心理学に基づいて英単語学習ができるアプリ『DiQt(ディクト)』。
事業紹介したnote「この英単語を覚えるだけで、英文の9割は読めるようになるという話【NGSL,NAWL,TSL,BSL】」がバズったのをきっかけに、高評価を集める人気アプリとなりました。
『DiQt』を個人開発したかわんじ(相川真司)さん(@kawanji01)は、元漫画家志望。ファンタジーについて調べるうちに「プログラミングは魔法だ」と興味を持ち、「自分も魔法を使ってみたい」という想いが高じて個人開発に至ったという、異色の経歴の持ち主です。
今回は、そんなかわんじさんにインタビュー。後編では、『DiQt』でどんなふうに心理学知識が生かされているのかや、他ジャンルの知識や経験を開発に生かす「スキルの掛け算」についての考え方を伺いました。
▼前編はこちら
やりたいことがあるから勉強する。魔法使いになりたくて、プログラミングを学んだ
そもそもどんな経緯で、漫画家志望だったかわんじさんがプログラミングを学んだんでしょう?
ファンタジー系の物語描いていたのですが、魔法の仕組みを考えていたときに、「コンパイル」の概念を知ったんです。
コンパイラというのは、プログラミング言語を機械語というコンピューターの言葉に翻訳する装置なのですが、これが魔法の世界にもあったんですね。魔法の元を辿ると、神様へのお祈りだったりするのですが、お祈りの世界にも、人間のある特定の言葉を神の言葉に変換するコンパイラがあったんです。
おっしゃることはなんとなく理解できますが、なかなか突拍子もない発想ですね。
そうですね。もっと直感的な話でいうと、特殊な言語を使って命令を下すという点において魔法とプログラミングは同じだと感じたんです。 そして、作品の中で魔法の仕組みを合理化できた喜びをきっかけに、コンピューターサイエンスへの興味が芽生えてしまって。独学で勉強していくうちに、自分も魔法を使いたくなってきたんです。それで、「Progate」や「Ruby on Rails チュートリアル」でプログラミングを独学しました。
作りたいものがあるから勉強する。ファンタジー描くためにコンピューターサイエンスを勉強するのも、アプリ作りたいからプログラミングを勉強するのも、同じことです。
お金をかけずに学べることには意義がある。独学での気づきが『DiQt』に繋がった
英単語学習アプリ『DiQt』はエンジニア×心理学の知識の掛け算になっていますよね。心理学を学んだのも、作品の執筆きっかけですか?
心理学を学んだのは、詐欺に遭ったからなんです。まさか自分が騙されるなんて思っていませんでしたが、実は、スムーズな社会生活を営もうとすると、誰でも騙されてしまうんです。
誰でも⁉
物事の判断が直感や先入観によって歪むことを、心理学用語で「認知バイアス」と言います。例えば仲の良い友人に2万円の食事をおごってもらったあと、4万円貸してと言われると、なかなか断れないでしょう?
状況にもよりますが、筋の通った言い訳を用意されると難しいでしょうね。
これは「返報性」という、人間なら誰しも持っているバイアスだとされています。騙されないようにするにはこうした心理のパターンを知り、気づき、状況に応じて自分の理性で認知バイアスを補正するしかない。騙されたことが、心理学を学ぶ情熱になりましたね。
コンピューターサイエンスにプログラミング、心理学。学ぶ動機が生まれたときに、徹底的に勉強するのがかわんじさんなんですね。基本的に独学のようですが、高校時代に週刊少年ジャンプで漫画の賞を取ったあと、大学や専門学校には進学されなかったんでしょうか?
進学校に通っていたこともあって、進学せずに漫画家を目指すと行ったら、母親に大泣きされてしまったんです。それでとりあえず受験したものの、結局浪人して東大を目指すことにしました。
学歴によって増える選択肢もありますし、東大を狙える学力があるなら、お母様が「いったん大学に行ってほしい」と考えた気持ちもわからないではないですが……。
でも、国語の文章問題を解いているときに、物語のアイデアが次々と湧いてきてしまって、夢を諦め切れていない自分に気づいてしまったんです。自分はもう作品を消費する側で、作る側にはなれないんだと思うと、堰を切ったように涙が止まらなくなってしまいました。それをきっかけに受験するのはやめて、経営者である父親の理解もあって杉並で一人暮らしを始めました。
「何かを作りたい」と思っている人は多いですが、本当に作る側にいる人は10代でそこまで自覚できてしまうんですね。なんだか衝撃です。一人暮らし後は、創作活動を?
居酒屋でバイトしながら、図書館に通い、ファミレスで本を読んだり物語を作る生活を送りました。創作のためにひたすら独学で勉強する中で、本で学べるジャンルなら図書館で学士レベルまでは独学できることや、知識が大きな力になることに気づきました。
お金がなくても独学で勉強できることには意義があることに気づいたことが、英単語を独学できる『DiQt』につながっています。
心理学×エンジニア。スキルの掛け算で生まれた『DiQt』
英単語学習アプリ『DiQt』では心理学の知見が生かされているそうですね。少し触ってみたら、数問解くだけでどんどんレベルアップするんですよ。あれって心理学ですか?
