ガラケーでのインターネット通信全盛期の2006年に登場したホラーノベル系のアドベンチャーゲーム『歪みの国のアリス』。
怖いだけではない、感動するゲームとして若い女性を中心にヒットし、2015年にはスマホ版、そして2022年にはSwitch版をリリース。ガラケーのゲームとしては異色の道筋をたどっている名作ゲームです。
「優しい悪夢」をコンセプトに展開されてきた、『歪みの国のアリス』を含むナイトメア・プロジェクト。プロジェクトを牽引してきたゲームプロデューサーの清水薫樹さんは、2021年にサン電子から独立して株式会社ナイトメアスタジオを立ち上げ、新しいスタートを切りました。
今回は、その清水薫樹さんにインタビュー。 前編では、
- 『歪みの国のアリス』とはどんなゲームなのか?
- 『歪みの国のアリス』はなぜ誕生したのか?
- なぜ独立し、これから何を目指していくのか?
といった、『歪みの国のアリス』の軌跡について伺っていきます。
ガラケーからスマホ、Switchへ。『歪みの国のアリス』の異例の歩み
まずは『歪みの国のアリス』がどんなジャンルのゲームで、いつ誕生したのか教えていただけますか?
『歪みの国のアリス』は、ホラーノベル系のアドベンチャーゲーム[※1]です。2006年にサンソフト[※2]から、フィーチャーフォン(以降「ガラケー」)版でリリースしたのが最初です。当初はau(EZweb)だけでした。
ガラケーでのインターネット通信といえばdocomoのi-modeのイメージが強いのですが、EZwebからだったんですね。
auの開発経験があった事と、docomoはゲームの審査が厳しいという話だったので、まずauだけにしたんです。幸い後にdocomoの担当さんがゲームの本質を見てくださり審査は問題なく通ったんですけどね。その後、ソフトバンク(Yahoo!ケータイ)でも出しました。
その後スマホの時代になって、どんな展開を?
2015年に新しいシナリオを追加してスマホ版(iOSとAndroid)を出し、2022年にはコンシューマーゲーム版[※3](Switch)PC版(Steam)を出しました。
SwitchとSteamでは内容は変わったんですか?
内容は基本的に同じです。でも、最初の発売から16年も経っていますから。グラフィックはもちろん、シナリオもすべて見直し、音楽も新アレンジ版で再録、効果音も刷新して増やすなど、細かな所ですが、ディレクターがすべてに手を入れてます。
ユーザーにとっては大きな変化ではなくても、全部見直すのは大変だったでしょうね。プラットフォームが変わることで、課金の仕組みは変わりましたか?
ガラケーでは「買い切り」といって最初にお金を払ってダウンロードする形でした。でもスマホは、「まず無料で試して面白ければ課金する」という遊び方が根付いているので、最初から有料だとそもそも興味を持ってもらえなかったんです。
たしかに、スマホゲームに最初からお金を出す感覚はありませんね。こんな凝ったのが無料なのかと、遊んでみて驚くことはありますが。
それで、途中までは無料で遊び、続きを見るためにお金を払ってもらう仕組みにしていました。
スマホ版をダウンロードしてみたのですが、続きを読むための無料チケットが毎日提供されますね。
1日4枚ですね。コツコツ読む場合は、最後まで無料で遊べるようになっています。でも一気に遊びたい場合のフリーパスや限定コンテンツを見るためのチケットは有料という形です。
コンシューマー版とPC版は、ガラケーと同じ有料のダウンロード版です。でも、スマホ版のようにサーバーと通信する必要がないのが違う点です。
※1 アドベンチャーゲームとは
※2 サンソフトとは
※3 コンシューマーゲームとは
開発期間は、少人数で1年。トレンドとは真逆の『歪みの国のアリス』が誕生
そもそも、どうして『歪みの国のアリス』を作ることになったんでしょうか?
