ガラケーでのインターネット通信全盛期の2006年に登場したホラーノベル系のアドベンチャーゲーム『歪みの国のアリス』。
怖いだけではない、感動するゲームとして若い女性を中心にヒットし、2015年にはスマホ版、そして2022年にはSwitch版をリリース。ガラケーのゲームとしては異色の道筋をたどっている名作ゲームです。
「優しい悪夢」をコンセプトに展開されてきた、『歪みの国のアリス』を含むナイトメア・プロジェクト。前回は、プロジェクトを牽引してきたゲームプロデューサーの清水薫樹さんにインタビューし、『歪みの国のアリス』の歴史やサン電子から独立して株式会社ナイトメアスタジオを立ち上げた想いについてお伺いしました。
今回は、ガラケーからスマホ、そしてSwitchと16年にわたってプラットフォームを変えてサービス提供している『歪みの国のアリス』の開発についてじっくりお話を聞いていきます。
▼前回記事はこちら
容量・音楽・キャリア間の移植…、ガラケー版開発の苦労の数々
いちばん初め、2006年にリリースされた『歪みの国のアリス』は、フィーチャーフォン(以下「ガラケー」)版だったんですよね。今のような高速大容量通信ではないですし、制限も多かったのではないですか?
本体にダウンロードする仕様で、1本のゲームの容量に制限があります。途中でどうしても容量に収まらなくなり、au(EZweb)では前後編の2本、docomo(i-mode)では4部作になってしまいました。
容量を軽くするための工夫や、もっと凝りたいと思いながら断念したことはあったんですか?
何かを断念するような容量削減は考えませんでした。au版で1本に入らない可能性がでてきた時に、前編、後編とわけても前編から後編にゲームがすみやかに続くように誘導したり、どうすれば前後編を楽しんでもらえるかの工夫を検討しました。この時の前編版には、後編への予告編が付いていましたね。
もの作りをするにあたって、とても勉強になるお話ですね。「できない言い訳ではなくできる方法を考えろ」とはよく言われることですが、まさにこういうマインドのことだと思います。
ガラケー版『歪みの国のアリス』のリリースの歩みとしては、まずはau、auのヒットを受けてdocomo、ソフトバンクと提供範囲が広がっていったわけですが、同じプログラムが使えたのでしょうか?
auはCのBREW(ブリュー)[※1]、docomoはJava(Doja)で、ソフトバンクもJavaだったかな。まったく違うので、docomo版のためにプログラムを作り直さないといけないような状態でした。
作り直しって…、そこまで違うものなんですか?
ヒットするかどうかわからなかったこともあって、docomoやソフトバンクへの移植を想定した作り方はしなかったんです。docomoのときは、サウンドチップ[※2]の仕様も違ったので、それも苦労しましたね。
サウンドチップが違うとは?
サウンドチップの性能によって、音が違ってくるんです。楽譜が同じでも楽器が違うような感じですね。同じメロディでも別の印象になり、au版で追求したイメージとのズレを埋めるのが難しかったです。ちなみにその後、docomoでも似た音を出せるようになって対応したのですが、docomoのユーザーさんからはイメージと違うと言われてしまいました。
なるほど、docomoの方にとっては、初代docomo版の音楽がオリジナルですもんね。作り手の気持ちもユーザーの気持ちもわかります。難しい…!
※1 BREW(ブリュー)とは
※2 サウンドチップとは
クロスプラットフォーム前提だったスマホ版開発。“課金”の概念にも対応。
スマホ版『歪みの国のアリス〜アンコール』が出たのは、2015年ですね。前年にナイトメア・プロジェクトから『オズの国の歩き方』というスマホ版ゲームを出されていますが、新しいゲームではなくリメイクにしたのはなぜでしょう?
ガラケー版のアリスをそのままスマホで動くようにはしていましたが、スマホでプレイすると画面や文字の大きさに違和感がありました。アリスをこのままにしておくことはできず、オズの経験を生かしてスマホ版として作り直しました。旧作を遊んだ人がもっと楽しめるように、エピソードを新規に追加しました。また、ガラケーサイトに連載していた「コラム」や壁紙の「ギャラリー」も収録しています。
ガラケーのときは、docomo版を作るのに大変苦労されたとのことですが、スマホ版はiOSとAndroid両方出されてたんですね。
ガラケーのときとは違い、最初から両方出す前提でUnity[※3]で開発環境を作りました。環境を作るエンジニアの努力とスキルあってのことですがゲームの演出や調整がより細やかにできるようになりました。
「iPhoneじゃないからダメか…」「Androidじゃないからダメか…」というガッカリ感がないアプリは、ユーザーにとって非常にありがたいし、好印象ですよね。そういえば、ガラケー版はUnityではなかったのですか?
