「プログラミング的思考」で問題解決できる子どもを増やしたい。NHKのプログラミング教育番組が目指す未来とは。
いま、子どもも大人も夢中になる、プログラミング教育番組がある。
NHK Eテレで放送中の『テキシコー』(月曜午前10:05-10:15(前期), 午後3:30-3:40(後期))は、魅力的な映像やアニメーションを使って「プログラミング的思考(=テキシコー)」の面白さを伝える人気番組だ。
『テキシコー』は、プログラミング教育番組にも関わらず、コンピューターを使用しない。 それは、「プログラミング的思考」に着目した番組だからだ。
なぜ、「プログラミング」よりも、「プログラミング的思考」にフォーカスを当てたのか。 なぜ、子どもたちは『テキシコー』に熱中するのか。
『テキシコー』を制作する林一輝プロデューサーと小河優祐ディレクターに話を聞いてみると、子どもも大人も知りたい「ものづくり」への大切な姿勢が見えてきた。
なぜいま「プログラミング的思考」の番組なのか?
『テキシコー』を見たことがない人は、2分で見られるので、この『あたまの中で動かしてみよ』の動画を見てほしいです。 エンジニア読者のみなさん、あたまの中で動かせますか〜?
私はこの映像を見て「うお〜〜〜おもしれ〜〜!」って感動しました笑。 周囲のエンジニアにも「こんな番組知ってた?」っておすすめしたんですけど。
ありがとうございます笑。
番組の特徴として、「プログラミングのやり方は説明しない」というのがありますよね。 しかし、エンジニアとしては「コード書かせたほうがいいんじゃないか」と思ってしまいます。 なぜプログラミングそのものより、「プログラミング的思考」にフォーカスしたんでしょうか。
2020年度から、小学校で新学習指導要領が全面実施になって、プログラミング教育が重要なテーマとして盛り込まれました。 そして、そのプログラミング教育の大きなねらいが「プログラミング的思考を育む」ことなんです。
「プログラミング的思考」は、新学習指導要領からきていたんですね。
もちろんです。 でも、プログラミング教育をするなら実際にプログラミングをすることが手っ取り早いと思いますし、実際、NHK Eテレでは『 Why!?プログラミング』(月曜 午前10:05-10:15(前期),午後3:30-3:40 (後期))というコーディングをするプログラミング教育番組も放送しています。 厚切りジェイソンさんと一緒にScratch(※MITが子ども向けに開発したビジュアルプログラミング環境)を使ってプログラミングしながら、その楽しさを前のめりに学べる内容になっています。
『Why!?プログラミング』も林さんがプロデューサーとして制作されていますよね。
「子どもたちにプログラミングをしてもらう」と言っても、実際の教育現場では課題も多くて。 PCやネット環境などのICT環境が十分に揃っていなかったり、プログラミングをきちんと理解したうえで指導できる先生がまだ少なかったり。
自分の小学生の頃を振り返ると、一応プログラミングに触れる授業はあったけど、よくわからないパズルとか、Excelなどのソフトを触るくらいでお茶を濁していたような気がします。
そこで、環境が整っていなくても、映像を見ながら考えることで、「プログラミング的思考」の本質に迫り、その楽しさに触れられる番組を作りたいな、ということで東京藝術大学大学院の佐藤雅彦教授やユーフラテスのみなさんなどのお力も借りて、『テキシコー』の制作がスタートしました。
『Why!?プログラミング』がプログラミング教育の王道的な番組なら、『テキシコー』は副教材的な番組だと思っています。 『テキシコー』は、『Why!?プログラミング』の前段として、プログラミング的思考に楽しく触れてもらうことができます。 更に、ある程度実際のプログラミングに親しんだ人がこの番組を見ても、「そうか、こう考えればもっとうまくプログラミングできるぞ」と、プログラミング的思考に磨きをかけ、より優れたプログラムが作れるようになる効果もあると思っています。
