先日、実業之日本社による10億円での買収が発表された「Skeb(スケブ)」。
クリエイターへのイラストや音声データの有償リクエストができるサービスで、現在は取引高が月間2億円近く、ユーザ数は100万人を越えるなど急成長中です。
このSkebを開発・運営してきたのが、株式会社スケブと外神田商事株式会社の代表取締役を務めるなるがみさん。
エンジニア・プログラマーとしてのなるがみさんにも焦点を当てながら、お話をお聞きしました。
100万人以上に使われるSkebの1人での開発と運営
Skebが生まれた理由やその思いはこちらの記事にしっかり書かれているので、この記事では割愛しようと思います。
一部だけ触れておきましょうか。 同人界隈には「スケブ」という文化があります。お客さんがクリエイターにスケッチブックを渡して「○○を描いてください」と依頼するものです。
ただ、最近では、作品を購入もせずに山のような資料を渡して、描くことを強要するようなトラブルも起きたりして。 善意に基づく無料のものではなく対価があるべきという思いもあり、それならスケブ文化をインターネットのサービスで上書きしてしまおうと始まったのがSkebです。
開発期間はどの程度だったんですか?
会社員をしていた2016年頃から構想はしていたんですが、その間は仕組みの検討やモック作成、言語策定などを少しずつ進めていて。 実際にSkebの開発に入ったのは独立後の2018年の8月でリリースが11月です。
3ヶ月!速い…!
開発期間中に、僕は太り過ぎから胃の摘出手術を受けていて。 胃ってポータビリティーが高くて。切除しても大丈夫。 胃を摘出した翌月にリリースというハードスケジュールで開発されました(笑)。
え!?胃を摘出!?開発に支障はなかったんですか…?
簡単な手術だったので大きな支障はなかったです。今は平均体重です! 1ヶ月ぐらいは力むとお腹が痛かったので、横になりながらプログラミングしてました(笑)。
いきなりヤバすぎる開発エピソードだ…。
Skebは大きな障害がなく順調なサービスという印象があります。 個人開発なのにすごいなと。
当初OAuth認証にFirebaseを使っていたんですが、アクセス過多で初日にエラーが出て、すぐに独自のOAuth認証に変えたのが一番しんどかったです。 それ以降は大きな障害は起きていません。
開発・運営が1人という体制で、100万人のユーザがいるサービスを、機能追加や改善も随時やりながら安定して運営できているのはなぜなんでしょう?
いかに無駄なコードは書かないか、運用コストを低く管理しやすくするかを意識しています。 なんでも自前でやらずに、クラウドや外部のAPIを積極的に活用して、多少料金が高くても自分で書くコードの量が少なく安定するものを使っていますね。
サーバーはクラウドで、Herokuのインスタンスだけ。 アダルト判定などはAzureの画像認識API。 管理画面は持たず、Slackに全ての情報を集約し、Slackのインタラクティブ機能を使って各種管理を行っています。
エンジニアだと手を動かしたくなることも多いと思うんですが、そこは割り切っているんですね。
エンジニアにはプログラミングを手段と捉える「手段プログラマー」と、プログラミング自体を目的とする「目的プログラマー」がいると思います。 それぞれ塩梅があると思うのですが、僕はかなり手段プログラマー寄りです。 1人でサービスを開発・運営するのであれば手段プログラマーの方が向いていると思いますね。
スピード重視でいい意味で雑に仕上げたり、早く出して早く直すことも重要です。 プログラムを書くことは解決手段の一つで、書かずに解決がベストという場合も。 手段プログラマーはそれを考えられるのが良いところです。
たしかに。
例えば、僕が作ったドージン・ドット・タックスという同人作家向けの確定申告サービスは、LPはありますが、アプリケーションのコードは1行も書いていません。
いろいろ入力して確定申告できるのかと思ってました。 Googleフォームが置いてあるだけだ…。
ただ、サービスを大きくしていくなら、どちらかに偏ってもダメで、バランスが重要です。 手段プログラマーは、技術動向を追えていなかったり、スピードを含む実装力が低かったり。 目的プログラマーは、実装力は高い一方で、施策の検討があまりできなかったり。
PMや経営者が手段プログラマー、開発が目的プログラマーというチーム構成がベストだと思いますし、今後のSkebはそのような体制で進めていきます。
個人開発者に求められるのは「沼に浸かる」こと
今回のSkebのニュースを聞いて、なるがみさんのような個人開発に憧れる人も多いと思います。 どうすれば個人開発でサービスを大きくしていけるでしょうか?