もともとサン電子で、3DのCGチームがあり、その中で、携帯ゲームを作りたいね、という声が上がりました。そこでチーム内だけで企画、CG、シナリオを作成してゲームを開発していきました。
シナリオも自社で作るとなると、自社メンバーが書けそうなジャンルに絞られますね。
デザイナーの山城が以前から簡単なシナリオや企画をいくつか出しており、彼女に任せる事になりました。彼女がホラーを提案し、『ナイトメア・プロジェクト』が立ち上がったんです。
スマホが日本に登場したのが2008年ですから、リリースされた2006年はガラケーでのインターネット通信全盛期ですね。
「着うた」[※4]が大流行していた頃ですね。当時のガラケーはバッテリーが長く持たないので、携帯ゲームといえば、電車に乗っている間だけプレイするような暇つぶし用の短いものが主流でした。『歪みの国のアリス』のようなノベル系の長編はとても珍しかったです。
失礼な言い方になってしまいますが、「マーケティングはせずに、データ的に売れる根拠がないゲームの制作にGOが出た」ということでしょうか?
いわゆる市場調査のようなマーケティングはしていませんが、誰にも相談しなかったわけではなく、携帯ゲームを主力事業にしている会社にヒアリングはしました。
でも、この「歪みの国のアリス」は売るための要素を盛り込んで企画したり、成功を確信していた訳ではありません。また、会社から「こういうのを作れ」と枠を指示された中で作ったものでもありません。
利益を追求しなければならない企業に、そんな選択ができるものでしょうか?
私自身、何十億を掛けたゲーム開発に携わりましたが、そのようなケースではたしかに投資金額に見合うリターンが必須です。つまり、投資をする人に売れそうだと思ってもらう必要があります。
しかしアリスは、メンバーはCGチームとして遊技機の仕事を主におこなっており、その合間を縫ってゲーム開発をしました。リターン必須ではない手法でスタートすることができたので、マーケットに合わせるのではなく、開発しているメンバーが欲しいものを作ろうというスタンスで開発を継続できたのです。
なるほど、会社に大きな先行投資をさせることなく、しかも他の仕事できちんと会社の利益に貢献しながら開発されていたんですね。何人で、どれくらいかけて作ったんですか?
私はプロデューサーの立場ですが、ディレクターの山城、エンジニアが1名、この2名を中心に、他に3名ほどが随時入り、約1年かけて作りました。ディレクターの山城はもともとデザイナーで、彼女は企画、シナリオだけでなく多くの背景も担当しています。
他の仕事と並行して少人数で1年。絶対に完成させてリリースするのだという強い意志がないと難しかっただろうと思います。制作の進め方ですが、ビジュアル面のスキルもある山城さんならではの特徴はありますか?
彼女の中でビジュアルイメージははっきりしているのですが、彼女は「絵が得意ではない」と言っており、膨大な参考イメージ資料を用意して指示しています。この辺の資料の一部は「ナイトメアプロジェクトガイドブック」などに掲載しています。
あと、最初から完成形が見えているタイプです。作りながら考えていくタイプの人もいるんですが、そちらではありません。内部開発で半径10m以内に全員がいますので、スタッフと綿密に話しながらやっていました。
頭の中にある完成形に向かってどんどん作っていく感じですか?
そうです。ガラケー版の『歪みの国のアリス』のメインビジュアルに、“お城の中で猫の首を抱えて座ってる女の子”というものがあるのですが、彼女の企画のイメージはそこから始まっていると聞いています。
チェシャ猫の頭を抱えているアリス!あれはなかなかに印象深く衝撃的なシーンですね。ノベル系のゲームでも、ビジュアルもセットで完成形として固まっているのが山城さんらしい部分なのでしょうね。
もちろん、作りながらそぎ落としたり肉付けしたり、変えていくところも多いですよ。削るより増やすほうが多いこともあって、ベストを尽くすために期間を伸ばしたこともありました。でも、大枠での完成形はできているということです。
そうやって完成イメージを磨いていくんですね。そういえば、このような分岐のあるシナリオはどう書くんですか?普通の小説のようにひとつのドキュメントに書いていくわけにはいかないと思うのですが、枝分かれした物語はどのように管理するのでしょう?
