2024年1月に、DXを推進するプロフェッショナル人材に必要となる基本的スキルを証明するデジタルバッジとして、デジタルリテラシー協議会より「DX推進パスポート」が発行されることが発表されました。本パスポートは「ITパスポート試験」「DS検定 リテラシーレベル」「G検定」の3試験の合格数に応じて発行されるものです。
今回は、「DX推進パスポート」が目指すものや取得するメリットなどを、デジタルリテラシー協議会の小泉 誠氏に伺いました。
小泉 誠氏
株式会社リクルートに入社後、Eコマース・アドテクノロジー・業務支援・キャッシュレス決済等、常に新領域で経営企画・事業開発・戦略設計を行い、20を超えるサービスを担当。同社Airレジの事業企画責任者を経たのち、経済産業省へ入省。商務情報政策局 情報経済課にて産業横断でのデジタル政策を担当し、AI戦略、決済・契約等のデジタル市場インフラ、モビリティ・スマートシティ、デジタルID等の政策を推進。
人材育成では令和元年度より「AIQuest」を立案し、約1000名の育成。現在は、デジタルリテラシー協議会の立ち上げ、国のデジタルスキル標準の検討委員等を通した人材育成推進、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究所研究員や経済産業省 GXリーグ内WG座長等、産学官を横断して活動している。
3段階のデジタルバッジでDX推進人材に必要なスキルを証明
まずは小泉さんが事務局をしているデジタルリテラシー協議会について、組織の概要を教えてください。
日本のデジタル人材育成を加速することを目的に、2021年4月に立ち上がった官民連携の協議会です。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)、一般社団法人日本ディープラーニング協会、一般社団法人データサイエンティスト協会の3団体に加え、オブザーバーとして経済産業省が参加しています。現在は148社の賛同企業に登録いただいています。
デジタルリテラシー協議会として、どのようにデジタル人材育成を進めているのでしょうか。
まず、私たちはデジタルリテラシーを「デジタル技術にアクセスし、目的のために使う能力」と定義しています。そのうえで、すべてのビジネスパーソンが持つべきデジタル時代の共通リテラシーを「Di-Lite」と名付けています。「Di-Lite」は、「IT・ソフトウェア領域」「数理・データサイエンス領域」「AI・ディープラーニング領域」の3領域として定義。その習得のために、「ITパスポート試験」「データサイエンティスト検定」「G 検定」の3つの試験合格を推奨しています。
なるほど、その3つの領域に該当するのがまさに「DX推進パスポート」ということなのですね。
そうですね。「DX推進パスポート」はDXを推進するプロフェッショナル人材に必要となるスキルを証明するデジタルバッジで、「ITパスポート試験」「DS検定 リテラシーレベル」「G検定」の3試験の合格数に応じて発行されます。
3試験のうちいずれか1種類の合格者には「DX推進パスポート1」、2種類に合格すると「DX推進パスポート2」、3つすべてに合格すると「DX推進パスポート3」のデジタルバッジを、デジタルリテラシー協議会より発行する仕組みとなっています。
大切なのは「全員」の理解を促し、組織力を高めること
そもそも、なぜデジタルリテラシーが重要なのでしょうか?
2021年にデジタルリテラシー協議会が発足し、ビジネスパーソンに必要なデジタルスキルに関する議論を開始しました。その後、経済産業省でも「デジタルスキル標準」を策定する運びになり、その検討にデジタルリテラシー協議会を担っているメンバーが委員として議論に参加しました。2022年にデジタルスキル標準が公開されましたが、このなかで経営層を含むすべてのビジネスパーソンを対象とした「DXリテラシー標準」と、そのなかでもDXを推進する人材に求められる「DX推進スキル標準」が示されました。
デジタルリテラシー協議会では「全員に、全体を」ということを推進しているのですが、ここでの「全員」という言葉には2つの意味合いがあります。まず、「DXリテラシー標準」に示されるように、“ビジネスパーソン全員”に対する施策があげられます。そしてもう1つが、「DX推進スキル標準」に代表されるように、“DX推進を目指す全員”への指針です。
なぜ「全員」への施策が必要なのでしょうか?