1人で開発と運営をするためには3つの知識が必要です。 1つ目がプログラミングの知識、2つ目が経営や法律の知識、そして3つ目がその領域についての深い知識です。 この3つが揃わないと、1人で開発・運営はできません。
最初の2つは勉強すれば学べるものですが、3つ目が最も重要で、最も大変です。 個人でサービスを開発・運営するということは、自分がPMであり、開発者であり、運営者です。 全てをバランスよく行うためには、「そのコミュニティの方々や想定のユーザと横に並ぶ当事者」にならないとダメなんです。
ということはSkebを運営するなるがみさんも…?
はい。2009年から同人作品を出し続けていて、同人ゲーム、音楽CD、情報誌や評論誌、グッズにコスプレROMまで作りました。
ガチの同人作家だ…!
そこまでやらないと、ユーザの本質的な課題もニーズも分かりません。
特にサブカル系のサービスは、「オタクの敵味方判定」がされる領域です。 運営者はユーザの敵か味方かという目で見られ、「ちょっと違うぞ」となると「こいつは敵だ!」と見なされます。
あー分かります…。
その意味でも、ユーザと同じコミュニティに浸かって、隣に立つことが重要なんです。 自身が当事者だからこそ、機能や施策の優先度付けから細部にいたる体験の良し悪し、適切な言葉の使い方まで分かるようになりますし、本当にユーザが嬉しいサービスを提供できます。
Skebの体験の良さの理由が分かってきました。 なるがみさんの「クリエイターを支えたい」という気持ちが機能やページの各所に見えることもSkebの良さだと感じます。
こういうことを日々考えながら、自分1人で運営も実装も決断して手を動かすわけですよね。 どういう判断軸で、機能の要件定義や施策検討、技術選定などを進めているんですか?
考えつくものを全て完璧にやっていたら工数はまったく足りません。 それぞれの機能や施策が、ユーザにとってどれくらい重要なのか、どこまで仕上げると工数と品質や効果のバランスが取れるのか、というのを経験と勘から判断しています。
経験と勘と言うとノリでやっているのかと思われてしまうかもしれませんが、これはユーザと同じコミュニティに浸かっているPM・エンジニアだからこそ分かる感覚です。
それを養うためにも、コミュニティに深く浸かることをまず始めてください。 プログラミングと経営企画の知識は後から勉強すればいいですから。
「クリエイターファースト」のSkebのUX
Skebで体験してほしい「適切な対価をもらう経験」
ずっとSkebは見る専だったんですが、今回のインタビューをきっかけに使ってみて。 初めて単品の絵をリクエストしてもらえました。
ありがとうございます!やってみてどうでした?
こんなお金をもらっていいのかというプレッシャーもあって、最初は辛くて。 やりきってみると一皮むけた感じがして、ちゃんと対価を求めていいんだと思えました。
まさにSkebで経験してほしいことを感じてもらえていて嬉しいですね。 日本のクリエイターさんの仕事の単価が低いのは、自己肯定感の低さにあると思っています。 他人に作品を求められる体験をして、十分な対価をもらっていいと思えることが大事です。
クライアントが言っていないのに自分から価格を下げようとするクリエイターさんも多いんです。 でも、それで生活苦に陥って本業以外のバイトなどを始めたら本末転倒ですから。 お金の余裕は心の余裕です。まずは作家活動で生活を安定させることに集中してほしいんです。
メッセージのやり取りを無くす
Skebではメッセージのやり取りができないですよね。 僕も値段を下げようと考えましたが、それはSkebのルール違反だと思い、踏みとどまりました。
狙いの一つはクライアント側から見積もりや打ち合わせ、リテイクなど、過剰なリクエストを出来ないようにすることです。 そして、クリエイターさん側から過剰な譲歩をできないようにすることも狙いなんです。
メッセージのやり取りができていたら、細かいリクエストを聞いたり値段を下げたり、リテイクしていたと思うので、クリエイター側としてもありがたい設計ですね…!
