エンジニアのみなさんのなかには、文章作成に苦手意識を感じる人もいることでしょう。しかし、ビジネスパーソンにとって文章作成は、切っても切り離せません。技術領域によってはテクニカルライティング力が求められるケースもあると思います。
そこで今回は『技術者のためのテクニカルライティング入門講座』の著者である株式会社ハーティネス代表取締役の高橋 慈子氏にインタビューを実施。テクニカルライティングを行ううえで求められる考え方や、文章作成力を向上させるコツについて伺いました。
高橋 慈子氏プロフィール
東京農工大学卒。技術系出版社勤務を経て、テクニカルライターとして独立。1988年テクニカルコミュニケーションの専門会社、株式会社ハーティネスを設立。技術的な情報をわかりやすく伝えることをテーマに、書籍、Webコンテンツ、研修プログラムなどの開発、制作に関わる。企業や業界団体でのビジネスライティング、ドキュメントの企画・構成などの研修を提供。立教大学、慶応義塾大学、大妻女子大学非常勤講師。一般社団法人人間中心社会共創機構理事。
※著書
高橋 慈子『技術者のためのテクニカルライティング入門講座』(翔泳社、2018年)
そもそも、テクニカルライティングとは
「テクニカルライティング」と一口に言ってもさまざまな解釈があるかと思うのですが、高橋さんが考えるテクニカルライティングの定義を教えてください。
「技術的な内容を、相手にわかりやすく伝えるライティングの手法」です。“技術的な内容”については、B to BやB to Cを問わず幅広い領域の技術が該当します。また、技術者が日常業務で企画資料や仕様書などを作成することも、広い意味でのテクニカルライティングといえるでしょう。
高橋さんがテクニカルライティングの領域に興味を持ったきっかけは?
大学卒業後、技術系出版社で編集業務を行っていたのですが、慣れないワープロ作業に苦戦し「もっとわかりやすい取扱説明書があればいいのにな」と思ったのがきっかけです。当時はまだワープロ専用機が普及しはじめた時代で、会社にも共用のワープロが数台しかなく、使い方に詳しいスタッフも数えるほどでした。
「使い方を説明する仕事」の重要性を痛感していたタイミングで、ちょうどそのころ注目されはじめたアップルコンピュータのマニュアルを初めて見たときに、とてもわかりやすくて感動したんです。理系出身ということもあり、自分でもそんな技術的なマニュアルを作ってみたいという思いからテクニカルライティングの勉強をはじめました。
その後、1988年にテクニカルコミュニケーションの専門会社を立ち上げたのですね。高橋さんはテクニカルライティングの研修も実施しているとのことですが、技術者の方に共通する特徴はありますか?
技術者のみなさんは「正確に書こう」「機能を詳細に書こう」と考える傾向が強く、結果的に情報量が多くなりがちです。それが読み手の負担になります。また、基本的なライティング技術を知らずに書いているケースも多く、時間がかかっているわりに効果的に伝わっていないというケースもあります。
技術領域のライティングはまさに「情報量が多いこと」、そして「書き手と読み手との間にギャップがあること」がネックになりやすいんです。書き手視点ではなく、読み手の視点で考えることが大切です。
テクニカルライティングに重要なマインドとスキル
テクニカルライティングに必要な心がまえについて教えてください。
一番大切なのは、読み手の目的を意識することです。書き手の目的という観点に立ってしまうと、どうしても機能の説明に終始しがちです。そうではなく、「その説明を読むユーザーが今どういう段階で、何を達成したいと考えているのか」「その機能を使って何を実現したいのか」ということを考える必要がありますね。
読み手の目的を意識するために、どのようなプロセスが求められますか?
できるだけ実際に使っていただくエンドユーザーの声を集めることですね。直接的にユーザーから聞けなくても、たとえば営業担当やサポート担当にヒアリングを行うなどはできるはずです。積極的に現場の情報を集めるコミュニケーションのスキルが大切です。
そのあとの情報を整理するステップでは、どんなスキルが必要でしょうか。
情報を取捨選択する力です。特にスマートフォンやタブレットで育っている世代の方々は情報量の多さを敬遠する傾向があります。できるだけコンパクトに、簡潔にまとめるスキルが重要です。そのためには、伝えるべき事柄の筋道やストーリーをロジカルに整理したうえで、本当に必要な情報を簡潔に書く技術が求められると思います。
読み手が異なると、ライティングに必要なスキルも変わってきますよね。
まさにそうですね。たとえば、“5W2Hの要素を目立つように箇条書きで入れる”など基本的なパターンや技術的な書き方を覚えることは大切ですが、経験を積んでいくうちに情報整理やロジカルな書き方のスキルが身についていくものだと思っています。
技術者の方からいただくお悩みとして、「文章作成に時間がかかる」とおっしゃる方が多いのですが、私は「まずは読み手が時間をかけずに理解し、目的を達成できるような文章にしていきましょう」と伝えています。そうしたトレーニングを重ねた結果として、自分自身の時間短縮につながると思うんです。
まずは読み手にとって負担がなく、わかりやすい文章を書くという視点が大事なんですね。
はい。わかりやすさだけでなく、同時に「読み手の行動を促す文章」を意識することも大切です。ビジネスにおいて、コミュニケーションには目的がありますよね。先ほどもお話ししましたが、読み手に何をして欲しいのかという意図を意識しながら書くことで、ライティングのスキルも向上していくでしょう。
テクニカルライティング実践のポイント
テクニカルライティングのスキルを身につけるメリットは?
