「その機能って本当に使うの?」落合陽一の弟子、高専出身の未踏エンジニアが見せるプロダクトへのこだわり。
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「その機能って本当に使うの?」落合陽一の弟子、高専出身の未踏エンジニアが見せるプロダクトへのこだわり。
みつじ
2020.07.27
この記事でわかること
研究も開発も、エンドユーザに活用されることが重要
何かを始めるとき、「技術的に新しい挑戦」はモチベーションの源泉になる
未踏は若きクリエイターにとって理想の環境

先日Twitterで話題になったテロップ自動生成アプリ「telorain(てろれいん)」。

これまでにリリースされていた同種のアプリに比べて、音声認識の精度の高さや、使いやすさやキャッチーなデザインで反響を得ています。

このアプリ「telorain」の開発者とはどんな人なのか、そう思って調べてみたところ、高専、落合研、未踏と、エンジニアなら誰しもが気になるキャリアを歩んでいる人物でした。

話題のプロダクトtelorain、そして開発者おおたおさんに迫ります。

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大峠 和基(おおたお・かずき) 1996年広島生まれ.筑波大学大学院図書館情報メディア研究科.2019年度「未踏事業」を通じてスーパークリエータ認定を受ける.筑波大学ミスコン2018でミスターキャンパス賞を受賞.筑波大学(学士,茗渓会賞),徳山高専(準学士,文化功労賞)を卒業.

自動のテロップ作成アプリtelorain、そのすごさとは?

みつじ

telorainは、音声認識の精度と使いやすさの2つがよく話題に上がっていますよね。 まずは音声認識の精度について聞かせてほしいんですが、僕は使ってみても、他のアプリと比べての精度の違いがあまり分からなかったんですよね…。

おおたおさん

もしかして…オフィスで試されましたか?

みつじ

そうです! なんでわかったんですか?

おおたおさん

telorainの音声処理のポイントは雑音の処理なんです。 うるさい場所でどれだけテロップが正確に出るかを試してもらえると、一発で違いがわかると思います。

みつじ

なるほど、なぜその機能が重要なんですか?

おおたおさん

今回想定しているテロップをつけたいユーザって、よく動画を撮ってSNSにアップする層、具体的には女子高生や大学生なんです。 彼女たちが動画を撮る環境って、お店の中だったり、友達と一緒にいたり、周りも騒がしい場所なんですよね。

おおたおさん

そうなると、いかに雑音の中から話者の声を正確に抽出するのかが大事になります。 telorainでは、雑音のせいで音声認識できないところを補完してくれるモジュールを別で動かしています。

みつじ

しっかりユーザの利用シーンをとらえてる…! 単にAPIやライブラリを使ってテロップをつけるだけのアプリではないということですね。 他に技術的に難しかった部分はありましたか?

おおたおさん

「テロップの文章をどう表示するか」にはすごく力を入れました。 telorainでは、よほどのことがない限りテロップが変なところで改行・改ページされたりしないんです。

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Telorainの音声認識とテロップ表示。文の切れ目できれいに改行されている。
おおたおさん

これって人間の感覚的には当たり前なんですけど、実装するのは大変で。 既存のAPIやライブラリでは実装できないですし、先行論文なども見当たらなかったので、0から研究開発をして作った部分になります。 この実装については今後論文にして発表したいと考えていますね。

みつじ

論文…! 研究にもしっかり取り組んできたおおたおさんならではのアウトプットですね。

落合さんやおおたおさんが問う「社会実装」

みつじ

次にtelorainの使いやすさについて聞かせてください。 本当に簡単に使えて感動したんですが、このUXの実現のために意識されたことってありますか?

おおたおさん

telorainの開発チームでは、どんな機能やUIを追加するときにも、必ず「それって女子高生が本当に使うの?」というディスカッションをしています。 しっかりディスカッションするので、ボタン一つ追加するのにも1ヶ月かかることもあります。

みつじ

こだわりがすごい…。 本当に使うか?という基準があったからこその実装って例えば何ですか?

