「エンジニアが集まるバー」というコンセプトのもと、2022年5月 神戸三宮にオープンしたHACK.BAR。バーテンダー・スタッフが全員エンジニアで構成されており、毎日プログラマーなど多くのエンジニアが訪れています。
店内では、プログラミング言語にちなんだカクテルが提供されていたり、お客さんとバーテンダーが一緒に競技プログラミングに取り組んだりするなど、HACK.BARならではのサービスが満載。しかも、立ち上げたのは現役大学生とのこと。バーテンダーも兼任し、同店の代表を務める井手 翔陽氏に、立ち上げの経緯や今後予定している東京・世界進出についてお話を伺いました。
HACK.BAR
住所:兵庫県神戸市中央区中山手通2丁目10 ほらふきビル 4F 代表:井手 翔陽 設立年月:2022年5月21日 HP:https://hackbar.jp(表) https://hack-bar.vercel.app/(裏)
エンジニアが集まるHACK.BARとは?
まず、HACK.BARがどんなバーなのか教えてもらえますか?
バーテンダーやスタッフ、お客さんなどほぼ全員がエンジニアで構成されているバーです。今後、東京などへの出店も予定していますが、現在は神戸・三宮で週末に営業しています。
エンジニア以外も入店できるのでしょうか?
もちろんです。ただ、2022年5月のオープン時からエンジニアの来店がほとんどですね。プログラマー・SEを中心に、製品エンジニアやサーバー管理に従事している方などもいらっしゃいます。Twitterで情報発信しているので、そこでお店のことを知って来店されるお客さんも多いですね。
お客さんは店内でどんな風に過ごしているんですか?PCを開いて飲んでいる方も?
ええ、競技プログラミングのイベントが開催されているときは、お客さんと一緒にバーテンダーの私もPCを開いて楽しんでいます。プログラミングを通してコミュニケーションをとれるのは、HACK.BARならではの楽しみ方かもしれません。
お客さんたちはどんな話題で盛り上がっていますか?
やはりエンジニア界隈の話題が多いですね。フレームワークのアップデートや各言語のファイルシステムの話など、突っ込んだテーマで会話していることもあるので、聞いていて私も勉強になります。お客さんからも「イベントじゃないのに詳しい話が聞けて楽しい」という声をよくいただきます。
お酒を楽しみながら、自然とITの知識が深まっていきそうですね。
あとはお客様が趣味でつくっているアプリなどを見せ合うことが多いですね。ざっくばらんに話しながら、ユーザー目線でのフィードバックをするなど、プロダクトのブラッシュアップに役立っているような印象です。
なるほど。IT関連の知識があまりない方も楽しめますか?
もちろんです。来店されるエンジニアの方々は皆さん親切ですし、誰にとっても居心地の良い空間になっていると思います。20代から40代までさまざまなキャリアを持つエンジニアの方々に通っていただいています。
東京・六本木には「Hackers Bar」というプログラミングライブが楽しめるバーもありますが、HACK.BARと何かつながりがあるのでしょうか?
ビジネス的なつながりはありませんが、個人的に何度か遊びに行っていて、代表の中尾彰宏さんがHACK.BARに来てくれたこともあります。「Hackers Bar」のようにプログラミングをエンターテインメントとして魅せられるのは、本当にすごいと思います。私たちはそういったサービスを提供していませんが、エンジニアに支持されるお店として心から尊敬しています。中尾さんからは、ありがたいことにオリジナルのカクテルを伝授してもらいました。
文系の大学生がHACK.BARを立ち上げた理由
HACK.BARを開業した井手さんのことも教えてください。現役の大学生というのは本当ですか?(2023年8月現在)
はい、大学の商学部に現役で在籍しています。そのため、大学で専門的にコンピューター関連の知識を学んできたわけではありません。プログラミングを始めたのは、コロナ禍にSNSで見かけたビジネスプランコンテストへの応募がきっかけです。アプリのアイデアが採用されれば「優勝賞金300万円」というのを目にして、プログラミング知識ゼロから本気で取り組みました(笑)。
そのときには、どのようなアイデアを出したんですか?
