人気の秘訣は徹底したデータ分析?LuupのCTOが語るハード・ソフト開発と運用の裏側
電動マイクロモビリティのシェアリングサービス「LUUP」。
街中のポート(LUUPの機体が置いてある場所のこと)にある電動キックボードや電動アシスト自転車のような電動マイクロモビリティを、好きなポートで借りたり返したりしながら利用できるサービスです。
日本の次世代のインフラを目指すLUUPは、リリースから2日で2,000人超のユーザーを獲得。 渋谷・目黒エリアを中心にユーザーの圧倒的な支持を集めています。
現在では電動キックボードの公道実験も行い、規制の適正化に向けた取り組みも続けています。
そんなLUUPのハード・ソフトの開発や運用の背景はどのようになっているのか。
ユーザーの情報はどう活用されているのか。 運用上の問題はどのように解決されているのか。 電動キックボードも含む今後の展開は?
株式会社Luup CTOの岡田さんにお話をお聞きしました!!
LUUPの利便性を高めているのは「目に見えない」情報だった!?
僕、実はLUUPのヘビーユーザーなんです。 この取材の前日も最寄り駅からLUUPで家まで帰りました。
ありがとうございます。
アプリには、ライドの際に通った道、所要時間など様々な情報が記録されていますよね。 どのようにしてこれらの情報をサービス改善に活かしているのでしょうか?
まず最初に、人気なポートの分析です。 出発地点と到着地点として指定されるポートには、アクセスしやすさや利便性などから偏りが出てきてしまうんです。
わかりやすいところだと、人通りの多い道付近のポートは使われやすいです。 ただ人気なポートが常に人気かというとそうでもなくて、天候や曜日、時間帯によっても変わります。
多くの条件があるんですね。
そういった偏りの傾向を曜日や時間帯ごとに分析して、ポートを開設する際の営業戦略に役立てたり、新機体の配置戦略や現行機体の再配置に活用したりしています。
また、利用時間帯やライド数、ライド時間などから、ユースケースを想定してマーケティングにも役立てています。 通勤に使っているのか、買い物に使っているのか、などが想定できますよね。 ただ、ここまでの話って当然のことで、ありきたりな分析だと思うんですよ。
つまりより踏み込んだ分析もしている、と…?
そうです。 私達が真に把握するべきは、「ライド実績に表れない本来のユーザーニーズ」なんです。
ライド実績に表れない?どういうことですか?
ライド実績のデータは均衡化された結果のデータなんです。
例えば、特定の主要ポートからライドする場合を考えてみましょう。 みんなが特定のポートからライドすると、たちまちそのポートの台数は0になっちゃいますよね。 台数が0だと、そのポートを利用したかった人は別のポートを探してそこからライドします。
返却する場合も同じようなことが起こりえます。 到着地点のポートに空きがない場合、近くの他のポートを探してそこに返すことになりますよね。
ライド実績にはそうした妥協の結果も反映されているんです。 つまり、ユーザが実際にライドした場所や移動ルートは、実はユーザにとって最適のものではなかった可能性があるんです。
なるほど! 言われてみると、僕自身もいつも使うポートに機体がなかったため、別のポートまで歩いた経験があります。
LUUPが本当に喜ばれるサービスになるためには、最適なポート開設や機体配置をしていく必要があります。 ですが、ライド実績だけに注目して分析をしてしまうと「ライド実績に表れない本来のユーザーニーズ」を見逃してしまい、誤った最適化になってしまいます。
生存バイアスに陥ってしまうんですね…! LUUPではこの問題にどう対処しているのしょうか?
ライド情報に加えて、アプリ上で取得できる様々な情報を多面的に分析することで、本来のニーズを推定しています。 例えば、ユーザのアプリ起動時の位置情報と最近接のポート情報を取得したうえで、その後にユーザがライドしたのかどうか、ライドした場合はどのポートからライドしたのかを追います。
ユーザがより使いやすいサービスになるためにはここまでやる必要があると思っています。 ユーザのライド実績といった直接的な情報だけでなく、アプリ上のログと実際の行動への反映のズレを分析しているのがLUUPのデータ分析の特徴であり面白さですね。
ユーザの利用の偏りはダイナミックプライシングで解決
人気/不人気のポートが明確に分かれてくると、機体の偏りが問題になってきませんか?
そのとおりです。 LUUPに乗りたいユーザの機会損失を生まないためには、偏った機体配置を需要に合わせて再配置する必要があります。
オペレーターがトラックに機体を載せて再配置することもできますが、めちゃくちゃ人件費がかかります。 海外の3輪電動キックボードだと自動運転でポートに帰るものもあるんですが、電動アシスト自転車だと2輪なので自走することが難しいんです。
LUUPではどのようにして再配置の問題を解決されているのでしょうか?
