地場のエンジニアコミュニティを活性化したい。複業クリエイターのDMM.com河西氏が地域移住を選んだ理由
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地場のエンジニアコミュニティを活性化したい。複業クリエイターのDMM.com河西氏が地域移住を選んだ理由
金子 茉由
2023.08.24
この記事でわかること
UI / UXデザイナーであり複業クリエイターでもある、河西さんの現在の活動内容とは
複業のポイントとデメリットについて
地域ならではの仕事の仕方と今後の目標について

リモートワークの浸透により、場所を選ばない働き方が普及している昨今。居住地すら自由に選択できる今、エンジニアが自分らしく働くための秘訣はあるのでしょうか。今回は合同会社DMM.comでUI/UX デザイナー兼Design Program Managerを務める河西 紀明氏にインタビューを実施。「複業クリエイター」として石川県加賀市で活躍する河西さんに、そのライフ&ワークスタイルについてお話を伺いました。

河西 紀明氏プロフィール

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合同会社DMM.com VPoE室所属のDesign Program Manager。組織横断部門のUI/UXデザインのエキスパートとして、エンターテインメント領域を中心に多様な事業を展開するDMM内のサービスと組織の成長を支援する。

個人事業者としてもデザインスタジオやゲストハウスの経営を起点に地域産業の創出、デジタル人材育成などに携わる。著書に『UIデザイン みんなで考え、カイゼンする。』など。Scrum Alliance 認定スクラムマスター / 認定プロダクトオーナー。

UI / UXデザイナー×複業クリエイターという生き方

金子 茉由

河西さんの現在の活動内容について教えてください。

DMM.comにてVPoE室に所属し、全社的にサービスやチームがスケールする際に重要なタイミングを迎える事業や、立ち上げて間もない未成熟な開発チームに、UI/UXデザインのエキスパートとして支援に入っています。 サービスの漸進的なUX向上のために必要なテスト手法の導入やメンバーの技術的なサポート、またはチームが自発的に共創的なコラボレーションができるような仕組みづくりを行っています。

最近では、電子書籍事業のデザインシステムの設計やオンラインデジタルスクールの学習システムの設計などに関わっています。
その傍らで、個人の複業クリエイターとして国内外のスタートアップ支援を行ったり、ゲストハウスの運営、地域デジタル人材の育成に従事したりしています。

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金子 茉由

そもそも河西さんは、なぜ現在のようなデザイナーとしてのスタイルを目指そうと思ったのでしょうか?

目まぐるしく世の中の技術基盤が変化していくなかで、キャリアとして「デザイナー」を続けていくと考えた際に、表現や印象としてのデザインのスキルだけではなく、もっと機能的、戦術的なデザインの分野に対して専門的な技能を身につける必要があると考えました。

例えばサービスにおいても、単一の画面やボタンをデザインするのではなく、より大切なのは目的を持ったユーザーが滞りなく達成するための道筋づくりです。これらを最良の形で実現するにはUI/UXだけでなくエンジニアリングにも精通する必要があります。 また、その最適解を選択するためには、さまざまなコストが制約として影響するため、ビジネスとしての深い理解も重要になります。

元々僕は「体験をデザインすること」に興味があったため、コラボレーションの渦中に立つということはとても都合が良いのです。良い体験というものには正解がなく、サービスを利用するユーザーの属性も利用する際のコンテキストが異なります。とても1人のデザイナーやエンジニアで良い方向に導けるものではありません。

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DMM.comで実施しているチームビルディングワークショップの様子
金子 茉由

だからこそ、TBD(Technology ✕ Business ✕ Design)共創に取り組んでいるということでしょうか。

そうですね。実際の現場では、想像以上に領域ごとに認識の乖離があるんです。セクションごとに追い求める成果の指標が異れば、優先すべき取り組みが変わってきてしまう。ただ、そのような状況では本質的にユーザーが抱えている課題を抽出することができません。サービス上の根幹的な問題はユーザー自身の口から具体的にもたらされることでもなく、Google Analyticsのようなツールが明確に示してくれるものでもありません。

だからこそ、僕たちデザイナーは事業を開発するうえでの斥候部隊のように、先んじて市場やユーザーの本質的な課題に問いを立てる必要があります。チームが描くビジネスやサービスの体験シナリオの仮説を定義し、チームとして価値のあるチャレンジができるような体制を作りたいと感じるようになりました。アジャイルやスクラムなど今では定番の開発手法のなかにも、UXリサーチやプロトタイピングを、適所で開発サイクルのなかに馴染ませるといった取り組みを行っています。

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DMM.comの新入社員研修で実施している「Design Sprint Workshop」

複業のポイントはドメインを厳選すること

金子 茉由

現在、DMM.comの一員でありながら、個人でも事業を営もうと考えたのはなぜですか?