一般的な人材育成においては、いわゆるプロフェッショナルを作ろうと考えがちです。デジタル人材育成の領域でいえば、「デジタルを活かせる人材」や「デジタルを作れる人材」を育てようとする傾向がありますよね。それもとても大切なのですが、実際に社内でデジタルを推進していくうえでは、いろいろな部署のさまざまな人たちが関わってくるわけです。
なかには「デジタルを知らない人材」もいれば、「デジタルを理解しているものの使わない」人もいるでしょう。そのような人たちのデジタルへの受容性を上げ、全体として底上げをしていかないと、組織としてのDX推進力はプラスになりません。つまり、プロフェッショナルのスキルを高めることと同時に、デジタルを知らない人材を「理解している人材」に、デジタルを理解している人材を「使える人材」にとシフトさせていくことが大切です。
なるほど、組織全体で推進力を上げていくということですね。
はい。DXにはCX(Corporate Transformation=コーポレート・トランスフォーメーション)が必要です。実際に私がDXリーダーにインタビューを行ってきた知見からしても、うまくいっている組織は「組織能力向上」に対してしっかりと投資を行っています。組織のマインドセットが変わるまで、数年かけて成功を積み重ねながら、社内の風土を変えていく企業がDXを実行できているイメージです。
タテ割りの組織や、協業に抵抗があるような状況で変革推進チームを作っても、DX推進は活性化しません。だからこそ、まずは組織全体でデジタルに対する受容性を高めながら進めることが大切であり、そのような組織変革論を踏まえ、ビジネスパーソン「全員」のデジタルリテラシーを高めることが求められるのではないでしょうか。
ITパスポート試験は全ビジネスパーソンにまず取得を促したい資格
「ビジネスパーソン全員」のデジタルリテラシーを向上するためには、どのような取り組みが必要でしょうか。
まさに「DX推進パスポート」の1つ目の要素である「IT・ソフトウェア領域」、すなわち「ITパスポート試験」の合格を推奨しています。ITパスポート試験は、ITを利活用するすべての社会人やこれから社会人になる学生が備えておくべき、ITに関する基礎的な知識が証明できる国家試験です。さらにAIやデータサイエンスの基礎的な知識にも触れることができます。本試験はITSS(政府が定めるITスキル標準)のレベル1に該当しますから、新社会人レベルとも言うことができます。
ちなみにITパスポート試験は年々応募・受験者数が増えていて、令和5年度実施分で年間応募者数が初の25万人を超えました。ただ、個人的にはこの数字もまだまだ少ないと思っています。業種や職種を問わずすべてのビジネスパーソンに求められるスキルですから、この10倍以上の応募者がいるべきだと考えています。
そこから一歩進んで、「DX推進を目指す全員」となったときに求められるのが、「数理・データサイエンス領域」「AI・ディープラーニング領域」ということですね。
そうですね。私たちもまずはITパスポート試験の合格を目指すこと。そしてその次に、「DS検定 リテラシーレベル」と「G検定」に合格し、「DX推進パスポート3」を取得することを推奨しています。
受付開始から4か月で4,000件を超える申し込み
「DX推進パスポート3」を取得することで、どんなメリットがありますか?
たとえば、社内の業務改善企画担当の方が「DX推進パスポート3」を取得することで、これまで外注だったシステム化を、エンジニアと共に内製で進められるようになります。ほかにも、DXを進めたい経営陣は、現場からあがってきた企画に対してスピーディかつスムーズな意思決定を行えるようになるでしょう。さらに、ITエンジニアのみなさんは就職・転職の際などに、3つの領域に対する理解を深め、きちんと資格を取得したことが良いアピール材料になるはずです。
「DX推進パスポート」は2024年2月から申請受付を開始したそうですが、世の中の反応はいかがですか?
2024年5月末時点で既に「DX推進パスポート1・2・3」全体で約4,000件を超える申し込みがありました。SNSなどでプラスの反応をもらうことも多く、お陰様でとても高い注目を集めていると感じています。
個人だけでなく、企業単位での申し込みもあるのでしょうか?
バッジ発行の申し込みは個人単位ですが、企業として取り組まれているケースも多くありますね。やはり、個人単位で資格を取得しようと思っても、時間がない、お金がない、できるかどうか不安といった理由で尻込みをしてしまうケースが多いと思うんです。企業側もそのような点を懸念して、前向きに学習させる機会の創出に尽力しているイメージです。たとえば報奨金を出したり、社内で「学びのコミュニティ」を立ち上げて合格した社員からこれから受検する社員に教える場を提供するなど、工夫をしているようですね。
世の中全体を見てみても、「DX銘柄」に認定されている企業は取組みが開示されており、企業単位でDX推進人材の育成が進められていることが分かります。たとえば、DX銘柄企業である大林組様では、デジタルリテラシーの底上げを実施し、DX推進パスポートにあたる3検定の取得を推進しています。まずITパスポート試験を入口として、2024年度の新規取得者数500名をKPIとするなど、デジタルを「作る」人材だけでなく、「使う」人材も目指すような教育に力を入れているようです。
成功事例を蓄積し、段階を踏んだ支援施策を推進したい
今後、「DX推進パスポート」をどのように普及したいと考えていますか?
1つは、「DX推進パスポート」の取得を通じてどんなメリットがあるのか、事例を蓄積しつつ多くの企業・組織や個人にその必要性を理解いただけるようにすること。そしてもう1つ、先ほどお話したような学習にかかる時間やコストの問題を解消していくための国の支援のあり方や企業・組織の推進のあり方について、良い事例を展開していけるような仕掛けを作っていくことです。
なるほど、個人・組織双方の成功事例や活用事例を増やしていくことが先決なのですね。
はい。なかでも、個人を支援する仕組みとして重要な役割を占めているのが「行政」です。たとえば、茨城県では、県内の企業で働く従業員に対して、3検定を受検する際の受験料を補助する取り組みを始めました。また、新潟県糸魚川市に至っては、ITパスポート試験をはじめとして市内に住む住民に対して広く受検費用を補助しています。そのようなスキームがもっと全国に広がっていくよう、私たちも施策を練っている最中です。
これらの支援を続けながら、最終的には学習者同士で互いの学びを活性化できるようなコミュニティを作っていきたいな、と。
まずは「取りたい」と思ってもらえるような働きかけと、取りたいと思ったときに「どうやって取るか」という部分を支援できる仕組みづくりの2軸で進めていきたいと考えています。
各企業が人的資本経営を推進していくうえでも、「DX推進パスポート」にさらなる注目が集まりそうですね。
まさにそうですね。DXに関しては、組織のスローガンで終わってしまったり、“キャリア論”として個人の学びを促すだけではいけないと思っています。たとえば各社が「DX推進パスポート」を取得している社員数を定量的に開示するなど、企業としてDX人材育成に注力していることを客観的に示すようなアプローチも今後は必要不可欠です。私自身も国の政策づくりの一翼を担うべく、今後も推進活動に邁進していきたいと考えています。
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