弊社では需供に応じてライドの価格設定を変動させることで、ユーザーの需給バランスを調整し結果的に機体の配置が均衡化される機構を導入しています。 いわゆるダイナミックプライシングですね。
詳しく説明すると、出発地として需要が少なく機体が滞留しがちなポートから出発するライド、そして降車地として需要が少なく機体が置かれづらいポートを目的地に設定したライドは価格を下げるんです。その逆も然りです。 この価格変動を導入することで、自動的に機体配置の不均衡が無くなっていく状態を目指しています。
そういう工夫のしかたがあるのか…! ユーザによる再配置、うまくいくとすごく効率のいい施策ですし、ワクワクしますね!
ダイナミックプライシングのための最適化や先ほど挙げたニーズの推定など、データ分析には力を入れていきたいと思っています。 弊社全体がデータに強い組織になれればいいな、と考えていますね。
ポートに「ある」はずなのにない!?ポートの機体数のズレをどう解決したのか
ライドを終了する際に、返却する機体の写真を撮影することになっていますよね。 例えば台数の多いポートだと適当に他の機体の写真を撮ってごまかせるのでは…?と思うこともあるんですが、どうなんでしょう。
それは確実にバレます。 データベースで各機体のIDを管理していますし、GPSモジュールから取得した位置情報もあります。 なので、他の機体の写真を撮ってごまかしても無駄です。
少し気になっていたので確認させていただけてよかったです。 実はこの疑問を持った背景には、ポートに置いてある機体の実数とアプリ上の数値にズレがあった経験がありまして…。
以前は確かにありました。 その問題の解決には非常に頭を悩ませたんですよ。
そもそも、数値のズレはどうして起きていたんでしょうか。
これはスマホのGPSの精度が問題でした。 サービス開始初期には、返却されたかどうかの判断をスマホのGPSからの情報のみに頼っていたんです。
例えば、あるお店の正面入口にポートがあったとして、そこに返却されたはずの機体が実は裏口に置いてある、といったトラブルがありました。 これはポートではない場所で返却処理をしたのに、GPSの認識上ではポートに置かれていることになっていたために返却が完了してしまうことで起こったんです。
GPSの精度はさすがに改善できないと思いますが、どのように解決したのでしょうか?
機体に搭載されているIoTデバイスのGPSも併せて確認するようにしました。 スマホのGPSだけだとユーザーが最後に使った時点での状況しか参照されませんが、機体のGPSを利用することで最新の状況も把握することができました。 また、選択したポートの近くにいないと返却できないようにチューニングもしました。
さらに、機体のGPSから、機体がある場所とポートの位置のずれが大きいと自動でアラートを上げてくれるbotを開発・運用しています。
例えば、この機体は〇〇というポートに置かれていることになっているが、実はポートから何メートルずれたところに置かれていて、実際は△△というポートにあるのではないか、という情報をbotが自動でサジェストしてくれるようにしています。
また、ユーザがライド終了した際に撮影した写真は常にチェック可能にしており、何かあればライドをトラッキングできるようにしています。 こうした対策で機体数のズレの発生件数は激減しましたね。
新しいプロダクトでは予測不能な課題は起きるものですが、それを随時解決してきたLUUPのチームは流石ですね…!
工場との綿密な連携でハードウェア開発を効率化
普段LUUPを利用させていただいて思うのですが、新機体の導入スピードがめちゃくちゃ早いですよね。 新機体の方が初速が出るように感じますし、スマホスタンドがついた機体も出てきましたよね。
よく気づいてくれましたね! 今は2~3ヶ月スパンで機体をアップデートしていますが、このように機体のアップデートを短期間で回すのってすごく大変なんですよ。 ハードウェアをリーンに開発するのは非常に難易度が高いです。
背後にはどういった理由があるのでしょうか?
まず、一度の試行で飛ぶ金額があまりにも大きいんですよね。 あくまで例ですが、1台10万円だったとして1000台発注すれば1億円になるわけです。
人件費・サーバー代さえあればある程度PDCAを回せるソフトウェア開発とは比にならないですね…!
それに、一度のPDCAサイクルを回すのに非常に時間がかかります。 ハードウェアの開発からリリースのスパンって、最速で半年、一般的には1年と言われています。 ハードウェア開発にはお金と時間がかかるんです。
でも、LUUPは短期間での機体のPDCAサイクルを実現されているわけじゃないですか。 どのような秘訣があるのでしょうか?
