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自分が使いたいものを作り、自分が使い続けること。英単語学習アプリ『DiQt』の開発者が語る「挫折しない個人開発の術」
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自分が使いたいものを作り、自分が使い続けること。英単語学習アプリ『DiQt』の開発者が語る「挫折しない個人開発の術」

一番ヶ瀬 絵梨子
2023.03.22
この記事でわかること
かわんじさんが個人開発した『DiQt』とは?
個人開発でリリースにこぎつけるための3か条
事業化目的なら、プログラミングは不要?

心理学に基づいて英単語学習ができるアプリ『DiQt(ディクト)』

事業紹介したnote「この英単語を覚えるだけで、英文の9割は読めるようになるという話【NGSL,NAWL,TSL,BSL】」がバズったのをきっかけに、高評価を集める人気アプリとなりました。

『DiQt』を個人開発したかわんじ(相川真司)さん(@kawanji01)は、元漫画家志望。ファンタジーについて調べるうちに「プログラミングは魔法だ」と興味を持ち、「自分も魔法を使ってみたい」という想いが高じて個人開発に至ったという、異色の経歴の持ち主です。

今回は、そんなかわんじさんにインタビュー。前編では、試行錯誤を繰り返した『DiQt』の歴史や、個人開発でリリースまでこぎ着ける秘訣について伺いました。

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本の学習から英単語学習へピボット。かわんじさんが開発した『DiQt』とは

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一番ヶ瀬 絵梨子

まずは、かわんじさんが開発された『DiQt』について教えてください。「絶対に忘れない辞書&単語帳サービス」というキャッチフレーズがついていますね。

かわんじさん

『DiQt』は、覚えたり調べたりした英単語・英熟語を簡単に復習できるようにすることで、「覚えたのに忘れてしまう」という語彙の忘却を解決する辞書アプリです。英単語帳の元になっているのは、『NGSL』『NAWL』『TSL』『BSL』※という4つの無料英単語帳で、一般的な英単語の90%以上を網羅しています。

※『NGSL』『NAWL』『TSL』『BSL』とは

無料で公開されている、頻出英単語リストの略称。『NGSL(New GSL)』は一般的な英文の92%(約2,800語)、『NAWL(New Academic Word List)』は学術英文の90%(NGSL+約1,000語)、『TSL(TOEIC Service List)』はTOEICの英文の90%(NGSL+約1,200語)、『BSL(Business Service List)』はビジネス英文の90%(NGSL+約1,700語)を網羅している。
一番ヶ瀬 絵梨子

「これさえ覚えておけば!」という単語を学習できるアプリということですね。単語帳サービスとのことですが、単語や熟語を和訳したり英訳したりして問題を解くのでしょうか?

かわんじさん

問題は、4択問題・スペル問題・リスニング問題・発音問題の4種類のバリエーションを用意しています。豊富なバリエーションを用意することで、多角的に英語学習ができる仕組みです。

一番ヶ瀬 絵梨子

基本的な仕組みは同じでも、紙ではなくアプリならリスニングや発音の問題も出せるんですね。テクノロジーの進化が正しく生きていて素晴らしいです。もともと、英単語学習のアプリを作りたいという動機があったんですか?

かわんじさん

最初は、哲学や心理学、コンピュータサイエンスなどの専門書の内容をテスト形式で覚える『BooQs(ブックス)』というアプリでした。参考書を読むよりもテスト問題を解くほうが効果的に覚えられるので(テスト効果※)、本の内容をクイズ形式で覚えるアプリとして作ったんです。

※テスト効果とは

単に情報を読んだり書いたりするよりも、問題を解いたり自力で思い出そうとする行為により記憶が強化されること。実験心理学の分野で多くの研究がなされ、証明されている。しかし、テスト結果を直視することを回避する心理や「読む」という行為のわかりやすさにより、テストより参考書を読むほうが身に付くと思い込んでしまうことが多い。
一番ヶ瀬 絵梨子

それが、なぜ英語に?

かわんじさん

あまり使われなかったんです。「専門書の内容を効率よく覚えるために『BooQs』が欲しい!」と思って作った自分自身でさえ使い続けられなくて、どうすれば使ってもらえるか、自分が毎日使えるのはどんなものかを考えてピボット(方向転換)しました

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『DiQt』の前身の『BooQs』。現在はかわんじさんが代表を務める「株式会社BooQs」として、社名になっている。
一番ヶ瀬 絵梨子

英単語学習の『DiQt』としてヒットするまで、どれくらいかかりましたか?

かわんじさん

最初のリリースから2年、開発着手からだと3年です。3年が長いか短いかはさておき、開発期間を含めて3年くらいは、無報酬を覚悟しておくほうがいいかもしれません。

リリースからバズまで2年。かわんじさんが心折れずに個人開発を貫けた理由

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かわんじさんの普段開発している時のデスク周りのお写真
一番ヶ瀬 絵梨子

仕事として請ける開発案件と違い、個人開発の継続は自分の意志次第です。英語学習のニーズが非常に高いのはわかっているとはいえ、リリースから2年もの間、挫折せずに開発し続けられたのはなぜでしょうか?