シナリオは、Excelでテキストファイルをリンクして書いていましたね。
Excel!たしかに、Excel内でリンクを貼りつつ、シーンによってシートを分けて枝分かれを管理できますけど……、まさか今も?
今は、Googleシート+Unity[※5]で管理しています。
今もExcelだったらすごくおもしろいなと思ったんですが、さすがに違いましたか(笑)。
ところで、『歪みの国のアリス』は、ゲームをしているというよりも小説を読んでいるような感覚になりました。ノベル系のゲームは初めてプレイしたのですが、分岐の量はこれくらいが一般的ですか?
スキルを上げていくような育成ゲームと違ってアドベンチャーゲームの分岐はそこまで多くないものですが、でもナイトメアのシナリオは特に少なめかもしれませんね。それも、うちならではの特徴です。
※4 着うたとは
※5 Unityとは
コンセプトは「優しい悪夢」、ナイトメア・プロジェクトの軌跡
ナイトメア・プロジェクトはもともと『歪みの国のアリス』リリースのために作られたサイトだったそうですね。「優しい悪夢」というコンセプトは、ナイトメア・プロジェクトとしてシリーズ化できることが決まってから生まれたんですか?
いえ、そのコンセプトは『歪みの国のアリス』を作る前からありました。怖いだけのホラーではなく、心を動かせる作品にしたいという意味です。
たしかに、怖いだけ・グロいだけのお話ではありませんね。このインタビューのためにプレイを始めたのですが、アリス自身が理不尽さに戸惑いながら、覚悟を決めたり他者を信頼していったりする感情の動きにとても共感しています。
そのような感想をくださる方は、たくさんいらっしゃいましたね。ホラーということで拒否感を持つ人や、子どもにプレイさせることを不安に感じる保護者の方もいたので、サイト上にゲーム紹介文(ユーザーレビュー)を掲載していました。
ひとりぼっちじゃない。
必ず誰かがそばにいてくれるよ。
だから、怖くないよ。
これが、アリスが私にくれたメッセージ。
私は、ナイトメア・プロジェクトさまのゲームのテーマは愛だと思っています。
家族や友人、周りの人の大切さに気づき、優しくなれるゲームです。
心に響くシーンがたくさんあります。
大人ですが、感動して、涙が止まらず大変でした。
生きていく責任と選択する痛みを教えてくれます。
『お願いだから犯罪者にはならないでよね』
これは、母に携帯をみられたときに言われたことです
ナイトメア・プロジェクトの[歪みの国のアリス]
鎌をもったお姫様
首だけのフード男?
いかにも怪しげなBGM
自分が親だったら かなり心配になります
だから 母に言われたことの真意もわかります
(ちゃんと健全に育って欲しい等々)
しかし!!
しかしですよ
ただ 怪しいだけではないんです
ただ ちょいグロテスクなわけではないんです
一見 変なゲームに見えますが その奥にはしっかりとしたメッセージがあります
生と死
親子の絆
真実と向き合うこと
等々
このゲームをやってみて
私は心うたれることが沢山ありました
私はもちろんのこと
ゲームを無理矢理プレイさせられた母も 泣きました
素敵なレビューばかりですね。全編読み終えたら、じっくり読みたいです。
『歪みの国のアリス』が無事にヒットして、『一夜怪談』(2006年)、『seventh blood vampire』(2010年)、『迷ヒ家ノ鬼』(2011年)、『オズの国の歩き方』(2014年)とナイトメア・プロジェクトのシリーズ作品が登場していくわけですが、当時のトレンドとは違う『歪みの国のアリス』が成功したとき、社内外の反応はどうでしたか?