自分の事業を持ったのは、実はDMMに所属する前からです。

リーマンショック以降より顕著になりましたが、多くの組織が雇用する個人の学習やキャリアに責任を持てなくなっている状況下で、自らのキャリアや成長に紐づけて特定の組織に依存しない学習を継続していく姿勢が必要だと気づいたからです。

複業に対して比較的寛容な会社であったことも幸いし、自分の業務ドメイン以外の領域にチャレンジしたり、コミュニティイベントで知り合った分野の違う仲間と一緒に仕事をするという機会にも恵まれました。

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金子 茉由

河西さんが考える、エンジニアに理想的な複業のあり方とは?

貪欲に成長を求める方は、自分の「できること」と「やりたいこと」がちょうどよく重なるドメインに絞ることですかね。エンジニアやデザイナーの本分は課題解決であって、知識や経験をある程度アップデートできないと成長がとまってしまいます。

特に複業となるとなおさら、扱う技術や経験が軸として繋がっていることで、どちらが主副であろうとキャリアにとって確かな積み上げとなるでしょう。興味がある分野であるか、スキルを伸ばせるかという点も考慮したいところです。

また、U・Iターンなどで「地域における複業」を想定した場合、デジタル人材がそもそも不足しているので解決できる課題は山ほどあるでしょう。知識の提供や実働、どちらの側面からも切り込む余地はあります。しかし、この場合はクライアントワークとしても抽出される課題が抽象的だったり期間などが曖昧なことが多いので、プロジェクトマネジメントの知識やディレクションの経験がないと苦戦するかもしれません。

その苦戦の部分を経験として捉えて、成長に繋げられるかは個人の解釈によるところですが、単一の組織では人員構成の制約で経験したい役割やタスクを得る機会に恵まれないということも多々ありますので、チャンスと捉えるのも良いでしょう。
職場の環境を大きく変えてまで得たい経験かというとそうでもないことも多いので。

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金子 茉由

逆に複業のデメリットはありますか?

あまりにも本分とするキャリアに接点がない仕事は、単に時間の切り売りになってしまう点です。最低限、趣味や家族などプライベートのバランスを保つことを優先する方は「できること」と「求められること」が可処分時間とマッチするのが良いと思います。

例えばアフィリエイトを行うにしても、自分の業務と関係がなく興味のない記事を書きつづけていても自らの成長につながりませんし、そのうち心身が疲れきってしまいます。AIに書かせたほうが早いという話になってしまえば、よほど工夫しなければすぐに陳腐化し、世の中に価値のあるアウトプットを残しているという実感は伴いません。

仕事としてやる以上はどちらも優劣なく、誠実にやらなければキャリアとしても悪影響が出ることも多いので、まずは小さくチャレンジしていくことをおすすめします。

金子 茉由

河西さんとしては、本業と複業のちょうどいい融合点を見つけられたような感じなのですね。

そうですね。ただ僕の場合は、田舎暮らしでスローライフを送りながら、デザインやエンジニアの仕事をしたいという学生時代からの目標があったので、必然的に今のスタイルに環境を寄せていくようにたどり着いたような気がしますね。それこそ以前は、シリコンバレーとかでキャンピングカーで暮らしている人に憧れていたのですが(笑)。結局は自分のルーツとなる場所で、拠点を持ちながら分散・拡張していくというスタイルが合っていたのかもしれませんね。

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地域ならではのギブアンドテイクの精神

金子 茉由

現在活動の拠点を置いている石川県加賀市は、河西さんにとってどんな場所ですか?

僕自身が育ったのは金沢市に近い野々市市なのですが、先祖代々は加賀市にルーツがあります。加賀で祖父が所有していた土地に、僕たち孫の代でUターンをしたイメージです。

金子 茉由

東京でのビジネスと加賀でのビジネスを経験されて、両者の間にはどのような違いがあると感じますか?