ゲーミフィケーションといって、経験値によるレベルアップや継続によるバッジなど、ゲームの要素を取り入れて学習意欲を高めるものです。頻繁なレベルアップはもともとコツコツ続けられる人にはうっとおしいかもしれませんが、続かない人が多数派なのでそちらに合わせて設計しています。
それに最初のうちの成功体験は、習慣化させることに有効なんです。例えば、最初のギャンブルでビギナーズラックで儲けてしまうとハマってしまいがちだったりします。
『DiQt』の前身である『BooQs』が本の内容をクイズ形式で覚えるアプリだったというお話のときに、テスト効果というキーワードもありましたね。
参考書を読み返すよりも参考書の問題を解いたほうが覚えられるという話ですね。はい、単語帳形式で問題を解いていくスタイルなのは「テスト効果」を狙ったものです。
他にもありますか?
長期記憶として定着させるために、スペーシングエフェクト(分散効果)のメカニズムを活用しています。一夜漬けや間違えた単語を即復習するといった集中学習は、直後のテストの成績は伸びるのですが、時間を追うごとに下がっていきます。
範囲の決まっている定期テスト対策は一夜漬けでいいけど、抜き打ちテストや本番の受験では通用しませんもんね。
人間、そんなにまとめてたくさん覚えられませんからね。毎日コツコツ学習して、間違えた単語は次の日など少し忘れるくらい間隔を空けて復習するほうが、記憶が定着するんです。
問題はランダムですか?知らない単語がいくつか続いて心が折れかけたところにすごく簡単な単語が急に出てくるので、心理学のテクニックで励まされているのかと感じました。
それはハロー効果ですね!目立つ利点に引きずられて、他の部分の印象も決まってしまう現象です。たとえば、業績が悪いときは「頑固」と批判されていた経営者が、業績が良くなると「意志が強い」とポジティブに評価されるような認知バイアスですね笑
実際は出題は完全にランダムにしていますよ。これは、問題を決まった順番で出すと最初と最後だけよく覚えているのに中間をあまり覚えていないという「系列位置効果」の発生を防ぐためです。
心理学的な面で、もうちょっとこうやればよかった、といった点はありますか?
今はだいぶマシにはなっていますが、最初の頃は学習効率に目が行きすぎて、習慣化の面がおろそかになってしまっていたのが反省点です。結局のところ、どんなに効率的な学習法も続けてもらえなければ意味がないですからね。オペラント条件付け※などの動機付けの心理学について、もっと早い段階から取り入れるべきだったと思います。
※オペラント条件付けとは
知識はあとからついてくる。作りたい・欲しいという気持ちが大きな強み
『DiQt』は「心理学×エンジニアの掛け算」で誕生したアプリですが、心理学もエンジニアも、英語の学習アプリが欲しいという気持ちも、独学で学べるアプリを作りたいという気持ちも、源はすべて別々なんですね。
これを作りたい、これが欲しい、これを知りたいという今の自分の課題は、人生そのものです。だから後回しにせず、すぐに学ぶ。知識はその結果、あとからついてくるものです。
かわんじさんのお話を聞いていると、「自分にはこの知識があるから、これを生かして世の中にウケる何かを作ってみよう」という順番では、個人開発でリリースまで持っていくのは難しそうだなと感じますね。もちろん、事業化にスパッとハマるスキルとアイデアがある場合は別ですけど。
趣味でもなんでも、大好きなものがある人は強いですよ。Notion※をWebページにできる『Wraptas(ラプタス)』というサービスがあるんですね。渡邊達明さんというエンジニアが作ったんですが、最初にプレリリースしたときは本当にひどかったんです。
※Notionとは
ひどいとは、どんなふうに?
サービスの中の重要な機能を、利用者の申請があってから手動で行っていました。しかもデザインもすごくダサかったんです。でもみんなに使ってもらいながらブラッシュアップを続けて、約1年で株式会社ペライチ※に売却するまでになりました。
NotionをWebページにできるなら、たしかにペライチとの親和性は高いですけど、それにしても、スピード感も成長率もすごいですね!
※ペライチとは
渡邊さん自身、Notionが大好きな人なんですよ。「自分が使いたいものを、恥ずかしいうちにリリースして、自分で使い続ける」のが個人開発の3か条だと言いましたが、彼はそれを体現するロールモデルのような方で、尊敬しています。そしてそれができるのも、根底に「Notionが好き」という気持ちがあるからなんですよ。
好きな気持ちが大きいほど、「自分が使いたい」「絶対に完成させたい」という情熱も大きくなりますもんね。スキルの掛け算というと「英語×エンジニア」や「デザイン×エンジニア」といった職能的なスキルを思い浮かべてしまいますが、「好きなこと×エンジニア」にも大きな可能性がありそうです。
かわんじさんは、『DiQt』の次に作りたい作品はあるんですか?
出資も受けていますし、当分はDiQtをやっていく予定です。今は日本人向けの英語学習アプリですが、ゆくゆくは英語圏向けの日本語学習アプリにもしたいですし、さらに多言語対応もしたいと考えています。
【取材後記】
何かを大好きな気持ちや知りたいと強く願う気持ちこそが人を動かす原動力なのだと再認識した取材でした。かわんじさんほどストイックに勉強する自信はありませんが、好きなことの沼にはどんどんハマっていこうと思います!
【関連リンク】
DiQt - 絶対に忘れない英和辞書&英単語アプリ:https://www.diqt.net/ja
かわんじさんTwitter:https://twitter.com/kawanji01
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