かわんじさん

「個人開発をリリースに漕ぎつける3か条」があると思っています。「自分が使いたいものを作ること、自分が使い続けられるものを作ること、リリースを恥ずかしがらないこと」です。

自分が使いたいものを作る―根底のビジョンは自分軸であるべき

かわんじさん

とにかく大事なのは、「自分が使いたいものを作る」ということです。

一番ヶ瀬 絵梨子

「これは絶対ヒットする!ナイスアイデアを思い付いた!」というような動機では、難しいですか?

かわんじさん

個人開発は、半分……、最低1割でも、自分のためでないと続かないと思います。「これがウケるだろう」という他人の評価を軸にした動機だけでは、思ったように他人の評価が得られなかったときに軸が折れてしまうからです。

一番ヶ瀬 絵梨子

「自分が欲しいから作っているんだ」という基盤が大事なんですね。自分が作っているものを完成まで持っていく、という意味では、漫画家を目指していた時代と通じるものがありますか?

かわんじさん

週刊少年ジャンプで漫画の賞をもらったのは高校生のときですが、小学生の頃は「おもしろフラッシュ」が流行っていたので課題の発表を「Adobe Flash」で作ったり、中学生の頃はニコニコ動画でストーリーを作ったりしていました。ファンアートを描いてもらったときは嬉しかったですね。でも、一貫していたのは、「自分が見たいもの」「自分が読みたいもの」を作っていた、ということです。

一番ヶ瀬 絵梨子

全く別ジャンルのように見えても、完全につながっているんですね。

かわんじさん

いま個人開発をしているのも、「自分の作品を世に出したい」という想いが根底にあるからです。作りたいものを作るために身につけたプログラミングスキルなので、エンジニアとしての仕事の依頼があっても、興味のないものを作りたいとは思えません。

自分が使い続けられるものを作る―それは、世界の誰かが必ず求めている

一番ヶ瀬 絵梨子

「自分が使い続けられるもの」というのは、「自分が使いたいもの」とは違うのですか?

かわんじさん

さきほども言いましたが、私は自分の勉強のために『BooQs』が欲しくて作ったのに結局使い続けられず、『DiQt』にピボットしました。ニーズを錯覚することって、よくあるんです。

一番ヶ瀬 絵梨子

「自分が使いたい」という自分軸の動機であっても、いざ使ってみると「使いたいものじゃなかった」ということがあるんですね。

かわんじさん

そうです。そして、すべての機能を熟知していて、かつ、いつでも改善できる立場にある開発者が使わないようなものを、赤の他人が使ってくれるはずがありません。自分が最初の定着ユーザーになれるサービスであることが、まず大事です。

かわんじさん

そして、もし自分が使い続けられるものができたとしたら、それは必ず、自分以外の誰かが求めているものです。世界中で自分しか必要としないサービスなんて、まずありませんからね。

リリースを恥ずかしがらない―永遠にリリースできない悪循環の回避

かわんじさん

リリースに漕ぎつけるという点において最も重要なのは、恥ずかしがらずにリリースすることです。LinkedInの創業者であるリード・ホフマン氏の言葉に「リリースが恥ずかしくないなら、そのリリースは遅すぎる」というのがあるのですが、まさにそれです。

一番ヶ瀬 絵梨子

新サービスや新商品って、「満を持してリリース」というイメージを勝手に持っているんですが、そうではないんですね。

かわんじさん

『BooQs』の例にもあるように、実際にリリースして使ってみないとわからないニーズの錯覚も多いので、リリースしないことには始まりません。リリースは何度でもできるんですから、最低限でリリースしてしまうことです。

かわんじさん

それに、リリースが遅くなると「巨大バッチ死のスパイラル(large-batch death spiral)」に陥ってしまうのが問題なんです。

一番ヶ瀬 絵梨子

「巨大バッチ死のスパイラル」とは?

かわんじさん

『リーン・スタートアップ』(エリック・リース著)という書籍で紹介されている概念なのですが、開発期間(=バッチ)が長くなればなるほどユーザーの反応が怖くなる、そうすると仕様を増やしたくなる、仕様が増えるとバグも増える、さらに怖くなって開発期間が伸びる…という、いつまでもリリースできない悪循環に陥っていくことです。

一番ヶ瀬 絵梨子

それは、非常によくわかる感覚ですね。

かわんじさん

しかもそうやって時間をかけて仕様を増やしていると、自分たちのサービスに対する期待値も上がっていくんですね。だからついにリリースの日を迎えても、バズらないと耐えられない。無風状態に耐え切れず、早々にクローズしたくなってしまうんです。

一番ヶ瀬 絵梨子

無風状態で当たり前だと開き直れるくらいの最低限で出してしまうことで、逆にブラッシュアップしやすくなり、スピーディーに進んでいけるんですね。

ユーザー目線を意識できるのは、身内でのバグバッシュ

一番ヶ瀬 絵梨子

3か条は理解できましたが、個人開発ではどうしても独りよがりになってしまう部分があると思います。大勢の人に使ってもらえるサービスに成長させるにあたって、どのタイミングでユーザー目線を意識すればいいのでしょうか?