大学から出された課題・提出書類の内容をカレンダーで確認できる「大学情報通知アプリ」です。自分自身、「課題や提出書類を管理するのが難しい」と感じていたので、大学生活の不便さをなくそうと思って考えました。優勝することはできなかったのですが、そのあと友だちと一緒に完成度を高めて『ProTask(プロタスク)』として1年後ローンチしています。
在学中にアプリを開発しているんですね。周囲の反応はいかがでしたか?
学内の新聞や掲示板で情報公開し、リリース1か月で1,000ダウンロードを超えました。その後は別アプリの開発も進め、2021年11月には筋トレ管理SNSアプリ『ProTain(プロテイン)』をリリースしています。
積極的にエンジニアとして活動してきたんですね。インターンなどへの参加は?
大手インターネットサービス会社2社で、フロントエンジニアやバックエンドエンジニアとして短期間働かせてもらいました。その他にも、アプリ開発会社でモバイルアプリエンジニアを経験しています。
その後、HACK.BARを開業したのはなぜですか?
1番の理由は「エンジニア同士がオフラインで気軽につながる場をつくりたかったから」です。2022年の開業当時は、オンラインでのイベントや勉強会が主流でした。オンラインは便利なのですが、雑談も交えながらカジュアルに話すのは難しい。そのため、オフラインでエンジニア同士がゆっくり話せる場をつくりたいと思ったのです。東京の「Hackers Bar」のような場所が関西にもあったらいいなと。
なるほど。オフラインの場として「バー」を選んだ理由は?
大きく2つあります。まず1つ目は基本的に調理などの手間がかからないこと。自分だけでお店をスタートしたときに、やるべきことがいろいろあるので、出来るだけ工数がかからない方がいいと思いました。2つ目は、バーテンダーが中心となって会話の渦をつくれること。私自身もコミュニケーションが好きですし、バーというカジュアルな場ならエンジニア同士の会話が弾むだろうと考えていました。
話題になった「UX最悪」のホームページ
HACK.BARのオープンまで、いろいろなハードルがあったと思います。在学中なので開業資金も限られますが、お店の場所はどうやって見つけたんですか?
自分の持っている名刺を全て見直して、店を持っている方に片っ端から連絡していきました。その結果、大学2年生の頃に働いていたアルバイトのつながりから、使われていない地下スペースを発見。ありがたいことに破格の賃料で貸していただけることになりました。テーブルや椅子も元々あったのでそれを使わせてもらっています。そこからプレオープン日を1か月後に設定し、準備をどんどん進めていきました。少しでも早く実現したいと思ったのです。
思い立ってからの行動力がすごいですね。苦労したのはどのあたりですか?
集客に必要なホームページの開設です。プレオープン日から逆算するとページ作成に1週間ほどしかなかったので、かなり焦りました。その結果完成したのが「UX最悪」と話題になったホームページです。現在も“裏ページ”として一般公開しています。
Twitter上でバズっていましたね。たしかに、かなり斬新なUXですが思いついたきっかけは?
たまたまTwitterで流れてきた、ある学生のポートフォリオが着想のきっかけです。真っ黒な画面にコマンドが表示されて、自分のポートフォリオに誘導していくユーザー体験型のページでした。そのときにアニメの『サマーウォーズ』も思い出して、コードが滝のように流れてくるUXにしようと思いついたんです。実はこのホームページ、それ以外にも仕掛けがありまして。右側の画面のコードを書き換えると、リアルタイムでデザインが変わるんです。
そうなんですか!? 全く気づかなかったです。
最初は誰にも気づかれなかったのですが、リリース3日後に見つけた方がいらっしゃいました。引用リツイートで拡散してもらい、それがバズるきっかけになりました。あえて最初から説明しなかったのが良かったのかもしれません。
すごい、意図的にバズらせたということですね。いよいよ迎えたプレオープン日の来店数はどうでしたか?
ありがたいことに満席でたくさんの方に来店していただきました。しかし、その後のリピートがほとんどなくて…。開店から1か月ほど経ったころには、平日のお客さんがゼロという大赤字の状態に陥ってしまいました。
そうなんですね。その要因はどんなところにあるのでしょうか?
開業準備に追われて、バーにとって重要なお酒の勉強を十分にしなかったことが大きな反省点です。せっかく来ていただいたのに、美味しいお酒を提供できていなかった。顧客体験を全て見直すため2週間の休業期間を経て、HACK.BARは現在のかたちに完全リニューアルしました。
完全リニューアルで経営がV字回復
リニューアル後は具体的にどんなことが変わったのでしょうか?