細かいルールはあえて設定できないように
自分から細かくルールを設定することは、もらえたはずのリクエストがもらえないなど、クリエイターさんにとっての機会損失につながります。 なので、SkebではローカルルールやNGはあえて設定できないようにしています。 まずは色々なリクエストを見てみてほしいんです。
Skebではリクエストの選択権があるわけですもんね。
リクエストの中から自分の条件に合うリクエストだけを選べばいいですし、選んだリクエストについても公開/非公開を設定できます。 選んだことを知られたくないリクエストであれば、非公開にしてくれていいんです。
不満はクリエイターではなくサービスや運営者へ向く設計に
クライアントからクリエイターさんへのお金のやり取りが発生する以上、お金を払うクライアント側が不満を感じてしまうこともあります。 ただ、クリエイターさんには気持ちよく作業をしてほしいので、その不満はなるべくSkeb自体や運営者である僕に向く設計にしています。
どんな施策・設計が?
例えばリクエストの値段設定。デフォルトでは統計情報を元に金額を自動的に算出します。 この機能のオン/オフは外部からは見えないので、クリエイターさんが値上げの後ろめたさを感じてしまう場合は「これはシステムが勝手にやったんですよ」とSkebのせいにしてもらったり。
また、個別のリクエストの値段は第三者からは見えないので、値上げしたことも分かりません。 自身の単価を上げやすい仕組みを作り、クリエイターさんが収入と肯定感を得られる場になることを意識しています。
こういう設計、どれもなるほどなと感じます。 Skebを皮切りに、pixivFANBOXなどクリエイターさん向けサービスも増えてきて、推しのクリエイターを支える、お金を使う、SNS上で自慢するという文化も生まれつつありますよね。
10年前では想像できなかった景色です。 クリエイターさんが能力を活かしてお金を稼げて、本業に集中できる世界を実現したいですね。
実業之日本社による買収の理由と今後の展望
仲間を増やすための「精神的余裕」
今回、なぜ実業之日本社による買収を決意したか教えていただけますか?
理由はいくつかありますが、一番は、Skebをよりよいサービスにしていくエンジニアを雇用するためです。
え?Skebの流通額ならエンジニアを雇用するお金はありそうですが…。
そのとおり、Skebの現在の流通額であればエンジニアやデザイナーを雇用して給料は払えます。 ただ、精神的な余裕が違うんです。
精神的な余裕。
現在の体制でSkebが立ち行かなくなった場合、雇用するメンバーやその家族を困らせてしまう。 自分1人ならどうにでもなりますが、仲間たちやその周りの方の人生を考えたときに、現在の体制は不十分と考えました。
今回、実業之日本社が親会社となることで、もしSkebが立ち行かなくなっても開発系のグループ会社への転籍などが可能です。 この安心感があってこそ、仲間を増やしていけますし、お互いに安心して働けます。 実装できていない機能は山積みですし、ここからSkebも進化していきますよ。
ユーザの「サービスに対する安心感」
Skebは今では毎月2億円近くの流通額となり、現在も成長を続けています。
個人で毎月2億円やそれ以上の流通額を扱うのは相当に怖いです。 クリエイターさんもクライアントも個人運営で心配だったと思います。 大きな会社が後ろにつくことでサービスの継続性も高まりますし、安心して利用していただけたらなと。
たしかに個人で扱うには怖すぎる金額だ…。
セキュリティ対策の強化とクリエイターへの還元
決済が絡むサービスということもあり、クレジットカードの不正利用は大きな問題です。 チャージバックという仕組みは特に厄介で、運営側が不正利用のリスクを引き受けることになるのでインパクトが大きいんです。
どういう仕組みなんでしょう?