自分のような、ある程度経験を積んだ大人のエンジニアが見ても面白い番組ですし、発見がありますよね。 映像コンテンツのひとつである『ロジックマジック』は、手品のタネを見破ろうとすると「あ、ここでこういうフラグのもとで条件分岐してるな」とか、実際のプログラムが浮かぶので、みなさんも実際に見て考えてみてほしいです。
「マジシャンの人たちって、手品をプログラミングして作っているのか!なるほど、マジシャンってプログラマーでもあるんだ!」という発見があって。 世の中の見方が変わりますよね。
プログラミングスクールとは何が違う?『テキシコー』が子どもたちの未来に願うこと
『テキシコー』も、『Why!?プログラミング』も、いわゆるプログラミングスクール的なアプローチとは違いますよね。 細かいプログラミングの技術の説明よりも、「プログラミングって楽しそう」という惹きつけに重点をおいていると言うか。
大事なのは、子どもたちが興味を持つことなんです。 興味をもった時の吸収力はすごいですから。 なので、単にこうやればできるよと教えこむんじゃなくて、プログラミング的思考やプログラミングの面白さ、その本質を伝えて強く惹き込むのが大事になります。 マニュアル通りの教えこみをしてしまうと、子どもたちも興味を失ってしまう。
そういう点の子どもたちの反応は大人よりずっとシビアそうですね。
ご自身でもプログラミングができる指導者の人たちでたまにあるのが、「プログラミングに習熟するために、まずマニュアルに沿ってモノを作らせる」みたいな教え方をすることなんです。 「まずはC言語でHello, Worldを表示して、次は…」みたいな笑。
プログラミングの勉強というと、みんなとりあえずHello, Worldを表示させるけど、それ子どもの興味をつかめるかと言うと…。
作りたくないものを作らされる苦痛ってすごいじゃないですか笑。 でも、その人達だって、プログラミングが一番上達したのは、こんなことをしたい、こんなプログラムを作りたい、という自分の興味に従って色々試行錯誤したり、調べて学んでみたりした時だと、きっと、思うんですよね。
自分は社会人になってから、手に職をつけるためにプログラミングを学んだんですが、心が折れてしまって。 自分の好きなデザインの分野から入り直したら、急に色んなものが作れるようになったのを思い出しました。
また、「プログラミング教育」と聞くと、「エンジニアを育てる」とか「エンジニア人口を増やす」みたいな目的があるのかなとも思いますが、それについては?
「プログラミング的思考」って、エンジニアになるためだけのスキルじゃなくて、もっと普遍的な問題解決のスキルだと思うんですよね。 だから、『テキシコー』を見た子どもたちが、別にエンジニアにならなくてもいいと思っています。
もちろん、結果としてエンジニアになる子どもたちも出てくると思うし、それは素晴らしいことですけれど、それが番組の目的ではなくて。 それよりも、自分で問題を見つけて、プログラミング的思考で解決して、自分の身の回りや世の中を良くする、そんな風に育ってほしいんです。
林さんご自身も、コンピューターサイエンスを大学院まで学ばれていますが、エンジニアになるのではなく、今はNHKで番組を制作されていますよね。
小学生の頃にはBASIC(※初心者向けのプログラミング言語)でゲームを作ったりもしていました笑。 そうやって好きなことに熱中しながら、目の前にある問題をどう解決するかということに必死にチャレンジしたり、世の中にない新しいものを自分で作ることの喜びを知っていったりしたわけですよね。 今はプログラマーとしては働いていないけど、その頃に学んだことって、間違いなく今に活きているなと思っていて。
まさに今『テキシコー』見ている子どもたちと、同じ体験を林さんはされていたんですね。
私だけではなく、たぶん、プログラミングを学んだ多くの人がきっと同じことを感じていると思うんです。 だから、『テキシコー』という教育番組の意義の大きさは、確信に近いというか。