テクニカルライティングなどのソフトスキルは、人生においても幅広く活かせるスキルです。たとえば転職活動を行う際も、自分自身の強みを整理して伝えられるようになりますよね。さらに、プレゼンテーションのプロセスと重複する部分もあります。重要な内容に絞って、明確に伝える。これはスライドでの表現や話し方とも共通します。テクニカルライティングのフレームを頭に入れておくことで、ビジネスコミュニケーション全般の上達が考えられます。
テクニカルライティングへの苦手意識が強かった方が、上達したエピソードはありますか?
2つあります。1つはあるメーカーで技術的なカタログを作っていた部署の方です。カタログの素案を自分で作ったものの、開発や営業などさまざまな関係者からの赤入れが入ってしまい、結局何を伝えたいのかわからなくなってしまったという課題がありました。私が研修を通しておすすめしたのが、「企画段階で関係者たちを集め、ロジックツリーの手法などを用いて情報の優先順位づけや整理を行うこと」です。早速実践していただいたところ、関係者間での齟齬が減り、明確な文章が効率的に作成できるようになったとの報告をいただき、嬉しく思いました。
もう1つが上司に対する報告メールで悩んでいた方なのですが、件名やタイトルで伝えたい内容を端的に表す、一文を短くするなど基本的な事柄を意識して日々書くようにした結果、上司からの評価が上がったという嬉しい声をいただくことができました。伝わる報告は、人事評価の結果をよくすると思っています。
技術者がテクニカルライティングのスキルを高めるにあたって、どのような方法が有効ですか?
テクニカルライティング関連の書籍を読み、ポイントを少しずつ実践してみること。また、研修などを通じて自分自身の課題を洗い出してみるとよいでしょう。あとは、自分が「いいな」と感じる文章を読み込み、どこがよいかを分析し、真似てみることも有効ですね。
書いた文章は、ぜひ先輩や同僚に読んでみてもらうようにしてください。赤字をもらったら書き直すという作業を何回か繰り返すことで、上達につながると思います。
おすすめの書籍を教えてください。
一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会が出している『日本語スタイルガイド』が参考になると思います。同協会ではテクニカルライティングに関する資格試験も主催していますので、資格取得を1つの目標に勉強してみてもよいかもしれません。
これからのテクニカルライティングに求められること
時代の変化に伴い、テクニカルライティングに求められる事柄も変わってきているのですか?
変わっていますね。たとえば現代は、紙ではなくWebがコミュニケーションの主体となったことで、提供できる情報量も圧倒的に増えました。そのようななかで、マニュアル1つをとっても、質が高いものを効率よく作るということが求められています。
また、グローバル市場で戦う大手産業機器メーカーや自動車メーカーなどでは、2009年頃から「トピックライティング」という手法を取り入れるようになっています。そのなかで、日本語のテクニカルライティングの標準を作っていこうと動きがあり、私自身もルール作成のコンサルティングや、現場で活用するためのトレーニングを行う仕事に多く携わってきました。トピックライティングのスタイルガイドでは、英語にしたときにわかりやすい日本語、たとえば「重要な主語・目的語は省略しないこと」「明確な言葉で短く書くこと」などを盛り込んで、実践につなげています。
あとは、最近注目されているライティングスキルである「UXライティング」も、テクニカルライティングと重複する要素がありますね。UXライティングは元々GAFAのようなインターネット企業が力を入れてきた領域で、お客様とのつながりを作ることを重視したライティング手法です。テクニカルライティングがどちらかというと「標準化したうえで、正しく、わかりやすく書く」ことを目的としているのに対し、UXライティングは「語りかけるように書く、ユーザーの行動喚起につながるライティングを行う」ことが目的となります。
UXライティングはどのような業種でニーズがありますか?
B to Cの製品を扱うメーカーのほか、現在は店舗向けクラウドサービスのSaaSを提供している企業でもコンサルティングを行っています。単に正しく書くだけでなく、店舗のオーナーがサービスを使ってみようと思ってもらえるような書き方のコツを実践的に学びたいという要望をいただき、UXライティングのスキルアップ研修などに取り組んでいます。
昨今はChat GPTなどのAIの進化により、“ライティングの仕事がAIに代替されるのでは”といった話題もありますが、テクニカルライティングの領域ではいかがですか?
人の力とAIの力、その組み合わせが大事だと考えます。たとえばマニュアル作成において、仕様書に則って手順を書くような部分ではAIの力を最大限に活用すればよいと思います。一方で、機能の説明にとどまらず、お客様の使用感や課題感に沿った説明を書く際は、顧客の体験価値を高めるためにもテクニカルライターによる調整が必要ですよね。
また、私たちが最初にプロトタイプを作成する際、「ダミー、ダミー、ダミー」と入れることが多いですよね。ところがChat GPTなどをうまく用いることで、ダミーテキストを入れずに簡単に数パターンのタイプを作れるようになります。その結果、お客様の検討も進み、よりスピード感をもってビジネスを回すことができるんですよね。イメージの明確化だけでなく仕事の効率化にもつながるため、私としてはAIの進化はすばらしいことだと考えています。
高橋さんとして、今後テクニカルライティングの領域で実践したい取り組みを教えてください。
海外の企業と連携しながら、グローバルビジネスにおけるテクニカルライティングの手法を追究していきたいですね。私が執筆したUXライティング関連の書籍も翻訳され、韓国語版が出ました。今後はより各国との連携を強め、ライティングの技術で製品やサービスの価値を高めていくことが目標です。
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