競技タイピングではかな入力が主流なんですか?
e-typing等タイピングのスコアを競うサイトではローマ字のほうが人口が多いので、基本的にローマ字が主流と言えると思います。
有利不利で言えば、かな入力とローマ字入力が同じ土俵で戦うRTCにおいて、かな入力の方がタイピング量が少ない分だけ有利な点は多いと思います。 ただ、RTCでは正確性の95%ルール(後述)があり、かな入力の方がタイプミスの影響が大きいため、速度面で有利なかな入力とミスの影響が少ないローマ字入力でバランスは取れていますね。
RTCに出場されてる方ってどんな方がいらっしゃるんですか? みなさんタイピングめちゃめちゃ速くて、もはや想像もつかない世界なんですけど…。
タイプウェルというタイピング練習ソフトの1位、インテルステノというタイピング世界大会の多言語部門の優勝者、毎日パソコン入力コンクールの優勝者などが多数いらっしゃいます。
すごい方ばっかり…。 その方々を差し置いて3連覇するmiriさんは一体…。
競技タイピングの戦略性・競技性とは?
大会の動画、通しで見てしまうくらい面白かったです。 詳しい話に入る前に、まず競技タイピングの大会であるRTCのルールの紹介です。
補足をすると、正確性はタイプミスの割合を計算するもので、ラウンド終了時(どちらかが10ワードを先取したとき)に自分だけが95%を下回っていると無条件で敗北、両方が95%を下回っている場合は10ワードを先取した方が勝利というルールになっています。
1タイピング差で勝負が決まる「緊迫感」
どの選手もタイピング速度は速かったですが、miriさんは高い正確性を保ちながら、1000kpm近く(1秒間に16~17キー)をキープしているシーンが多いですよね。
ギリギリまでどちらがワードを取るか分からないシーンも多く、緊迫感がすごかったです。
ワードの取得は、全く同タイミングになることや1〜2タイピング差になることも多いですね。 最後打ち切ることで少しの差で取れたりもするので、思い切りも重要だったりします。
競技を面白くする「正確性」
文字を打っている途中に正確性がリアルタイムで表示されるじゃないですか。 あれはどれくらい意識していますか?
毎ワードごとに見ています。低いときは「あっやばいな」とか思ってますね。
やっぱり正確性から戦略も変わってくるんですか?
ここは駆け引きがあります。 例えば両方が95%を下回っていると、先に10本を取った方が勝ちなので、相手も下回ることを想定して速度に全振りして打ったり。
自分だけが95%を下回っていると、勝つためには95%以上の正確性が必要なので、何ワードかは取られてもいいから慎重に打って正確性を上げることを優先したり。
それを知ってから試合を見るともっと面白い…!
もちろん速度と正確性の両立が重要なのですが、駆け引きや戦略性も含めて面白いですよ。
「ワード選択」という駆け引き
ラウンドごとに次のラウンドのワードを決めていますよね? あれってどういうやり取りをしているんですか?
1戦目は候補の言葉すべてが入る「ALLワード」からの出題なのですが、2戦目以降は、ラウンドを取られた方が次のラウンドの出題ワードを選ぶんです。 「ALLワード」・「平成ワード」(平成に流行った言葉)・「コンピュータワード」・「スポーツワード」から選択して対戦します。
「平成ワード」は文字数が多くかな入力有利、「コンピュータワード」はアルファベット表記の単語が多くかな入力の有利さが少ない、などワードごとに特徴があります。 なので、相手の入力方法や苦手なワードに応じて選択するなどの駆け引きがあるんです。
ランダムで決まるわけじゃないんですね、面白い…!
大会に向けての入念な準備と対策
タイピングの練習って定期的にされてるんですか?
今は仕事でかなりタイピングするので、仕事が練習になっている感じです。 でも大会が発表されれば大会に向けた練習を始めますし、大会直前には1週間くらい有休をとって集中して練習しています。
有休!!ガチだ…! 大会に向けてはどういう練習をするんですか?
出題されるワードの候補は事前に公開されるので、それらのワードを速く正確に打てるよう練習するところから始まります。 苦手な入力パターンをつぶす練習、速度重視の練習、正確性重視の練習、速度と正確性を両立する練習を繰り返します。
ある程度詰まってきたら、最後はとにかく苦手をつぶすことにフォーカスしますね。 本番1週間前は1日10万打鍵はしていました。
10万打鍵…!?ガチのトレーニングだ…! ワードごとの対策って、ものすごい数になりません…?
大会での出題候補は3つのジャンルそれぞれに100ワードずつあるので、かなりの量です(笑)。
しかも2つのワードが組み合わさって出てくるから、普段なら絶対打たないような言葉が出てきますよね。 「エミュレータを砲丸投げ」というワードが出たときは目を疑いました(笑)。
とんでもない日本語ばかり出てきますね。 同じワードでも、組み合わせ次第で打ち方を変えた方が効率がいいこともあるので、何度も繰り返しながら少しずつ慣らしていきます。
ホームポジションは使わない!?タイピングの運指のこだわりと最適化
タイピングの際の運指(指の動かし方)ってどれくらいこだわっているんですか?