この番組に限らず、子どもたちに「考える」ということをしてほしいんですよね。 教えられて得た知識も大事だけど、自分の頭で考えて、新しいものを創り出してほしい。 そういうことに、番組作りを通してチャレンジしています。
「プログラミング的思考」で世界を面白がる子どもたちが増えていく
ディレクターの小河さんは、自分と同世代で、子どもの頃に『ピタゴラスイッチ』を見て育った世代ですよね。
まさしくそうですね。 自分がNHKで教育番組をやっているのは、『ピタゴラスイッチ』の感動が原体験としてあると思います。
『ピタゴラスイッチ』のおかげで、世界の面白い見方、面白がり方を知ったというか、これまでなんとなく見ていたものが、「『ピタゴラスイッチ』的だな…」と気づく瞬間があって。 それにすごく感動したんですよね。
たしかに、「これピタゴラ的だね」なんて言ったりします。
だから、自分もエンジニアを育てると言うより、子どもたちに新しいモノの捉え方、世界の面白がり方を手に入れてほしいなと思っています。 『テキシコー』を見た子どもたちが、『テキシコー』的なモノの捉え方で世界を面白がれるようになるといいですよね。 日常の発見の中で「これ、『テキシコー』だよね!」っていう会話をしてほしいというか。
「プログラミング的思考」の要素として「抽象化」や「一般化」がありますが、子どもたちからすると「『抽象化』って何?」と聞かれても難しいですよね。 でも、「これ『テキシコー』で見た!」とか、「これ『ダンドリオン』だ!」という捉え方なら、子どもたちでも入りやすい。
『ダンドリオン』のマネをして、掃除のときに「○工程!」って言ってみたりする子どもたちもいるそうです。 「抽象化は難しい」という話がありましたが、中には「これって抽象化だよね」と言う子までいるそうなんですよ。
小学生で抽象化を理解できているんですね。 すごい成長スピードだ…。
そんなふうに、子どもたちに、どんどん新しい「世界の面白がり方」を獲得していってほしいというのが、自分の番組作りへの想いですね。
『テキシコーは』どうやって作られる?子どもたちが熱中する映像ができるまで。
文部科学省の定義する「プログラミング的思考」を、『テキシコー』では「分解/組み合わせ/一般化/抽象化/シミュレーション」の5つに再定義するなど、試行錯誤が見えます。 子ども向けに「プログラミング的思考」の面白さを噛み砕いて説明する映像を作るのは、至難のわざだったと思いますが…。
佐藤雅彦さんとユーフラテスのみなさん、それから企画協力をしてもらっている石澤太祥さんと作ったチームで考え始めたのですが、まずは「『プログラミング的思考』って何?」という議論にかなりの時間をかけました。 文部科学省の資料はもちろん、コンピュテーショナル・シンキングに関連するものなどいろいろな資料を集めて、実際に試作もしながら、コンセプトを詰めていった感じです。
佐藤雅彦さんやユーフラテスは『ピタゴラスイッチ』の制作でも知られている方々ですよね。 「ピタゴラスイッチ」がすでに、アルゴリズムの面白さを伝える上質なコンテンツになってるし、日本人ならほとんど知っているから、その壁を超えるのは難しそうですね。
それは、プログラミング教育の有識者の方にも言われましたね。 すでに「ピタゴラスイッチ」があるじゃないかと。 でも、こうして詰めていくことでコンセプトが明確化して、それによって映像表現もより考えることを促すコミュニケーションをとることになり、ピタゴラスイッチとはかなり違った、プログラミング的思考を伝えるための番組ができたと思っています。
「考え方を伝える」映像表現については、まさに佐藤雅彦さんやユーフラテスのみなさんがいろいろな分野でこれまでされてきたことですし、僕も「考えるカラス」という番組をディレクターとして一緒に制作した経験があったので、そこはもう間違いようがない、というか、素晴らしい手腕を発揮していただいていると思います。
子どもたちからすると、プログラミング的思考を5つに分解しても、まだ難解なんじゃないかなと思いますが、実際の子どもたちはどのような反応なんですか?