本質的に大きな差はないと思っています。東京のほうが、より情報が集まりやすくベースとなるITリテラシーや学習レベルが高くなりがちなものの、地域でもきちんとスキルをアップデートしている人たちはたくさんいますし、顧客のためにビジネスを良くしていきたいというチャレンジ精神がすごいです。例えば漁業関係者の方々や農業や伝統工芸を担う方々なども、ITを取り入れていろいろな人と協業していますよ。

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「黒崎BASE」を会場に、起業人を集めたアイディアソンやワークショップも実施している
金子 茉由

地域ならではの仕事の仕方だと感じた事柄はありますか?

「ギブアンドテイク」の精神が求められることですね。都内からUターンした人たちにとって、「東京の相場だとこれくらいだろう、コレくらいは見積もらねば」と考えてしまいがちですが、そもそも土地代や人件費などのコストの価値観が異なるわけで、そのギャップを埋めるのは難しいんです。僕たちが提供できるソリューションは、ユーザーが目的を達成するためのプロセスを設計し、デジタルを用いてアウトプットすることです。物販のように原価が明確にかかるものではないので形として捉えづらいのです。

対価がお金以外のもの、ビジネスが成功した際のレベニューを提案することもありますが、“モノ”で対価をいただくことが多々あります。地元で水揚げされる高級魚を安価で卸してもらったり、B級木材を提供してもらったりすることもあるんですよ(笑)。古民家改装型のゲストハウスを営む僕にとってはとても価値のある対価です。

金子 茉由

なるほど、興味深いお話ですね!

地域で仕事をするときは、誰かのビジネス上の悩みや課題を解決することで得られる信頼の蓄積が有効だと思っています。単純に仕事をして金銭的な対価をもらうという考えではなく、「誰と仕事をするか」という部分の重要度が跳ね上がるイメージですね。

「地域移住」と聞くと最近はいろいろな失敗談やマイナスなイメージがあると思うのですが、年上/年下だからとか、長く住んでいる/いないといったことが日常のコミュニケーション面で露骨に態度として現れることはたしかにあります。

しかし、自分が「何ができる人物であるのか」を正しく伝え、ビジョンやゴールを共有しながらフラットな関係性で目的を達成していくことはできます。相手ときちんと期待値調整をしたうえで、同じ課題にチームとして取り組もうという姿勢が大切なのではないかと思います。一種の環境構築ですね。

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「スクラム開発」が家族円満の秘訣

金子 茉由

河西さんの1日の過ごし方は?

事業部によりますがDMMのコアタイムが11時から17時なので、それ以外の時間の可処分時間を調整して個人活動に組み込んでいます。朝は6時頃に起き、DIYやゲストハウス周辺の開拓、魚を仕入れて仕込みをしたりなど、フィジカルな作業に充てることが多いですね。

運営しているゲストハウスも10時前後がお客さんのチェックアウト、チェックインは17時がピークとなりますので、ちょうどうまく時間を活用できている感じです。夜は複業でお手伝いしているチームのミーティングや地元の事業者との交流など、地域のなかでネットワーキングを深めるための時間にしています。

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金子 茉由

かなり密度の濃い1日を過ごしているのですね!

そうですね。ただ、このような生活を送るうえでは、家族の理解が不可欠です。休日も含め、限られた時間をどう使っていくのか。タイムマネジメントが大切ですね。

ちなみに、うちは家族で「スクラム開発」をやっているんですよ(笑)。家事に加えてゲストハウス運営業務を、スクラムでいう「カンバンボード」のような形でスマホアプリのタスク管理ツールに書き出していく。そして朝起きたら各タスクの担当者と優先順位、メンバーの健康状態や気分のステータスを確認する、といったことを毎日行っています(笑)。

金子 茉由

家族を巻き込みながら進めることに意味があるということでしょうか。

はい、家族内のタスクや状態が可視化されることでコミュニケーションの質が上がり、特定の個人に負担が集まることを防いだり、イレギュラーの際にフォローに入ったりなど、気持ちよく頼り頼られるという関係性が深まりました。学生のときは毎日意味のない大喧嘩をしていたので、今のようにビジネスパーソンとして家族を信頼できるという日が来るとは思いませんでしたね。

週の終わりには、スプリントレビューで個々の成果をPRしてみんなで評価、課題点を振り返る機会としてレトロスペクティブを行います。そして翌週の計画を整理するスプリントプランニングを実施する。
家族経営は何かと衝突が起こりやすいですが、河西家の生産性は随分と向上しました(笑)。

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地域でも楽しく活躍できる人を増やしたい

金子 茉由

河西さんの周囲にも、UIターンで移住する人たちが増えているのでしょうか?