あらゆるワードについて速くタイピングできる運指を考えますね。 ホームポジションのままの指でとらないワードはかなり多いですよ。
じゃあ、大会の候補ワードについても全て運指を考えているということですかね…?
そういう事です。
対策の量が半端ない…。 大会動画を見ていると、同じ指に負荷が集中しないよう分散する運指を考える選手もいて、運指の最適化も奥が深いと感じました…。
ちなみに、速度が上がる運指のコツってどんなものがありますか? (ここからはキーボードを見るかイメージして、実際に手を動かしながらお読みください。)
とにかく入力時間のロスを減らすことが大事ですね。 例えば「KI」「DE」などは、通常だと両キーとも中指を使いますが、同じ指が連続すると遅くなってしまうので、より速く打つために「Kを中指、Iを人差し指」や「Dを人差し指、Eを中指」にします。
あ、たしかに速い!
Nが連続するワードはXを使う、例えば「トンネル」だとTONNNERU→TOXNNERUにすることで、右手の負担が軽減されて速く打てます。
そもそもXを使えること知らなかった…。
また、一部のキーは複数の指でとれるようにすると速度が上がります。 例えば、真ん中にあるY・H・Bのキーを両手で打てるようにすると速度が上がりますね。
やばい、わたしどれもできてない(笑)。
指の移動のロスをなくすことは本当に重要です。 例えば「漁師」と打つときに、Rを左手の中指、Yを左手の人差し指、Oを右手の中指、Uを右手の人差し指にすることで、標準位置で打つより速く打てるんです。
確かに速い!すごい! こういう「速くなる運指のコツ」がリサーチされているものなんですか?
ちゃんと決まってはおらず、競技者間でノウハウがシェアされているわけでもないので、人それぞれですね。
RTCでは選手の運指表が公開されていますが、選手ごとにどのキーをどの指で打つかは違いますもんね。 このキーをこの指で取るんだ!って結構驚きました。
単語ごとに運指は異なり、例えば「旅行」だとYを右の人差し指、Cを左手の中指で取ります。 もし右手でKを取ろうとすると、OとUの間にKがあるからちょっと指が絡まっちゃうんです。 「ここ」と打つときは、KOKOよりCOKOで打った方が速く打てます。
なるほど〜〜〜!めっちゃ面白い!!!
エンジニアだとDvorak配列などキーボードの配列を変える人はたまにいますが、競技シーンでも配列を変える方っていらっしゃるんですか?
QWERTY配列以外だとDvorak配列のキーボードが使用できますが、あまりいないですね。
競技タイピング選手のmiriさんが生まれるまで
タイピング選手になるきっかけはハンゲーム?
miriさんはいつごろからタイピングを始められたんですか?
小学校低学年の頃に打モモというタイピングソフトを始めて、中学時代にハンゲームの歌謡タイピング劇場にハマりました。 これがタイピングを本格的にやっていくきっかけでしたね。
歌謡タイピング劇場は、音ゲーみたいな感じで速く打てると判定が出るのと、オンラインで他の人と一緒に協力プレイができるところが楽しかったんです。
ハンゲーム、めちゃ懐かしい…。 ちなみに「タイピング楽しい、もっと極めたい」となるモチベーションってなんでしたか?
やっぱり一緒に遊んだ人が自分より速いと、羨ましいな、カッコいいなと思っていて、とにかく追いつきたくて練習していましたね。
競技タイピング選手はもはやアスリート
大会に出るときの気持ちってどんな感じなんですか?
今はかなり真剣ですね。負けるつもりはないぞくらいの気持ちです。
ただ、最初は腕試しくらいの気持ちでしたし、どんな大会なのかピンときてなかったんですよ。 行ってみたら、思っていたより競技としてしっかりしていたんです(笑)。
当時はかな入力には絶対勝てないと思っていたので、最初から優勝できたのはびっくりしました。 2回目以降はプレッシャーもありましたね。職場からのプレッシャーとかも(笑)。
職場からのプレッシャー?
当時の求人情報に「タイピング大会の優勝者もいます!」と記載されていたんです(笑)。 大会のために1週間も休ませてもらってるのもありますね。
それは負けられないですね(笑)。 miriさんは今後も競技シーンで戦っていきたいと考えているんですか?
はい、変わらず戦っていきたいですね。
選手としての今後の目標などはありますか?
もちろん今後も大会で優勝したいのと、さらに速度は伸ばしていきたいです。 年齢とともに指の運動能力は落ちていくと思うので、より正確に打てるよう練習していきたいですね。
すごい…!もはやアスリートだ…!
競技タイピング選手の普段のお仕事は「字幕」?
miriさんはテレビの字幕のお仕事をされてるとお聞きしたんですが、詳しく教えていただけますか?
