【弁護士が解説】フリーランス保護新法が施行されるとどうなる?エンジニアがおさえるべき重要ポイント
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【弁護士が解説】フリーランス保護新法が施行されるとどうなる?エンジニアがおさえるべき重要ポイント
岸 裕介
2023.11.29
この記事でわかること
「フリーランス保護新法」の概要
「フリーランス保護新法」の施行で何が変わるのか
フリーランスエンジニアがおさえるべきポイント
企業側が「フリーランス保護新法」の施行に向け対応すべきこと

働き方の多様化にともない、フリーランスエンジニアは年々増加傾向にあります。しかし、個人で仕事をするため立場が弱く、ハラスメントや未払いなどのトラブルに巻き込まれやすいのも事実です。

2023年に成立した「フリーランス保護新法」は、個人で働くフリーランスと企業との取引の適正化や就業環境改善を目的とした法律です。この法律が施行されると、エンジニアの働き方はどのように変わるのでしょうか?

フリーランスエンジニアのトラブル対応経験が豊富な、レイ法律事務所・近藤 敬弁護士に、「フリーランス保護新法」の概要や施行に伴う変化、フリーランスエンジニアがおさえておきたいポイント、発注する企業側に求められる対応などについて伺いました。

近藤 敬

レイ法律事務所/弁護士(東京弁護士会) 厚生労働省「労働条件相談ほっとライン」相談マニュアル改訂委員会など各種委員会委員

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「フリーランス保護新法」ってどんな法律?

岸 裕介

今話題になっている「フリーランス保護新法」とはどんな法律なのでしょうか?

近藤弁護士

業務委託契約などで仕事をするフリーランスの方を保護するための法律です。「取引の適正化」と「就業環境の整備」の2点が大きな柱です。

近藤弁護士

まず、1つ目の「取引の適正化」について説明すると、これまでは独占禁止法や下請法といった法律で取引を適正化していました。しかし、発注元の資本金が1,000万円未満の場合は下請法の対象にならないなど、適用される範囲が狭いものでした。「フリーランス保護新法」では要件が緩和され、より広くフリーランスの方が保護されるようになります。

岸 裕介

保護の範囲が拡大するんですね。そもそも、フリーランスエンジニアの「業務委託契約」は、会社員の「雇用契約」と、どのように違うのでしょうか?

近藤弁護士

「業務委託契約」は、簡単に言いますと成果物を納品して対価をもらう契約です。通常の会社員が結ぶ「雇用契約」は、基本的に決められた時間働くことで対価をもらう契約なので、内容が全く異なります。「業務委託契約」は、今まで民法上ではっきり規定されていなかったので、法律による保護からもれやすいことが課題になっていました。

岸 裕介

「業務委託契約」は、法律で十分に守られていなかったということですか?

近藤弁護士

ええ。しかも、業務委託契約における成果物の定義がはっきりしないことも多いので、過度なやり直しの要求や未払いといったトラブルにつながるケースが少なくありませんでした。取引の適正化には、業務委託契約を正しく結ぶことが大切です。

岸 裕介

なるほど。「フリーランス保護新法」で変わった2つ目の「就業環境の整備」とはどのようなことを指すのでしょうか?

近藤弁護士

「就業環境の整備」は、「社内のハラスメントを防ごう」といったように本来であれば労働法の領域なんです。しかし、フリーランスは会社と雇用契約を結んでいないため、基本的には労働者とは見なされず、労働法が適用されません。フリーランス保護新法では、フリーランスに対してもしっかり法制度が適用されるようになります。

「フリーランス保護新法」が成立した理由は?

岸 裕介

フリーランスを取り巻く環境が大きく変わりそうです。法律が成立した背景についてお聞かせください。

近藤弁護士

2018年頃に働き方改革がさかんに推進され、パワハラ規定が設けられるなど、労働者保護が進みました。けれども、その際にフリーランスは法制度の対象から漏れてしまっていたのです。新型コロナウイルスの感染拡大などの影響もあり、フリーランスは多様な働き方の1つとして注目を集めていますが、その一方で保護の対象から外れているため社会的弱者になっているという見方もあります。

近藤弁護士

このような現状をふまえて、「フリーランス保護新法」では、これまで労働法や下請法などの運用でなんとかカバーしていたフリーランスを保護する法律として生まれました。

岸 裕介

今までは、 労働法や下請法などでどのように保護していたのでしょうか?