クレジットカードが不正利用された際に、クレジットカード会社がその代金の売上を取消しするというものです。 ただ、既にリクエストや作品のやり取りはされており、その分の支払いは運営側が持たないといけないんです。
なるほど、運営側が全部持つんですね…。 ここも実業之日本社の力を借りられるんですか?
ご存じない方も多いのですが、実業之日本社はシークエッジというグループの一員で、同じグループには金融情報系のフィスコや金融開発系のカイカなどがあります。 彼らはKYCやセキュリティのプロであり、そのシステムやノウハウを共有できるというシナジーがあるんです。
セキュリティ対策を強化してカードの不正利用などの対策が進めば、手数料率を下げることができ、その分をクリエイターに還元できます。 これは大きなグループに入るからこそ実現できることですね。
最終的にクリエイターへの還元につながるというのは素敵ですね…!
クリエイターと出版社の新しい関係づくり
実業之日本社は出版社ですし、提携をきっかけにSkebのクリエイターの活躍の場は増えていきそうですよね。
もちろんです。それと同時に、クリエイターと出版社の新しい関係性も模索したいんです。
出版社を通して作品を販売した場合、クリエイターが得られる印税は5%や10%が一般的です。
ただ、版権管理やメディアミックスだけなど、選択型・スポット型で出版社の機能を使いたいクリエイターが今後は増えると思っていて。 そのときに昔からの印税の座組しかないのでは、出版社と組もうとは思えないでしょう。
クリエイターのタイプによってニーズは変わりそうですね。
苦手な作業を他に任せたい方は既存の仕組みでいいし、セルフプロデュースができる方はスポットで利用すればいい。 ただ、「一緒にイチから考える」ではなく「SNSでバズったので声をかける」という編集者も見られるなか、昔からの印税でお任せするしか今は選択肢がないので、新しい選択肢を提供したいんです。
今のところは僕の勝手な妄想ですが、創業124年の出版社である実業之日本社がやるとなれば可能性はあります。 新しいサービスを作って業界の外から変えるだけではなく、歴史のある会社と一緒に業界の中から変えていくことにも挑戦していきます。
これまでもこれからも「クリエイターファースト」
なるがみさんの取り組みに共通している思いや理念などはあるんでしょうか。
クリエイターファースト、作家が第一。 僕が運営している外神田商事株式会社や株式会社スケブの経営理念は「作家と共に歩む」です。
会社員時代も独立後も、それはずっと変わっていません。 ドワンゴでのニコニ立体は3Dモデラーの地位向上、DMMでは二次創作の公認化や違法アップロード対策、パーソルではクリエイターの健康診断、独立後のドージン・ドット・タックスはクリエイターの煩雑な作業の外注、Skebはクリエイターの収益化。 僕が取り組む事業は全て、クリエイターの支援が目的です。
一貫している…!
新しくリリースする「ポリゴンテーラー」では、モデラーやそれに関わるクリエイターの収益化を実現していきます。
去年は3200時間、1日9時間以上VRChatの世界に籠もって自分自身がプレイヤーになることで、課題は明確になり、知り合いや仲間もすごく増えました。 今回の買収で得た10億円はほとんどこのサービスに投資していくので、楽しみにしていてください。
なるがみさんのクリエイターファーストの姿勢を感じられるインタビューでした。 今後のSkebも、ポリゴンテーラーもめちゃくちゃ応援しています。 なるがみさん、ありがとうございました!
ライター
編集部オススメコンテンツ
アンドエンジニアへの取材依頼、情報提供などはこちらから