X(旧Twitter)で1.3万以上の「いいね」が付くなどバズり中の動画「脆弱カフェ」。ロボットの店員がエラーで倒れ、メンテナンスに入ってしまうなど、セキュリティにまつわるネタがエンジニアを中心に話題になっています。動画を披露しているのは、「セキュリティ芸人」のアスースン・オンラインさん。
YouTube動画でも、「【セキュリティ芸人】本気ネタをセキュリティガチ勢の前で披露してきました」の再生回数は90万回を突破し、「SSHの公開鍵をホワイトボードで共有」「アイドルのメンバーの名前がハッシュ値に」などのネタがエンジニアに刺さっています。
「セキュリティ芸人」として活動しているアスースン・オンラインさんに、動画の反響やセキュリティのネタを作っている理由について、詳しくお話を伺いました。
アスースン・オンライン
セキュリティ芸人。現役エンジニアであり、情報セキュリティスペシャリストのゲームプログラマーとして働いている。2023 R-1グランプリ 2回戦出場、2023 M-1グランプリ出場。
セキュリティのフォーラムでお笑いネタを披露
アスースン・オンラインさんが「セキュリティ・キャンプ フォーラム2023」(※1)で講演した「セキュリティ芸人フリップのネタ【上級編】」の動画がYouTubeで90万回以上再生されるなど、話題になっています。反響の理由は何だと思われますか?
想像以上の反響に驚いていますが、お笑い界とエンジニア界、双方の業界に一石を投じられたのが大きな理由なのかなと感じています。技術系の発表の場でお笑いに全振りすることないですからね。内容も高度なセキュリティについてのテレビ受けしないニッチなお笑いとして、YouTubeという届くべき人にしか届かない場所だからこそのお笑いになっているのかなと。
ネタづくりで意識しているのはどんなことですか?
セキュリティというマニアックなテーマですが、内容を理解しやすいように構成を工夫しています。まず、大前提として誰にとっても経験のある日常生活を描くこと。その中に「お笑いのボケ」として、エンジニア要素が組み込むように意識しています。エンジニアのあるあるネタではないんです。
ネタへの感想で印象に残っているものはありますか?
このコントのなかで、「アイドルのメンバーの名前がハッシュ値」というネタがあるのですが、動画を見たフォロワーの方がハッシュ値を解読してしまったんです。暗号化していた私の推しアイドルが、日向坂46の佐々木美玲さんだとバレてしまい、恥ずかしかったですね(笑)。
セキュリティ芸人ならではの反響ですね。一般的なお笑いファンの反応では考えられません(笑)。
その他にも「ソルト化して対策しないといけない」などエンジニアらしいコメントも多数来て、面白かったです。
エンジニアから大きな反響があった理由は?
このネタを披露しているのが、セキュリティ・キャンプ フォーラム2023ということで、技術系のLTの発表の場でお笑いのネタをやる人がまずいないんですね(笑)。そのような斬新さがありながら、専門性の高さやセキュリティ啓発の側面もあったことで、反響が大きかったのではないかと思います。
ネタの最後では、「脆弱-1 グランプリ」というネタも出てきますね。
はい、さまざまな脆弱性が参加している中で優勝は「人」だった、というオチにしています。実際の情報漏洩でも、全体のおよそ8割が人的脅威によるものなんですね。セキュリティ芸人のコンセプトの一つである「セキュリティ啓発」をお笑いでうまいこと表現できたのではないかと感じています。
「脆弱カフェ」のネタ作りで影響を受けたお笑い芸人とは?
「セキュリティ・キャンプ全国大会2023」のLTではX(旧Twitter)でもバズった「脆弱カフェ」というネタを披露されています。
このネタは、コントでよくあるカフェシチュエーションに、セキュリティの要素を取り入れています。
工夫しているのは、どんなところですか?