かわんじさん

プレリリースという形で友人や身内にだけ公開して、バグバッシュ※することですね。バグ出しをしてもらえるだけでなく、「UIが使いづらい」「とてもいいサービスなのに価値が伝わりにくい」など、ユーザー視点のフィードバックがもらえる貴重な機会です。

※バグバッシュとは

ソフトウエア開発において、開発担当ではない部署の社員も一緒になって、社内全体で集中してバグを探す期間のこと。ここでは社内ではなく、『運営者ギルド』内など、友人知人に頼んでバグを探してもらうことを指している。
一番ヶ瀬 絵梨子

一人で個人開発している場合、どうすればいいんでしょう?

かわんじさん

Qiita』(エンジニアのためのコミュニティサービス)に、Webサービスの運営者が集っている『運営者ギルド』というコミュニティがあります。製品をリリースしている人なら誰でも入れるので、そこでテストしてもらったり、意見をもらったりしています。

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かわんじさんが参加している「運営者ギルド」。お誕生日には大量のプレゼントが届くほど仲良く交流しているとか。
一番ヶ瀬 絵梨子

いきなり入って、協力してもらえるものですか?

かわんじさん

自分が発信側に回ることが大事ですね。製品をリリースし、発信していくことで友達ができ、輪が広がっていくものだと思います。

一番ヶ瀬 絵梨子

いわゆる「コミュ力」が必要だということでしょうか?人によってはハードルが高いのでは?

かわんじさん

僕の場合は、オタクだからという理由でスクールカーストの底辺にまわされるのが怖くて、ニコニコ動画に投稿していたことも、ジャンプで漫画賞を取ったことも学校では隠し、漫画家になりたいと言えずに「デザイナーになる」なんて言ってました。でも社会に出たら、そんなマウントを取るような人は実際にはあまりいないじゃないですか。

一番ヶ瀬 絵梨子

たしかに、マウント取るほどヒマな人はほとんどいないですね。

かわんじさん

「ごめんなさい」と「ありがとう」が言えるという基本と、笑顔や謙虚さがあればちゃんと周りから大事にしてもらえる。

かわんじさん

学校のような閉鎖的なコミュニティだと上下関係やマウンティングが発生しがちですが、ギルドや社会人のコミュニティは出入りが自由なこともあり、攻撃的なこともなく、みんな優しいですよ。そんなに怖がることはないと思います笑。

何のための個人開発?事業化目的ならプログラミングは不要⁉

一番ヶ瀬 絵梨子

個人開発で、リリースまでモチベーションを維持しながら開発する秘訣はよくわかりました。ただやはり、「それでちゃんと稼げるのか?」という懸念はあります。

かわんじさん

何のために個人開発するのか、ということですね。事業として稼ぎたい場合は、使ってくれる人や出資者を集めることが大事です。開発よりも、LPを作って広告を出して、お金を払ってくれる人がいるかどうかを確かめるのが先でもいいと思います。

かわんじさん

どんなにニーズがあっても、「お金を払ってでも使いたい」ではなく「無料なら使いたい」では事業にはならないので、まずはそこを検証する。いざ作るとなった場合も、プログラミングスキルを生かすことにこだわる必要はないので、ノーコードで開発してもまったく問題ありません。

一番ヶ瀬 絵梨子

最初から事業化に照準を当てた開発だと全然違ってくるんですね。

かわんじさん

そうですね。でもほとんどの個人開発者は、「技術を学ぶため」か「自分が作りたいから」作っていると思います。あとは、「ポートフォリオにするため」ですね。そういう大多数の人たちは副業や趣味で個人開発しているので、さきほどの3か条が当てはまりますよ。

【取材後記】

かわんじさんがご自身の作るプロダクトを「作品」と呼ぶのが非常に印象的で、根っからのものづくりの人なのだなと感じました。個人開発の3か条は、自分が一から作り出した作品を世に出したいと考えているすべての人に参考になると思います。

後編では、『DiQt』でどんなふうに心理学知識が生かされているのかや、他ジャンルの知識や経験を開発に生かす「スキルの掛け算」についての考え方を伺いました。

▼後編はこちら

大好きなものがある人は強い。心理学を活かした英単語学習アプリ『DiQt』の開発者が考える「スキルの掛け算」

【関連リンク】

DiQt - 絶対に忘れない英和辞書&英単語アプリ:https://www.diqt.net/ja

かわんじさんTwitter:https://twitter.com/kawanji01

ライター

一番ヶ瀬 絵梨子
心理学科卒業後、新卒未経験でSI企業に就職し、Java系のSEとして10年。 結婚出産を経て、2015年にトラベルライターに転身。 現在はライターのほか、webディレクターや広報の業務にも携わっている。 新婚旅行では1年かけて世界50ヶ国を巡るほどの旅行好き。 日々の晩酌が何よりの楽しみ。
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