Unityはガラケー開発には対応してなかったですから。Unityでノベル向けの開発ツールも出ていましたが、やりたい事に制約をつけたくなかったのですべて自作しました。自由に文字が震えるといった細かい効果を作り込むには、既存のツールでは難しかったと思います。
少人数での自社開発にもかかわらず、開発環境を自作!返す返すも、『歪みの国のアリス』への気合を感じますね。
ところでスマホ版では、最初にお金を払ってダウンロードする「買い切り」だったガラケーとは販売の仕組みを変えたとおっしゃっていましたね。
スマホゲームに関しては、ゲームソフトのように「最初にお金を払って買うもの」という感覚で使っているユーザーがとても少ないんです。興味を持ったら、まずは無料で遊んでみる。アイテムやレベルアップのためにお金を払うかどうか考えるのはそのあと、という感じです。
「課金」という言葉がお金を払うという意味で使われるようになったのは、スマホゲームの登場以降のように思います。しかも「お試しの無料体験版 vs 最後まで遊べる有料版」ということではなく、ゲームの本筋とは関係ない着せ替え用のスキン(衣装や装飾)が課金要素になるなど、お金の使い方も変わってきている印象です。
スマホ版の『歪みの国のアリス』も、毎日少しずつなら無料で最後まで楽しめるようにしました。もう少し読み進めたい場合の追加チケットや追加コンテンツを見るための招待状、最後まで読めるフリーパスチケットは有料です。
一気に読みたい大人も、おこづかいに限りがある子どもも、それぞれに楽しめるのがスマホゲームのいいところですね。
※3 Unityとは
縦画面から横画面へ。すべて作り直したコンシューマー版を発売
2022年、コンシューマーゲーム版(Switch)とPC版(Steam)が出ましたね。告知ツイートはなんと2.7万リツイート。ファンの期待値の高さと興奮が伺えます。
Switch版・Steam版のストーリーは基本的に以前と同じとのことですが、それでもプログラムを作り直すのでしょうか?
すべて作り直しました。ノベルゲームの開発のための統合環境を作る所から始めています。1アプリで複数言語に対応するなどゲーム構造の自由度をすごく上げました。
旧作のユーザーにわかる変更点はどんなところでしょうか?
シナリオの表現を時代に合わせて調整したり、音楽も最長2分ほどの長さにしたりしています。イメージの違いでファンをガッカリさせてしまわないよう、印象はあまり変えていないのですが、「本当はこうしたかった」といういわばディレクターカット版になっています。
それからとても大きな違いとして、縦画面から横画面になったということがあります。
あ、そういえば!それは作り直すしかないですね。縦と横、どちらが好きかは好みの部分もあると思いますが、清水さんのご意見はどうでしょう?
私は横画面のほうがストーリーに入り込みやすいと思いますね。映画を見ているような感じになるので。
たしかに『歪みの国のアリス』は、横画面でじっくり浸るのに適したゲームのような気がします。開発環境は、引き続きUnityですか?
はい、そうです。Unity上で統合環境を作っていますので、ビルドしなおさずに修正したシナリオの動作がリアルタイムで確認ができます。エンジニアではないシナリオ担当者でも使いやすくてとても便利です。Unityがすごいというか、エンジニアががんばって環境を作ってくれたからなんですが。
ガラケー時代の自作ツールのお話もですが、エンジニアさんが精鋭ですね!
ところで、ガラケー・スマホ・Switchを比べると、描画性能の差が大きいですよね。16年前のガラケーのイラストを使い続けるのは難しいような気がするのですが、イラストもすべて描き直すのでしょうか?
いえ、ガラケー版のときから3Dで作っているので、素材となるデータ自体はガラケー版からSwitch版まで同じです。ですが、データを加工したり再レンダリングなどでクオリティアップしていますよ。
ガラケーに3Dなんてありましたっけ?
ガラケーの画面では2D表示ですが、サン電子に3Dモデリングの技術があったこともあり、3Dをレンダリング[※4]して2Dイラストを作っています。もちろん以前とは解像度も違うのでレンダリングや若干の修正は必要で、そのまま使えるわけではないですが、キャラクターを一から作り直す必要はありませんでした。
昔のデータでも、同じソフトであれば読み込めて編集できるんですね。
2006年当時はレンダリングの効果を上げるプラグイン(拡張機能)もあまりなかったので、今のソフトでも読み込めるものが多いんです。プラグインを多用してしまうと、同じ3Dソフトでもバージョンアップ版では使えないということがよくあるんですが、昔のデータだからこその強みですね。
プラグインは便利ですが、安易に多用すると長期的には不便さやリスクに繋がってしまう。エンジニアなら思い当たるところが多そうな、教訓になる話ですね。
※4 レンダリングとは
ゲームは文化。ナイトメアスタジオが作りたいのは、長く残る名作ゲーム
そもそもですが、株式会社ナイトメアスタジオとして独立されたあとの第一弾が、『歪みの国のアリス』のSteam版だったのはなぜでしょう?
独立直後でもあり、まったくの新作に挑戦するよりも一定の反響を見込める『歪みの国のアリス』が作りやすかった、というのは正直あります。でもそれだけではなく、コンシューマー版で出すほうがこのゲームの寿命が長くなるからです。
ゲームの寿命とは?
ガラケーでしか出てないゲームは、今はもう遊べませんよね。それと同じように、スマホゲームも、今後スマホがバージョンアップされていくと、いずれアプリが対応できなくなる日が来ます。でも、コンシューマー版のゲームは長く遊べるのではないかと期待しています。
それから、テレビ画面を使った大画面の表現力や、ボタンがあるがゆえの幅広い操作方法は「遊びやすさ」に直結していて、それもコンシューマー版の魅力です。
たしかに、小さい子どもでもコントローラーは操作しやすいですね。ゲームの寿命は意識したことがなかったのですが、Switchで40年近く前のファミコン(ファミリーコンピュータ)のゲームができますね。『スーパーマリオブラザーズ』や『ドンキーコング』、『アイスクライマー』など、懐かしくてついプレイしてしまいます。
名作ゲームは、そうやって残っていくと思います。私はゲームは文化だと思っているので、ナイトメアスタジオでも、そんなふうに長く残るゲームを作りたいと思っています。
<取材後記>
他の仕事と並行しながら開発ツールを自作してまでゲームを完成させ、プラットフォームを変える際にはすべて見直し、時にはほぼすべて作り直し。アリスに対する並々ならぬ愛情を感じるお話でした。ガラケー発の名作ゲームとして、何十年も遊び継がれていくゲームになると信じています。
◆株式会社ナイトメアスタジオ公式サイト:https://www.nmp-games.com/
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