はい。字幕にも大きく2種類あって、ニュース番組などにリアルタイムで字幕をつける「リアルタイム字幕」と、ドラマ番組やバラエティ番組に字幕をつける「パッケージ字幕」があります。 テレビのリモコンの「字幕」ボタンを押すと出てくるもので、番組表で〔字〕と書いてあるものに付与されています。
病院の待合室などで見たことあります!
リアルタイム字幕は、実際にオンエアを聞きながら3~4人で順番に聞こえた内容を入力します。 入力の癖や入るタイミングがそれぞれ違いますし、省く箇所の統一なども必要なので、入力者同士の慣れやチームプレイがかなり大事なんです。
複数人で取り組むチームプレイだったんだ…! パッケージ字幕の方はどんなお仕事なんですか?
パッケージ字幕では、いただいた番組データに字幕をつけていきます。 リアルタイム字幕と違って時間に余裕があるので、字幕の表現をある程度自由に考えられるんです。
この間、職場の同僚の方がお笑い番組で芸人さんが3人でギャグをやっているのを「(口々に騒ぐ)」と字幕をつけたところ、それが本人に届きTwitterでバズりました(笑)。
字幕には、ちゃんと読めるように「表示された字幕は2秒以上表示されないといけない」というルールがあるんです。 全てを字幕にして少しずつ表示すると字幕が遅れますし、遅れないように一度に表示すると画面が字幕で埋まってしまいます。
なので工夫のしがいがありますし、「(口々に騒ぐ)」という字幕も生まれるわけです(笑)。
見る人のことがすごく考えられてるんですね…! miriさんが字幕の仕事を始められたきっかけってなんですか?
大会の出場者の中に字幕の仕事をされている方がいて、お誘いいただいたんです。 趣味を仕事にするのにためらいがあってバイトから始めたんですが、面白かったので正社員になりました。
どのあたりが面白かったんですか?
趣味のタイピングができますし、しかもテレビ番組を観ながら仕事できるところですかね(笑)。
仕事は土日祝日や深夜早朝、全然関係ないシフト制です。 早朝番組だと前日からホテルに泊まって4時半にはスタンバイに入りますし、深夜番組だと深夜に終わるのでタクシー帰宅です。
シフト勤務の大変さもありますが、字幕が必要な方の役に立てているやりがいが大きいですね。
字幕の仕事、想像していたよりもすごく興味深い仕事でした…!
miriさんとキーボードとタイピング
最後にキーボードについて聞かせてください。 miriさんは現在REALFORCEを使われていますが、いつ頃からREALFORCEを使っていたんですか?
初回優勝の後くらいですかね。
え!? ということは、初回大会のときはREALFORCEじゃなかったんですか!?
5,000円くらいのあまり高くないキーボードを使っていました。
それで優勝するのすごい…。 REALFORCEを使い始めたきっかけは何だったんですか?
もともとREALFORCEをいくつか試していたんですが、速度を出せるものがなくて。 初回大会後に、私はキーの荷重が重くないと速度が出ないタイプだと分かったんです。
REALFORCEで荷重が55gのキーボードがあり、今はそれを使っています。
なるほど。荷重がある方がmiriさんは打ちやすいし速いんですね。
ただ、キー荷重は人によって好みが異なるので、重いと疲れやすいか、軽いと入力に違和感があるか、などを意識して選ぶといいと思います。 ちなみに大会出場者は30gを使っている方がほとんどです。
ちなみにmiriさんは仕事でも55gを使ってるんですか?
仕事では45gですね。 リアルタイムで長時間連続で打つので軽さが欲しいのと、1秒間に6~7文字くらいとあまり速く打つ必要がないので。
それでも全然速いんですが…(笑)。
エンジニアだとHappy Hacking Keyboard(以下、HHKB)とREALFORCEが半々くらいのイメージです。 miriさんの周りはどのキーボードを使われている方が多いですか?
REALFORCEがほとんどですね。 ただ、HHKBは打鍵感覚とかもREALFORCEとそんなに変わらない気がしますね。
私がREALFORCEを選んだ理由は、指なじみがいい、疲れにくい、耐久性に優れている、という点ですね。 10年以上同じキーボードでも壊れないという声を聞くので、値段以上の価値はあるかなと思います。
選び方は、指なじみがいいか、ミスが増えないか、などでいいと思いますし、人によって好みが異なる部分だと思います。 ぜひ自分に合ったキーボードを見つけてみてください。
最後に競技タイピングについての思いを改めて聞かせていただけますか?
大会の回を重ねるたびにプレッシャーも大きくなりしんどさもありますが、ここまで本気になれて熱くなれることはありません。 タイピングは楽しいです、本当に。 興味ある方はぜひ動画を見たり実際にチャレンジしてみてください!
ありがとうございました! 競技タイピングの選手活動を含め、今後もmiriさんの活動を応援しています!
記事を読んで面白かった方は、ぜひmiriさんの出場した大会RTCの動画をご覧ください。
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