カクテルメニューを再開発して、エンジニアにちなんだ「プログラミング言語カクテル」を提供しています。それぞれプログラミング言語のイメージに近い色のカクテルにしているのですが、工夫はそれだけではありません。
カクテルの見た目以外にどんな工夫が?
例えば、「JavaScript」はファジーネーブルというカクテルをベースにしていますが、ファジーという言葉には「曖昧(あいまい)」という意味があります。一方で「JavaScript」という言語にも、プログラムに対して詳細な命令ができないなど「曖昧さ」の特性があります。つまり、ファジーという言葉の意味と「JavaScript」の言語的な特性を掛け合わせているのです。
プログラミング言語ならではの意味が込められているんですね。お客さんに人気のカクテルも教えてください。
「C言語」のカクテルが人気ですね。C言語は昔から多くのエンジニアが触れているので、「懐かしい味」と感じられるようにグレープフルーツやライチのリキュールを使用して甘酸っぱい味に仕上げています。きっと50代の方であれば、本や雑誌に書かれたプログラムを手打ちしていた頃を、思い出すのではないでしょうか。
なるほど、エンジニアならではの楽しみ方ができそうですね。
他にもリニューアル後には、私が設計・開発した独自のモバイルオーダーシステムを導入しています。お店においてあるQRコードを読み込むだけで、簡単にドリンクを注文することができます。
しっかり情報が伝わるホームページも新たにつくったんですね。
ええ、以前の“裏ホームページ”はTwitterで話題になりエンジニアの皆さんに楽しんでもらっていたのですが、やはりお店の情報がわかりやすいページも必要なので、私がゼロから作りました。
リニューアル後の来店状況はいかがですか?
お客さんが右肩上がりで増えているので、赤字もなくなり本当にうれしいです。リピート率が高まった要因として、カクテルやオーダーシステムの他に、オリジナルステッカーの無料配布が大きいかもしれません。私の父親のアイデアなのですが、6種類のステッカーを集めようと何度も来店してくださるエンジニアの方がいらっしゃいます。
リニューアルの成果が着実に出ているようですね。店内で人気のイベントについても教えてください。
不定期開催で土曜日の15:00 ~ 18:00でLT交流会を開催しているのですが、アルゴリズム・データ構造をテーマにした回はとても盛り上がりました。そのままお店でお酒を楽しむ方も多く、「貴重な体験ができた」と喜ばれました。また、お客様からは「バーテンダー側に立ちたい」という声もあるので「一日店長システム」を不定期で実施しています。
いろいろな試みを進めているんですね。世界とつながるようなイベントも行っていたと聞いたのですが。
海外で働くエンジニアとのトークショーを開催していました。FinTech・データサイエンスを専門分野としているシンガポールのエンジニアの方や、人工衛星を提供しているベンチャー企業のCTOを務める17歳の宇宙工学エンジニアの方などが登壇。グローバルな視点で話してくださったので、私自身もとても刺激になりました。
五大都市への進出と世界展開のビジョン
東京、大阪、名古屋などでもHACK.BARを開催しているそうですね。
はい、各地のコワーキングスペースやオフィスをお借りして、出張形式でHACK.BARを開店しています。色々な企業様と共催することも多いですね。東京で開催したときには、100人以上の現役エンジニアが参加していました。
お客さんが感じているHACK.BARならではの魅力はどんなところにあるのでしょうか。
ラフな環境で学びを得られることです。通常の勉強会やイベントの場合、一度申し込んでしまうと諸々の理由で行きたくないときに「休みにくい」と感じてしまいます。一方、HACK.BARであれば気分が乗ったときにふらっと訪れやすい。それこそが、私たちの目指している「エンジニアにとって居心地のいいサードプレイス」です。
今後の展望についても教えてください。
2023年内には、東京と北海道への出店を予定しています。その後、名古屋と福岡にも進出し、日本の5大都市でHACK.BARを軌道に乗せることが短期的な目標です。また、2025年にはインドのバンガロールに出店することも視野に入れています。最終的には、IT産業が盛んなヨーロッパやアメリカなどにもHACK.BARのサービスを届けられるように成長していきたいです。
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