鍵は工場との綿密な連携にあります。 弊社では、工場がベンダーに対してパーツの発注をかけて組み上げていく段階から、いつどのパーツが届いてそれをいつまでに組み立てるのかまで全て確認しています。
そしてなるべく最速で進むように調整しています。もちろん仕様も事前に共有していますし、事前に確認すべき事項は確認しています。 先ほどいったとおり、大きな手戻りは致命的になりますから。
かなり細かくコミュニケーションをとっているんですね。
そうですね。 工場は海外にあるのですが、工場の方と確実にコミュニケーションがとれるように、その国の言語や文化も理解しているハードウェアエンジニアを採用しています。
採用の時点からそこまで力を入れているんですね…! 徹底して工場と連携しようとする姿勢が伝わってきます。
LUUPの強みは「機体の小型化」にあった
正直なところ、電動アシスト自転車のシェアリングサービスだとすでに広く展開している競合他社があるように思います。 LUUPの強みって何なのでしょうか。
将来的には自転車に限らず様々な電動マイクロモビリティのシェアリングサービスを提供していくので、既存の事業者は直接的な競合にはならないと思っています。 それに電動アシスト自転車に限ったとしても、私達には強みがあります。 それは、ポートの密度、自転車のサイズ、ポートから機体を溢れさせないための工夫の3つです。
まず、最重要視しているのがポートの密度です。 2021年2月現在でも、渋谷を中心に半径3~4キロのエリアの中でポートは200以上展開しており、どこからでも数分歩けばポートがあるという状態を目指して展開しています。
では、なぜこれほど高密度にポートを展開できるのか。 それは機体をめちゃくちゃ小型に作っているからなんです。
ほとんどの電動アシスト自転車の車輪サイズは小さくても16インチ、平均20インチ前後に設計されています。 それに対してLUUPの機体は12インチ、全長も110センチ程度(通常160センチほど)に抑えています。
確かに、初めて乗った時「ちっちゃ!」ってびっくりしました。
機体を小型化すると、渋谷のように土地の広さが限られているエリアでもポートの候補地をたくさん見出だせるんです。 また、将来的に私達は電動キックボードも展開したいと考えているので、自転車用のポートにそのまま電動キックボードを配置できるようサイズを調整しています。
最後に、ポートから機体を溢れさせないための工夫について。 ユーザに利用してもらう際、機体がポートから溢れないようにするため、あらかじめ目的地を設定してもらっています。
ユーザが目的地のポートを選ぶとキャパシティに応じた空きスロットの数が表示されます。 0であればそこは選択できないですし、1しか空いていないところに2人が同時に行けないようになっています。 指定した場所には必ず返却できるので、ユーザにとっても優しい仕組みになっているのかなと。
ポートの課題の解決と使いやすいUXを同時に実現しているんですね…!
「社会と対話し業界を先導する」電動キックボードの実装
2020年9月に電動キックボードの実証実験を開始された時は話題になりましたね。 電動キックボードの導入を進めていくにあたって、特に気をつけているポイントはあるのでしょうか。
自治体や地元の警察の方々、住民の方々と密にコミュニケーションを取りつつ進めることを最初から続けています。 あとは海外の失敗事例などを参考にしてますね。
どういう失敗事例があったのでしょうか。
電動キックボードは移動しやすさや使いやすさから、海外ではかなり流行しています。 その中で、とりあえずサービスを開始してユーザを集め、有無を言わさずに普及させようという業者も出てきたんです。
ですが、そのせいで街の景観を損なったり、危険な使い方をするユーザが出てきてしまったところもあって。 例えばこれはサンフランシスコのケースです。
基本的にユーザを第一にサービスを作りたいんですが、それを突き詰めると街や歩行者などに優しいものでなくなってしまう可能性があります。 それだと海外の事例の二の轍を踏んでしまいかねません。 なので、日本の都市環境と共存しながら使われるようなサービスになるということを強く意識して設計しています。
現在、実験中の電動キックボードに施している具体的な工夫などあれば教えて下さい。
実証実験ごとに独自の速度制限を設けて、安全な走行ができるようにしています。 さらに、法律上は任意装着であるウィンカーを標準で搭載しています。
ウィンカーの搭載には配線を考えたり耐久テストも必要です。 そしてそれにはコストがかかってくるわけですが、乗車するユーザーの安全性も考え、あえてそうしています。
機体のコストを抑えてより多くの機体を用意するという意思決定もあるのかもしれませんが、ユーザーや歩行者・都市環境への配慮がおろそかになってしまうと、日本に電動キックボードが普及すること自体を何年か遅らせてしまいかねません。 LUUPがインフラとして普及するためにも、業界を先導するという自覚を持ち、そういった事故など起きないよう開発を進めています。
本日はありがとうございました!
LUUPの取り組みはCEOの岡井さんのnoteでも詳しく説明されていますので、こちらも併せてどうぞ。
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