実際に学校の授業を見たり、先生から番組のフィードバックをいただくことが有るんですけど、子どもたちはかなり集中して番組を見てくれています。 見るだけじゃなくて、番組を見ながら、または見た後に周りと活発な議論をするようにもなっているそうです。
すごい…! 確かに、例えば『ロジックマジック』のタネを自分で見破ったときの快感は、大人でもたまらないものがあります。教室で見ている子どもなら、周囲の友達と話し合いたくてしかたがなくなるでしょうね。
大人が見ても「本質的に面白い」と思うような内容であることが大事で、あとは伝え方を工夫すれば、子どもたちはその本質の面白さを必ず理解してくれるんですよね。 だから毎週のように、みんなでアイデアを持ち寄って、何時間もかけてコーナーで扱うネタを議論しています。 何より大切なのは、自分たちが真剣に楽しんで番組を作っていることだと思います。
制作スタッフが真剣に楽しむ「案出し会議」
制作チーム全員が参加される会議があるんですね。 めちゃくちゃおもしろそうです…。
おもしろいですね。
全員が真剣に、熱中しています。 毎週のように、みんなでアイデアを持ち寄って「これって面白いよね」「でも、これはどのプログラミング的思考なのかな?」などと議論するんです。 記事冒頭で挙げていた「あたまの中でうごかしてみよ」の電車のおもちゃの映像は、ユーフラテスの佐藤匡さんが映像で持ってきたアイデアなんですけど。
あれ、めちゃくちゃ感動しました。
もう、面白すぎて呆れるほかない、という感じ笑。 でも、彼らもそういうアイデアがポッと出てくるわけではなくて、普段から、いろいろなことを深く研究して、たくさんの引き出しにさまざまなストックを持っている。 本当にすごいです。
合格のアイディアが無い週もあるんでしょうか?
もちろん、というか、いいアイデアが出なかった週のほうが多いです笑。 普通のテレビ番組としての合格ラインがあるとしたら、テキシコーはもっと厳しいラインでやっているので、本当に優れたアイデアしか残らない。 それが子どもたちを惹きつけているんだと思います。
そうなると、みなさん毎週ネタ探しに必死じゃないですか?
本当にそうですね。 制作チーム自体が「プログラミング的思考」に沿っていつもネタ探しをしているというか。 大変だけど、楽しんでますよ。
たとえば#6の「コピー用紙の並べ替え」のアイディアは、自分が出したんですけど。 実は、会議の直前にひらめいたものなんです。
その日の会議で、自分はアイディアを2つ持っていこうとしたんですけど、直前に「1番目と2番目のアイディアを並べ替えたほうが良いね」ってなって。 配布する資料のページ順を、全部並べ替えることにしたんです。 でも、全部並べ替えるの大変だな…と思って。
そのときにひらめいたのがこのやり方です。 ぜんぶ一緒にして、先頭の紙を一番後ろに移動するだけで順番を並べ替えできる!って。 「あれ、これってプログラミング的思考じゃないか…?」って気が付きました。
「小河くん、それ今日のネタの中で一番面白いから、それをプレゼンすればいいよ」って笑。
すごい、日常のなかで本当に「プログラミング的思考」を見つけているじゃないですか!
制作チーム全員がそうだと思いますよ笑。 先ほどもいいましたけど、『テキシコー』というモノの捉え方がなかったら、そういう発見も「効率良くできたな」で終わっていたと思うんです。 でも、それを「これってテキシコーっぽいな」「プログラミング的思考だな」と捉えるきっかけになったというか。 そういうことを子どもたちにも体験してほしいですね。
なんか、僕たちが番組作りに熱中すればするほど、その熱が番組を通して、子どもたちにも伝わっていく、そんな気がしますよね。
「楽しんでいる」「熱中している」ということを、まず番組制作スタッフの皆さんが体現している、ということに『テキシコー』の面白さの秘密があるんですね。
すでに大人になったエンジニアのみなさんでも熱中できる面白さが、『テキシコー』にはあると思います。 ぜひアンドエンジニア読者の方々も『テキシコー』を見て、「プログラミング的思考」について周囲と議論してほしいなと思います。 お二人とも、今日はありがとうございました!
最新の回は8/24(月)にEテレにて放送、8/25(火)にサイト上に公開されるとのことです。
みなさんぜひご覧ください!
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