おおたおさん

他の動画編集アプリだと当たり前にあるような機能がなかったりします。 例えばテロップの縁取りの大きさや細かい装飾ってほとんどのアプリで編集可能ですが、telorainでは編集できません。 これは、ターゲットである女子高生は面倒に感じて使わないだろう、と判断してあえて実装しなかった部分です。

みつじ

競合アプリにある機能をあえて実装しない、という判断はすごいですね…。

おおたおさん

一方で、テロップの色やフォントの調整といった編集を楽しんでいることが分かりました。 なのでこの部分の編集は直感的で分かりやすく操作できるようにしています。

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テロップのパターンをイメージごとに切り替えられる。
みつじ

「ターゲットユーザが使えるか」にこれほどまでにこだわるようになったきっかけって何かあるんですか?

おおたおさん

所属していた研究室の落合陽一先生の影響はありますね。 研究して成果を報告すれば終わりではなく、その研究がどんなインパクトを与えるかを社会に問いかけ、伝え、実際に活用されることを目指すべき、「研究の社会実装」ができないと意味がない、とよくおっしゃっています。

おおたおさん

telorainの開発でも、この「社会実装」を意識できたからこそ、最新の技術や論文の技術を使うことだけにとらわれませんでした。 一部のギークな人が面白がって終わりのものではなく、ターゲットユーザが使えるもの・使ってくれるものは何か、そのために何が必要かを考えて開発することができています。

普通の勉強は嫌、だから「高専」へ

みつじ

おおたおさんがどのようにしてこのような開発者になったのか深堀りさせてください。

みつじ

これまでの経歴は高専→筑波大学(落合研)→プロダクト開発・未踏という流れですよね。 普通科に進む人が多いなか、そもそもなぜ高専に入ったんですか?

おおたおさん

僕、いわゆる5教科の勉強が嫌いで。 好きでもない勉強に3年間を費やすのは嫌だなと思っていて、そんな時に高専を知り選択肢に入りました。

みつじ

元々プログラミングなどに興味はあったんですか?

おおたおさん

人並にパソコンに触れてはいました。オンラインゲームをやったりとか…。 自分でコードを書く、ということはあまりなかったです。 でも5教科の勉強よりは興味があるし、手に職がつくならいいなと思って高専に入りました。

みつじ

普通科の高校に進まないことへの抵抗はなかったんですか?

おおたおさん

当時は自分よりも両親の方が抵抗がありましたね。 「高専を出た後に大学に編入できるよ」と説得したのを覚えています。 高専から大学に編入することで、普通のルートに戻れることが後ろ盾になっていました。

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実は、高専及び高専専攻科からの4年制大学への編入率は4割を超えている。独立行政法人国立高等専門学校機構HPより

高専生活は「プロジェクトベース」の日々

みつじ

プログラミングの知識がほとんどない状態で高専に入ったとのことですが、高専生活はどんな感じだったんですか?

おおたおさん

情報系の学科だったこともあり、1年生のときに3Ⅾモデルのファイル管理フリーソフトを作ってみたところ、それを2000人が利用してくれました。 僕のソフトの規格に合わせて3Dモデルを作ってくれる人まで現れて。当時はすごく嬉しくて、開発の楽しさに目覚めました。

みつじ

開発を始めたばかりで2000人に使ってもらえるサービスってすごくないですか…?

おおたおさん

一つの成功体験でしたね。 ただ、1年生の頃は複数人でプログラミングができるって知らなかったんですよ(笑)。 開発って大変だなって思ってました(笑)。

おおたおさん

2年生になって、どうやら開発は複数人でチームで出来るらしいぞと知って、それでチームでの開発に取り組み始めました。 それからの高専生活は、学祭での展示や、高専のプログラミングコンテンストへの出場など、半年から1年規模の長期間のプロジェクトを常に二本抱える形で、プロジェクトを軸にして過ごしました

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みつじ

プロジェクトベースの高校生活ってパワーワードすぎる。

おおたおさん

もちろん高専の全員が全員こういった生活をしているわけではないですよ(笑)。 僕たちの高専だと、クラスに40人いたら5人いるかいないかでした。

モチベーションの源泉は「新しい技術的挑戦」

みつじ

でも、高専内のプロジェクトってことはお金などは発生しないですよね。 どんなモチベーションで続けられてたんですか?