コントの世界観をわかりやすく理解できるように、好きなお笑い芸人さんを何名かオマージュしています。
例えば、冒頭の「あ!でた!日本で唯一攻撃が許されているカフェだ、入ってみよう」という部分は陣内智則さんを意識しています。
たしかに、言われてみればニュアンスが似ていますね(笑)。
他にも、オムライスinハンバーグが届くという件で「いや、頼んでないです。誰か送信元アドレス偽装しているぞ」という箇所はさらば青春の光・森田さんのネタのオマージュだったり。自分が好きな芸人さんたちのエッセンスも取り入れながら作りました。
お笑い芸人さんの要素を取り入れることで、セキュリティという一般の人にはとっつきにくい話題をネタに昇華しているわけですね。
はい、頼んでいないのにオムライスinハンバーグが10個届いてしまった時に「オムライスDDoS食らってる?」と突っ込むのですが、これは芸人の滝音(たきおん)さんのワードセンスを参考にしました。
そして、最後の「もう帰る!」はロバートの山本さんをイメージしています(笑)。
リアクションがわかりやすいので、詳しい知識がなくても楽しく見られると思いました。ネタの反響はいかがでしたか?
「脆弱だな」というツッコミが好き、という声が多くて嬉しかったです。「脆弱だな」が流行ってくれたら良いですね。また、難しいネタになればなるほど分かる人が少ないのですが、突き刺さった時には局所的に大きな笑い声が起こっていたのも興味深かったですね。
一般向けのセキュリティネタでR-1に出場
R-1出場についてもお聞かせください。一般の方向けのセキュリティネタを披露して、1回戦を突破されています。R-1に出場した理由は?
セキュリティのネタをいかに一般でもウケる形に落とし込むことができるか、挑戦という意味で出場しました。
セキュリティのフォーラムとは異なり、大衆ウケとのバランスが難しそうです。
本当に難しかったですね。今でも試行錯誤中です。
達成度としてはどのくらいでしょう?
挑戦したことに対しての満足はあります。ただ改善の余地はまだあると思いますので、60点くらいでしょうか。
ネタの作り方も気になるのですが、コントはどのようにして作られているのですか?
日頃からネタにできそうなアイデアをメモしていますね。ネタを作る時間は1週間くらいで、脆弱カフェのネタは元々スタッフとして参加する予定が急遽ネタを披露することになったので、前日から徹夜で作りました。
YouTubeのチャンネル名も「脆弱エンジニアの日常」ですね。「脆弱」はキーワードになっているのでしょうか?
そうですね。脆弱なのって面白いですからね。退屈かもしれないセキュリティ研修も「脆弱じゃんw」と思いながら興味を持ってもらえると良いなと思っています。
オリジナル付箋ステッカーも作られていますね。
元々サインくださいと言われて、渡せるものが欲しかったんです。売れていない芸人がサインなんて作ったら芸人さんに馬鹿にされてしまうので、サインを求められた時には、「署名になっちゃうから、脆弱なのよ」と返していました。でも、何も渡せないのもがっかりさせてしまうなと感じて。エンジニアはPCにステッカーを貼る文化があるので、「管理はずさんだけど強度のえぐいパスワード」というネタに合わせて作りました。
エンジニアのファンに喜ばれそうですね。
ええ。ステッカーなので普通はPCの裏側に貼るのですが、パスワードの書かれた付箋ステッカーなので、キーボードの十字キーの下辺りに貼る人が多いんです。リアルな貼り方をしている人が多く面白かったですね。
文化祭での動画作りが原体験に
アスースン・オンラインさんは、昔からお笑いに興味があったのでしょうか?
ええ。テレビっ子で、「爆笑レッドカーペット」「エンタの神様」「爆笑レッドシアター」などを好んで見てきましたね。ラジオ番組の「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」もよく聴いていて、お笑いについて自然と学んでいました。
では、学生時代から芸人を目指していたんですか?
芸人は憧れでしたが目指していたわけではなく、当時は「周りの友達の中で面白い人になれたらいいな」というくらいの温度感でした。
芸人さんの中で影響を受けた方はいますか?