近藤弁護士

フリーランスとして企業から業務上の指示を受け業務をする時間や場所を決められているなど、労働者として働いている実態があれば、労働法が適用され保護されてきました。労働者と同じような権利があると認められるものの、認定されるには基本的に裁判をする必要がありました。あとは、発注元の資本金が1,000万円超であるなどの条件を満たしていれば、下請法の対象として下請法の定める範囲内で保護することが多かったと思います。

岸 裕介

なるほど、今までは既存の法制度を拡大解釈するなどして保護していたというわけですね。フリーランスにとって、「フリーランス保護新法」の必要性がよくわかりました。

「フリーランス保護新法」の施行日と対象は?

岸 裕介

「フリーランス保護新法」は2023年4月に成立していますが、いつから施行されますか?

近藤弁護士

法律の成立から施行まで1年半以内が目安なので、施行は2024年の秋頃といわれています。「フリーランス保護法」は既存の下請法や労働法をミックスしたような法律で複数の省庁にまたがった内容なので、いろいろと整備・調整が必要だと思われます。

岸 裕介

なるほど。「フリーランス保護新法」では保護対象となるフリーランスを「特定受託事業者」としていますが、具体的にどんな人が該当するのか教えてください。

近藤弁護士

個人事業主で人を雇っていない人と、法人ではあるものの1人社長のようなスタイルで他の役員・従業員がいない人を対象としています。ただし、1ヶ月だけといったように臨時で人を雇う場合などは、特定受託事業者に該当します。組織ではなく1人で仕事をしていると交渉力が弱いので、保護するための法律という位置づけです。

「フリーランス保護新法」で一体何が変わるのか

岸 裕介

「フリーランス保護新法」の施行によって、どのような点が変化するのか教えてください。

近藤弁護士

契約や支払いといった取引の適正化が進むはずです。フリーランスと発注側が結ぶ業務委託契約は、成果物の定義があいまいなケースが非常に多いんです。

近藤弁護士

「フリーランス保護新法」では、発注内容を明確にすることが義務づけられているので、成果物の内容・報酬額・支払い期日などを記載した契約書をつくるなどの対応が必要になります。取引条件を明確にすることで、発注側の意向で報酬が減らされる、報酬が支払われないといったトラブルが防げるはずです。

岸 裕介

フリーランスと発注側のトラブルはかなり多いのでしょうか?

近藤弁護士

私のもとにも、「突然契約を打ち切られてしまったけれどどうすればいいか」、「残りの報酬をもらえるのか」といった相談が多く寄せられています。企業と対等な立場であればいいのですが、ほとんどの場合はフリーランスの立場が弱く、契約打ち切りや報酬など一方的に不利な状況になりやすいです。

岸 裕介

なるほど。フリーランスが働く環境の変化についてもお聞かせください。

近藤弁護士

ハラスメント対策の面で大きな変化があると思います。2020年に施行されたパワハラ防止法(労働施策総合推進法)では、国が企業に対して、相談窓口の設置やパワハラ防止研修の実施など、ハラスメントが起きない環境づくりを義務づけました。しかし、保護されるのは当該企業と雇用契約を結んでいる者だけで、フリーランスは対象外となっています。

岸 裕介

そうなんですか!? フリーランスの方がハラスメントを受けた場合、自分で相談する場所を探す必要があるということですね。

近藤弁護士

ええ。それに、残念ながらフリーランスのハラスメント被害は多いです。私たちの事務所にも、フリーランスのエンジニアからハラスメントの相談が数多く寄せられます。不合理な指示や長時間労働などが原因で、体調を崩してしまうケースも少なくありません。

