企業の生産性向上が急務となる昨今、ますます注目が高まるAIエンジニア。将来性のある職種だけに、興味を持つ方も多いはず。しかし、その実態や求められるスキルについて深く理解している方は、多くないでしょう。
そこで、大手企業のデータサイエンティストとして活躍し、現在はAIエンジニア人材の育成機関である「スキルアップAI株式会社」の講師兼教材開発を担当する森田 大樹氏に、AIエンジニアの実情や求められるスキルについてお話を伺いました。
2018年創業。日本ディープラーニング協会にて、認定プログラム第1号として認められたAIエンジニア人材育成機関。大手企業を中心に500社以上、延べ40,000人以上の社会人・大学生に対してDXに関する教育を提供している。
森田 大樹氏 プロフィール
東京工業大学情報理工学院修了。大学院時代は数理モデリングの手法を用いた脳神経科学の研究に携わる。大手インターネット企業でマルチビッグデータシステムの開発・運用業務に従事した後、個人事業主として独立。システムの受託開発や金融系データの解析業務を行う。現在はスキルアップ AI にて、講師活動や教材開発を担当している。2018年、ショウジョウバエ大規模ニューラルネットワークの数理モデリングの分野でIEEE Computational Intelligence Society Japan Chapter Young Research Award受賞。
データサイエンティストの道を極めようとするも、実際は苦難の日々
森田さんがAIエンジニアを目指すようになったきっかけを教えてください。
大学院で脳神経科学に関する研究を進める過程で、脳神経科学とも親和性の高いAIに興味を持ちはじめました。同時に、最先端の技術を用いてエンジニアリングの力でものづくりに携わりたいという想いから、AIエンジニアを志すようになりました。
大学院修了後は大手IT企業でエンジニアをされていたと伺いました。
はい、インターネット関連の企業でWebアプリ開発やビッグデータ基盤構築などの経験を積みました。エンドユーザーの数も多く、やりがいの大きい仕事ではあったのですが、かねて注力したかったデータ分析業務を主軸にできる仕事に就きたいと考え、退職を決意しました。
退職後はどのようなお仕事をされていたのでしょうか。
金融系ウェブサービスを提供する企業の研究部署で、1年半ほどデータサイエンティストとして従事しました。ただ、業務を進めていくなかで、データ分析を通してビジネスとして成果をあげることの難しさに直面したんです。社内でのナレッジの共有にはつながったものの、お客様にとって本当に価値の高い分析結果を出すことができず、苦悩する日々でした。
データサイエンティストは、それだけ成果を出すのが難しい仕事ということなんですね。
そうですね。いかにお客様が求める結果につながる分析ができるかということが重要だと考えています。データサイエンティストの仕事の目的はお客様のビジネスの成功であり、データ分析はあくまでも“手段”なんですよね。そうした自分自身の気づきや失敗体験を活かし、AIエンジニアをはじめとするDX人材の育成に関わりたいという想いから、スキルアップAI社にジョインすることに決めました。
AIエンジニアに求められる「技術力」と「ビジネス素養」
現在はAIエンジニア育成の研修講師も務められているとのことですが、どのような目的を持った受講者が多いのですか?
企業内研修の場合、企業側からのオーダーとして、以前は「AIエンジニアなどのスペシャリストとなる人材を育てたい」といった要望をいただくことが多かったのですが、最近は「全社員をDX人材にするために、まずは全員に基本的なデータ分析のスキルを身につけさせたい」といったニーズが高まっている印象です。
受講者の方のモチベーションもさまざまですね。自ら会社を変えたいという意欲をお持ちの方もいれば、会社からの指示で初めてプログラミングに触れる方もいらっしゃいます。
参加者の受講動機も多岐にわたるのですね。さまざまな受講者と接するなかで、AIエンジニアとして成功しやすい方はどのような方だと考えますか?
主に2つの要素があると思います。1点目は「技術力」。データを扱ううえで、数学的な素養とエンジニアリングの素養は必要不可欠ですね。2点目が「ビジネス素養」です。
さまざまなエンジニアの方を見てきましたが、意外と自社のサービスやビジネスモデルをきちんと把握していないエンジニアが多いんです。AIエンジニアが仕事をする前提として、ビジネスへの関心や知識がないと、ただの技術提供で終わってしまいかねません。「会社をよくしよう」というマインドで仕事に臨めるかどうかがポイントだと思いますね。
特に経験の浅いエンジニアに、森田さんがおっしゃるビジネスマインドを身につけてもらうためにはどんなアプローチが必要でしょうか。
自社が持っている情報が、自分自身がよい仕事をするためにいかに重要なのかということを説明し、理解を促す必要があると思います。たとえば自社に蓄積されている技術やデータ、顧客情報などの固有資産を正しく把握しておくことで、AIエンジニアとして自分ができる価値提供の方法が見えてくるはずなんです。
技術力やビジネス素養という側面で考えたときに、異分野のエンジニアがAIエンジニアに転身することは可能なものでしょうか?