おおたおさん

今でも一貫しているスタンスなんですが、プロジェクトのたびに新しい挑戦をするようにしているんですよ。 それまでの知識や手癖で開発できるテーマにはせず、新しい知識や触れたことのない技術を活用しないと成し遂げられないプロジェクトをやるようにしていましたね。

おおたおさん

特に学生だと開発に対して強制力が働くわけじゃないので、開発に向き合うにはモチベーションが必要です。 自分にとってはそれが新しい挑戦で、道が拓けたときにアドレナリンが出る感覚が好きなんですよね。

みつじ

最近自分の知識の中だけで開発している私にかなり刺さります…。 おおたおさんのプロフィールサイトにいくつか記載されていますが、特に印象的なプロジェクトはありますか?

おおたおさん

4年生のときに、学園祭で、Re:inkというプロジェクションマッピングの作品の展示をやったんです。 プロジェクションマッピング自体はすでにあったんですが、Re:inkは3Dかつインタラクション性のある企画で、当時はやっている企業や団体もまだなかったと思います。

実際の「Re:ink」の展示の様子
みつじ

3Dかつインタラクティブなプロジェクションマッピング… 想像するだけでもかなり開発は大変そうですが、なぜやろうと思ったんですか?

おおたおさん

ただのプロジェクションマッピングだけだと、企業がやってることを高専生がやってすごいね、で終わっちゃうじゃないですか。 だから、どこもやったことのないものをつくりたかったんです。

おおたおさん

映像を3Dにするのも大変で、これは情報科の知識・技術だけでは作れないので、機械科・建築科のメンバーと一緒に取り組むことで初めて実現できました。 これは隣のクラスで別分野の研究をやっている人がいる環境の高専だからこそできたことかもしれません。

みつじ

高専に通ってみたい人生だった…。

おおたおさん

常に新しいチャレンジをし続け、他分野の人ともプロジェクトをやり遂げた経験は自分の成長にもつながりました。 高専生活は間違いなく自分のベースになっていますし、通って本当によかったですね。

大学時代はあえて寄り道

みつじ

濃密な高専生活を経て、卒業後は筑波大学に編入されますよね。 やっぱり高専時代から落合先生のもとで研究したいと考えていらっしゃったんですか?

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おおたおさん

いや、そういうわけではないです。 実は高専卒業後は就職するつもりで、有名な企業からも内定をいただけていました。 大学に進むよりも、就職してずっとソフトウェアを開発している方が楽しそうだなと思ってたんです。

みつじ

え、そうなんですか!? 内定を辞退してまで編入を選んだ決め手は…?

おおたおさん

これからの人生の60年間について一度考えてみたんです。 いま就職して60年間コードを書くのと、2年間※大学に行って研究などに取り組んだ自分が残りの58年間コード書くとしたら、どっちがいいだろうかと。 そうすると、大学に行って2年間学びそのあと58年間働くほうが豊かな人生に思えたんですよ。

※高専卒業後の大学編入は学部3年生として入学するため、大学に通う期間は2年間

おおたおさん

今後働くうえでのリスクもあまりないと思いました。 それまでに培ったソフトウェア技術には自信があり、この道で飯を食っていくに十分な力はついているし、2年間くらいの寄り道をしても大丈夫だろうと(笑)。 むしろ大学で研究をした経験は役立つだろうと思いました。

みつじ

当時からしっかり考えててすごい…。 筑波大学に編入したわけですが、その中でもかなり厳しいと有名な落合陽一先生の研究室を選びますよね。

おおたおさん

落合研では、ソフトウェア開発から離れてコンピューテーショナルディスプレイという分野の研究をしていました。 思い切った分野の転換ではあるのですが、常に新しいことに挑戦したい性分が出ちゃいましたね。

みつじ

噂に聞く落合研究室は実際に厳しかったですか?

おおたおさん

それはもう……。私生活をすべて犠牲にして研究していました。

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おおたおさんの研究者としてのポートフォリオ おおたおさんの個人HPより
みつじ

やはり噂通りの厳しさなんですね。 そんな落合研で身についたことは、ズバリなんでしょう。

おおたおさん

さまざまなことを学ばせてもらいましたが、あえてひとつ挙げるとしたら分かりやすく伝える技術ですね。 先ほど話した「社会実装」の話とつながることでもあります。 他の研究室でも、研究する力は身に着くと思うんですよ。でも、伝える技術は落合研だからこそと言えます。

みつじ

落合研だからこそ?