岸 裕介

なるほど、フリーランスは立場が弱いので被害に合いやすいのかもしれませんね。

近藤弁護士

ええ。その点、「フリーランス保護新法」は、パワハラ防止法とほぼ同じ規定となっています。例えばフリーランスが取引先の企業の人に暴言を吐かれた場合、その企業の相談窓口を利用できます。セクシャルハラスメントやマタニティハラスメントに関しても規定が盛り込まれる予定です。これまでは一般的な民法上の慰謝料請求などで対応することを余儀なくされていましたが、規定が設けられることでパワハラ被害を受けた場合にも設置された相談窓口を利用したり調査をお願いしたり等とり得る選択肢が広がることになります。

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エンジニアが知っておくべき重要ポイント

岸 裕介

「フリーランス保護新法」でフリーランスエンジニアがおさえるべきポイントをお聞かせください。

近藤弁護士

特に重要なのは、次の3点です。フリーランスではないエンジニアの皆さんも、今後のために知っておいた方がいいと思います。

①フリーランスのエンジニアを対象とした法律である

岸 裕介

どのような点で、フリーランスエンジニアを対象にしている法律と言えるのでしょうか?

近藤弁護士

フリーランスとして働いているエンジニアの方はたくさんいますが、成果物の定義のあいまいさや報酬の未払い、ハラスメントなどで困っている方が多いのが現状です。「フリーランス保護新法」は、そういった問題の解決につながるので、「フリーランスエンジニアが対象の中心」といっても過言ではありません。

近藤弁護士

実際に「フリーランス保護新法」の条文には、業務委託のパターンとして「情報成果物の作成」と記載されており、その具体例として「プログラム」があげられています。まさにエンジニアの仕事内容ですね。

岸 裕介

フリーランスエンジニアにとって、とても重要な法律なんですね。

②エンジニアが申告して状況改善ができる

岸 裕介

申告して状況改善ができるとは、具体的にどのようなことを指しますか?

近藤弁護士

フリーランスエンジニアがトラブルに巻き込まれた場合、これまでは独占禁止法や下請法や労働基準法などの対象になれば、国の機関に申告して改善してもらえたり、あるいは訴訟提起して改善してもらえるという状態でした。ただ、フリーランスの立場で契約をしていた場合、直ちに各法の保護対象になっているのか明らかでない場合も多く、そもそも国のどこの機関に申告していいかもわからないことが多かったように感じます。

岸 裕介

なかなか難しい状況だったんですね。

近藤弁護士

「フリーランス保護新法」が施行されることで法律の後ろ盾ができ、フリーランスがダイレクトに公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省などの国の機関に申告し、改善してもらえるようになります。申告して、立ち入り検査が行われて改善勧告、それでも改善されなければ命令、命令に反する場合には罰金という仕組みができたのは非常に大きいですね。

岸 裕介

なるほど。施行後は、申告すればすぐに改善されるのでしょうか?

近藤弁護士

どの法律にも言えますが、実際に施行されないとどのくらい機能するかはわからないのが正直なところです。しかし、法律の後ろ盾というのは非常に重要で、弁護士が間に入って交渉した場合、企業側が迅速に応じてくれるようになると考えられます。また、国の機関の検査が入ったり罰金の対象になったりすることは、企業側にとって絶対に避けたいことなので、トラブルの抑止力になると思います。

③契約時に業務委託内容や報酬支払いについて確認する

岸 裕介

フリーランスエンジニアが契約時に確認するべき点を教えてください。

近藤弁護士

「フリーランス保護新法」では、契約時に業務委託内容や報酬支払について明示する必要があります。業委託内容については、具体的な仕事内容・報酬額・支払い期日などを書面またはメールといった電磁的な方法で明示することが定められています。口約束で仕事をせず、必要な内容が記載されているかをしっかり確認するといった点が重要です。

近藤弁護士

現状の制度では、「プロジェクトに参加する」といった漠然とした仕事内容で依頼される場合も多く、納品してもやり直しを命じられたり、追加作業を要求されたりすることも少なくありません。施行後は、成果物の定義が明示されるので、適切な内容かどうかの判断がしやすくなるはずです。

岸 裕介

トラブルが減りそうですね。報酬支払いについてはいかがでしょうか。

近藤弁護士

報酬支払いについては、フリーランスから納品またはサービスの提供を受けてから、60日以内に報酬を支払う必要があると定められています。契約時に、支払い期日が適切か確認しておきましょう。

「フリーランス保護新法」施行までに企業は何をすべきか?