霜降り明星の粗品さんやマヂカルラブリーの野田クリスタルさんは、M-1でもR-1でも優勝していて、芸人の枠に留まらずに活躍されています。粗品さんはレーベルを立ち上げてボカロ曲を発表したり、野田クリスタルさんはゲームクリエイターとして自分が作ったゲームを実況してR-1で優勝したり。クリエイターとしても活躍されているお二人を尊敬しています。
セキュリティやエンジニアとの関わりはいかがですか?パソコンに触れることが多かったのでしょうか?
そうですね。中学生の時はコンピュータ部に所属していて、高校生の頃は情報オリンピックに出場しました。プログラミングでゲームを作ったり、動画を作ったりするのがすごく好きでした。
中でも印象深いのが文化祭で、クラスの催しのプロモーション動画を作ったことが現在につながる原体験になっています。映画の予告風にビジュアルエフェクトやCGを作り込んで放映したところ、体育館中に割れんばかりの拍手喝采が起こったんです。そのときに「テクノロジーには人を感動させる力がある」と感じ、東京工業大学の情報工学科に進み、セキュリティ芸人としての構想を抱くようになりました。
大学院生の頃は、セキュリティ人材育成プログラム「SecHack365」に参加されたそうですね。
ええ。「SecHack365」はNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)主催の長期ハッカソンで、セキュリティに関する開発やモノづくりを1年掛けて磨いていくプロジェクトになっています。セキュリティの研究だったり、セキュアなプログラミング言語やOSを自作したりできるさまざまなコースがあるんです。技術力の高いホワイトハッカー集団のような人たちと一緒に過ごしたいと思って応募しました。
どのような内容で応募されたのですか?
セキュリティ啓発のコンテンツを作るコースに応募をして、セキュリティ芸人になりたいということを書きました。最近見返してみたのですが、オリジナル付箋ステッカーの原型のネタが書いてありますし、今の活動とズレがほとんどないですね。
「SecHack365」参加時には、パケットが光るLANケーブル(イルミパケット)も作って、プロトコルの通信を外から見られるようにしました。
開発後には、いくつかのカンファレンスで展示して、セキュリティにおける中間者攻撃を可視化することにも成功しました。Twitterでも2.5万リツイート、6.2万「いいね」の反響があったので、YouTubeにてネットワーク学習用のコンテンツも配信しています。
IT人材の発掘とセキュリティ意識の向上を目指して
今後の展望はありますか?
エンジニアであることは自分には欠かせないことだと考えているので、現役エンジニアであり続けたいという思いはあります。最近、現役弁護士の芸人・こたけ正義感さんが弁護士のキャリアを生かしたネタでR-1の決勝まで行かれているので、勝手にシンパシーを感じています。
セキュリティ芸人として実現したいことは?
セキュリティ系のネタを発信しながら、高度なIT人材の発掘に少しでも貢献していきたいと思っています。私のYouTube動画をきっかけに「セキュリティキャンプ」の存在を知り、実際に参加した方も何人かいました。やりがいを感じることも多いので、今後もセキュリティ系のイベントでのネタ披露は続けていきたいですね。
お笑いの視点から入ることで、自然とITへの関心を高められそうです。
ええ、今後のYouTube配信では芸人のネタに限らず、さまざまな表現でIT系やセキュリティ系のコンテンツを作り、いつかNHKのEテレや日本科学未来館で流れるような作品を作れたら良いなと思っています。
Eテレの「大人のピタゴラスイッチ」ではソートアルゴリズムについて映像で説明していたり、科学未来館では「数え上げおねえさん」というアニメが話題になっていたりするので、そういったものを生み出したいです。楽しみながらITやセキュリティに関心を持ってもらえるコンテンツを作りたいですね。
単なる知識の発信だけでは退屈に感じる人も多いと思いますが、アスースン・オンラインさんのネタは多くの方が楽しみながらITを学ぶことができると感じます。
ありがとうございます。YouTube動画でも「教育的なオチ」「会社のセキュリティ研修これでいい」というコメントをいただくことも多くあり、セキュリティ意識の向上に多少なりとも寄与できているように感じます。これからも「脆弱」というキーワードをきっかけに、多くの方がセキュリティやITを身近に感じてもらえるよう、現役エンジニアのセキュリティ芸人として、幅広い活動をしていきたいです。
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