おおたおさん

落合研は、研究室単位での個展や、研究室内外のメディア対応の場がたくさんあって、その中でどうすれば研究成果を一般の人に伝えることができるかを考える機会がいただけます。 これは落合先生だからこそという面もあると思います。 このような機会を通して社会に分かりやすく伝える技術を学ぶことができました。

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落合陽一研究室に関連したこれまでの展示会一覧 落合陽一研究室のHPより

研究室を終え、未踏・プロダクト開発へ

みつじ

現在は大学院を休学されて、telorainの開発に注力されているんですか?

おおたおさん

そうです。 大学に入学してから2年間研究に向き合っていたので、次はまたがっつりと開発をする期間を取りたいと考えていたんです。 その折に高専のころからの憧れだった未踏にも採択されたので、これはもうやるしかない、と腹を括りました。 未踏には、telorainのベースとなる技術検証のみが終わった時点で、プロトタイプもないままに企画書を書いて応募しました。

みつじ

未踏はおおたおさんにとってはどんな場所でしたか?

おおたおさん

iOSのジェイルブレイク手法を発見した高校生とか、VR系のトップカンファレンスに論文を通している大学院生とか、同世代の情報系のエキスパートと刺激を受けあえる点がよかったですね。 それに卒業生やPMとして関わってくださる方の中にも著名な方が多くて。 直接ああでもない、こうでもないってフィードバックがもらえる点もよかったです。

みつじ

ピアプレシャーが半端なさそう…。

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審査を乗り越えプロジェクトが未踏に採択されると、国からの委託金を得てプロジェクトを進めることができる。さらに、産学界の第一線で活躍するPMからの手厚いフィードバックを受けることや、同じく未踏に採択されたクリエイターとの交流も可能。なお、未踏での成果の知的財産権はすべて未踏クリエータ自身に帰属する。IPA公式HP未踏事業概要より

ミスコンでも役立つのは「伝える技術」⁉

みつじ

そういえばおおたおさんは筑波大学の学部生時代にミスコンのグランプリであるミスターキャンパス賞を受賞してますよね。

おおたおさん

よくそこまで調べてますね(笑)。

みつじ

グランプリを受賞できた理由って何だったんでしょう?

おおたおさん

一つのプロジェクトとして、チームで戦ったからだと思います(笑)。 具体的には、僕の場合は裏でサポートしてくれる方々がいて、女性も何名か入ってもらっていました。SNSや各種ミスコン活動において、僕が発信する情報について前には女性視点でレビューしてもらうんです。

おおたおさん

それで、男性と女性が思い描く「ウケがいい男性」像には大きな差があることがわかりました。 僕がイケてると思った写真や投稿文は大体ボツにされました(笑)。

みつじ

それでグランプリを受賞しちゃったんですね。

おおたおさん

そうですね。きちんと検証・評価のプロセスを回さず、自分の思い込みだけで活動していたらグランプリの受賞はできなかったはずです(笑)。 これまでのプロジェクトの経験や、落合研で学んだ伝える技術が活きている気がしますね。

みつじ

最後に、これまで様々な経験をしてきたおおたおさんですが、今後についてはどう考えていますか?

おおたおさん

まずtelorainを頑張ります。 夏には法人を作ってグロースさせていきたいと思います。 今後は、開発に限らずできることを広げたいですし、様々な領域で勉強し続けていきたいですね。

おおたおさん

落合さんがあるときの講演で「君の魂は何色だい?」と問いかけていたんですよ。 「一つのことをやり続けると、魂の色ができる。」という、プロジェクトにしっかりと取り組む意義についてのメッセージで、とてもいい言葉だと思いました。 僕も自分の魂の色が出るような生き方ができればいいと思います。

telorain

ライター

みつじ
京都大学経済学部を卒業後、Web系のコンサル会社を経て株式会社Tenxiaを創業。 最近はコードを書く機会がなくてPMみたいなことばかりしている。 サウナとアイドルとスマブラが好き。
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