岸 裕介

「フリーランス保護新法」では、企業に対しどのような義務や禁止事項が設けられているのでしょうか?

近藤弁護士

業務委託時に仕事内容や報酬といった内容を書面やメールなどの電磁的な方法で明示する義務、納品物やサービス提供を受けてから60日以内に報酬を支払う義務などがあります。また、継続的に業務委託している場合は、7つの禁止事項があります。

  1. フリーランスに責任がない理由で成果物の受け取りを拒否すること
  2. フリーランスに責任がない理由で報酬額を減らすこと
  3. フリーランスに責任のない理由で成果物を返品すること
  4. 一般的な相場と比べて著しく低い報酬額を不当に設定すること
  5. 事業者側が指定するものの購入・サービスの利用を正当な理由なく強制すること
  6. 事業者の一方的な都合で金銭・サービスなどの経済上の利益を提供させること
  7. フリーランスに責任がない理由で成果物の内容を変更・やり直しさせること

岸 裕介

7つもあるんですね。企業側で特に注意すべきなのはどれでしょうか?

近藤弁護士

7つ目の「成果物の内容の変更・やり直し」です。最初に決めた成果物の内容と相違しているなどフリーランス側に責任があるケース以外は、変更・やり直しを頼めないということになります。そのため、業務委託契約を結んだ時点で、成果物の内容を明確にしておく必要があります。

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岸 裕介

「フリーランス保護新法」における義務や禁止事項に違反した場合、企業側にはどんな罰則がありますか?

近藤弁護士

フリーランスから申告があった場合、調査が入り、助言・勧告指導などが行われます。指導に従わなかったり検査拒否したりした場合は、50万円以下の罰金を受ける可能性があります。

岸 裕介

明確に罰則が決められているんですね。フリーランスに発注する企業が、改めて確認しておくべきポイントを教えてください。

近藤弁護士

単純にコストカットの方法としてフリーランスを従業員の代わりにしてきた企業は、やり方を見直すべきときに来ています。「フリーランスであれば、従業員と違って社会保険料を支払わなくて済むのでコストカットできる」といったような安易な態度は是正する必要があります。それに、業務委託契約として本当に適切なのかを考えたうえで契約しないと、罰則の対象となったり社会的な信用を失ったりしかねません。

岸 裕介

なるほど。場合によっては、フリーランスを活用した仕事の仕方そのものを変える必要があるのかもしれませんね。実務的な面についてはいかがですか?

近藤弁護士

契約書のフォーマットの用意やフリーランスの就業環境の整備などが必要です。施行後では間に合わない可能性が高いので、早めに動き出した方が良いでしょう。私たちの事務所でも、すでに相談や顧問の依頼が来ていて、契約書周りなどのアドバイスをしています。

岸 裕介

企業によって対応が大変なこともあると思いますが、フリーランスに発注するときには必要な取り組みだと感じます。

近藤弁護士

はい、最初は大変な部分もありますが、適切にフリーランスを活用できるようになることは、長い目で見ると企業にとってもプラスになるはずです。2024年の秋に向け、企業もフリーランスも正しい知識を身につけ準備することをおすすめします。

ライター

岸 裕介
大学卒業後、構成作家・フリーランスライターとして、幅広いメディア媒体に携わる。現在は採用関連のインタビュー記事や新卒採用パンフレットの制作に注力しながら、SaaS企業のマーケティングにも携わっている。いま一番関心があるのは、キャンプ場でワーケーションできるのかどうか。
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