わたしたち自身、プレイしてくれた方々からこれほどの反響があるとは思っていませんでした。クリアするとアンケートを送信できる仕組みにしていたのですが、深夜、早朝まで熱中してプレイし、ハイテンションで泣きながら書いて送ってくれたり、とても嬉しかったです。
今回の取材にあたり実際にプレイさせていただいたので、回答された方の気持ちはすごくよくわかります。でも、クリアしないとアンケートに答えられないというのは珍しいですね。
「最後までクリアしたひとなら、きっと気に入ってくれている。そういう人の意見を聞いて励みにしたい」という思いでそうしていました。およそマーケティング的な思考ではありませんが、「売れなくても、一部の人は必ず必要としてくれている」という前提で作り始めたゲームです。
その気持ちが届いて、予想以上の反響になって返ってきたら、嬉しくて泣いてしまいそうです。社内でも盛り上がったでしょうね。
開発中に応援してくれた人には、ユーザーからの反応について充分なフィードバックができました。でもその他の部署では、ガラケーのゲームが売れたことに対して、それほど大きな反応はありませんでした。ファンミーティングやグッズ販売といった社外の支持者の反応を見る機会を経て、社内で認められていきました。
ヒット作を引っ提げて、株式会社ナイトメアスタジオとして新しいステージへ
清水さんは2021年に、「株式会社ナイトメアスタジオ」としてサン電子から独立されたんですよね。
はい、ナイトメア・プロジェクトシリーズを譲渡して頂き、開発メンバーと独立しました。
社員として作ったゲームがヒットしてそれで独立するというのは、ゲームクリエイターとして夢のような話だと思いますが、なぜ独立されたのでしょうか?
サン電子から離れた新しいステージで挑戦したい、という気持ちが強くなったことが理由です。サン電子の規模は大きくて、ナイトメアの展開がやりにくいというというのもありました。
経営者という立場なので売上や利益の面ではより切実になりましたが、ナイトメアスタジオのプロダクトにのみ集中できるのは独立してよかったことのひとつです。
独立後の第一弾が、『歪みの国のアリス』のSwitch版とSteam版ですね。次の新作に向けての意気込みをお願いします。
アリスがヒットしたのは、最初に広めてくれたKDDIさんのおかげですが、そのKDDIの方とアリスの企画のスタートの話をしたとき、「世の中では10人中8人が『いいんじゃない』として企画が進むのがほとんどですが、『自分以外の人が買ってくれる』と思って作るものは売れません。実際に売れるものは、8人が『ダメだ』という理由を述べても、1人が『売れないかも知れないけど、自分はこれを買いたい』と言うものなんですよね」とおっしゃったんです。それがヒットの王道だと。わざわざ弊社のある愛知県江南市まで来てくださって、そんな会話をしたことが、すごく心に残っています。その気持ちを大切にこれからも開発していきたいと思ってます。
次もコンシューマー版ですか?
そうですね。ナイトメアスタジオとしては、コンシューマー(コンシューマーゲーム)を中心にやっていきたいと思っています。じっくり長く遊んでもらえるのがコンシューマーの良いところですし、ゲームを無料で提供して月替わりイベントに課金してもらうようなスマホゲームでトレンドのスタイルが難しい面もあるからです。
でも、スマホゲームをもう出さないと決めているわけではなく、ゲームに合わせてプラットフォームを選んでいきます。幅広い人たちにアプローチできるのは、スマホゲームのとても良い点ですしね。どちらで出すとしても「お客様に感動を」という基本スタンスは変えずにゲームを作り続けていくつもりです。
<取材後記>
長らく、「主人公の恐怖や不幸を理不尽に感じる」という理由でホラーが苦手でした。でも今回の取材にあたって試しにプレイしたところ物語の魅力にハマり、すっかりファン目線でのインタビューに…。後編では、アリスへの限りない愛情を感じる開発秘話を伺っていますので、ぜひ楽しみになさってください。
◆株式会社ナイトメアスタジオ公式サイト:https://www.nmp-games.com/
▼後編記事はこちら
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