求められるAIのレベルにもよりますが、可能だと考えます。技術面ではプログラミング、統計学、ディープラーニングなどの知識は必須で押さえておく必要があります。ビジネス素養という観点では、自社のビジネスモデルをよく理解したうえで、サービスが成功するためのイメージを描ける人は、AIエンジニアとしての道も切り拓きやすいと思いますね。
前者の技術に関して、具体的にはどのような習得方法が考えられますか?
とにかく「手を動かす」ことが大切です。自ら手を動かしてプログラミングを行うこと、ワークなどに取り組むこと。その実践の繰り返しが効果的なのではないでしょうか。私たちが提供している研修サービスは、学びを加速させるためのサポートツールとして、座学に加えて「手を動かす」部分の質を意識しています。
「新しい発想を楽しめるかどうか」が成功のカギ
AIエンジニアの方が現場で直面する課題にはどのようなものがあるでしょうか。
プロジェクトを進行させても、お客様のビジネスインパクトにつながるサービスの組み込みにまでたどり着かないという点がよくある課題かと思います。特にサービス(営業)側の意向が少なく、開発側主導のプロジェクトで起こりがちですね。
あと、新人エンジニアによくある課題が、ディープラーニングを使いたいという気持ちありきで開発を進めてしまい、実現可能性や損益分岐が検討されていないケースです。数式も完璧で完成度の高いプログラムなのですが、AI技術はなにせ莫大な費用がかかりますので、コスト度外視の設計は絵に描いた餅になってしまうんですよね。
なるほど。先ほどお話されていた「ビジネス素養」という視点にも通じますね。
そうですね。私自身の経験でも、技術に頼りがちな開発を行ってしまい、ビジネス視点が足りずに失敗してしまったプロジェクトがいくつかあります。そうならないためにも、仮にデジタル技術がなかったらどういう課題解決ができるかを考えてみるなど、広い視野でアイデアを出せるよう心がける必要があると感じます。
そういう意味では「新しい発想を生み出すこと」に興味を持てるかどうかが、AIエンジニアとしての適性の1つと言えるかもしれませんね。
まさに、「発想できる人」「発想を楽しめる人」に向いている仕事だと思います。
さまざまなAIエンジニアの方を見てきて、共通する特徴はありますか?
やはりみなさん、一番は「ものづくり」が好きだということですね。逆に、AIエンジニアだから儲かるだろうという安易な気持ちで働きはじめた方は、どこかで限界が訪れている印象です。特に、会社の中核となりDXを推進するAIエンジニアには求められることが多く、期待されるコミュニケーションのレベルも高いのが実情です。そのようなハードな部分を乗り越えてでも「顧客に価値のあるものを生み出したい」という信念を持っているエンジニアは強いですね。
DX人材に求められるマインドとは
森田さんが考えるDX人材に求められる事柄はどんなことだと思いますか?
「競争優位性のあるビジネスを創り出すこと」ですね。他社に勝てるビジネスモデルや、世界に打ち出すビジネスモデルを生み出すこと。それを実現するにあたり、広い視野を持ち、アナログな手段にとどまらずデジタルな手段も活用しながら意思決定できる人が、真の意味でのDX人材と言えるのではないでしょうか。
単にデジタル技術を用いたソリューションを提案できればよいということではないのですね。
そうですね。デジタル技術は1つの手段ですので、最終的に目指すべきゴールはいかにお客様や自社にとって価値のあるサービス提供ができるかということだと思います。
私たちのお客様でも「DX推進」が喫緊のテーマとなっていますが、教材制作や研修登壇の際は、単に必要なスキルを付与するのではなく、俯瞰的な視点で顧客価値を生み出すためのマインドを身につけてもらいたいという想いで取り組んでいます。今後もお客様の理想と現状を踏まえたうえで、お客様の課題解決につながる質の高いコンテンツを提供していきたいですね。
<取材後記>
自らの失敗体験を踏まえた森田さんのお話は大変説得力があり、AIエンジニアのリアルな実態を垣間見ることができました。人材ニーズが高まるDX分野で、AIエンジニアとしてどのような役割やキャリアが新たに生まれていくのか、今後も注目していきたいと思います。
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