増えていますね。理由としては、都内の地価が上がったこと。また、多くの企業でリモートワークや複業が推奨されてきたことですね。これによって良くも悪くも自分のキャリアに対して考え直す方が増えていることがあげられると思います。住みやすさの面でも今は自治体の移住サポートも手厚くなってきていますので、30〜40代で経済的にもキャリア的にも安定した方々が家族で引っ越してくる印象です。

金子 茉由

移住を行ううえで、どのような条件が必要になると思いますか?

条件というかシナリオパターンですかね。1つ目がリモートワーク・複業を推奨している企業で仕事をすること。最初から地域の仕事だけで都内と同等の報酬を求めるのが難しいので、住んでいる場所にとらわれず収入が得られるスタイルに順応するための下準備が重要です。2つ目が、地域においてフルリモートできる好待遇の転職先を探すこと。そして3つ目が、きちんと地域でポジションを確立していくことです。

金子 茉由

2つ目の「地域における雇用」という部分に関して、エンジニアとしてはどのような雇用が考えられますか?

例えば地域でもさまざまな産業が新しいフェーズに向かって、事業を展開・変革すべくデジタル人材を募集していますし、自治体もそのデジタル人材の雇用を支援しているケースが多いです。能力の高い人材をインハウスで雇用する難易度はそもそも高いので、フルリモート可能・複業OKであったり高待遇で条件を提示するケースも目立ってきました。
一次産業の六次産業化に伴い、デジタルに詳しい人材を地域で積極的に確保していく必要があります。

金子 茉由

受け皿的な面で、地域の産業や雇用を整える必要があるということですね。一方で、エンジニア自身のソフトスキルやマインドという面ではいかがでしょうか?

「課題解決思考を持っている人」や「ネットワーキングを構築するための活動を習慣化できる人」は、地域でも継続的に活躍できると考えます。

地域の場合、東京ほどエンジニアの役割分担が明確でなく、タスクが整理されていないことも多々あります。そのような状況下で、自分のスキルでどこまでのことができるかという期待値調整を行うスキル。また、クライアントが見えていないゴールや目的を一緒に設定し、課題解決に向けて動けるモチベーションが重要です。そのうえで、自分に必要なスキルをその都度補填したり、ネットワークや“頼り先”をきちんと持っていたりする人のほうが、地域での働き方に馴染みやすいと感じます。

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金子 茉由

最後に、今後の目標を教えてください。

地域でも、楽しく活躍できる人を増やしたいですね。エンジニアやデザイナーの発想を活かしながら、別の切り口で新たな楽しみを見つけていく。 例えば、加賀市ではブロックチェーン技術を活用したe-加賀市民というスマートシティ化の施策で、加賀市の関係人口や潜在的な興味人口を増やすという取り組みを行っています。民間が運営するふるさと納税のような仕組みや特産品のプラットフォーム開発など、サービスの社会実装企画が進んでいるなかで、デジタル人材が圧倒的に足りていません。

その受け入れ態勢として、先に移住をしている僕らが、チャレンジできる地域のコミュニティを作る一助になれたらと思っています。実際石川県でも、地場のエンジニアやデザイナーがシナジーを生み出せるような独自のコミュニティ形成を進めている最中です。このような活動を続けていくことで、移住先として興味を持ってくれる人が増えたら嬉しいですね。

ライター

金子 茉由
12年勤務した大手人材会社を退職後、フリーランスライターに転身。会社員時代からIT業界のクライアントとの相性がよく、さまざまなIT系企業の採用活動支援や、エンジニアのスキル開発・育成支援業務に携わってきた。いまの一番の関心ごとは、子ども向けプログラミング教育の未来について。
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