休日課長が語る「音楽×テクノロジー」と「ミュージシャンとエンジニア」
『ゲスの極み乙女。』『DADARAY』『ichikoro』の3つのバンドで活躍するベーシスト『休日課長』。
学生時代は理系の大学院、就職先は電機メーカーと、実は理系でものづくりに関わるキャリアを歩んでいました。
"今"に活きている学びとは? 音楽とテクノロジーのこれからは? ミュージシャンとエンジニアの共通点とは?
休日課長さんにお話をお聞きしました。
大事にしているのは「面白い仲間とのものづくり」
理系大学院を卒業・生物応用システム科学の修士号を取得されていると伺いました。 具体的にはどういう研究をされていたんですか?
「メタボの診断機器を超音波で実現できないか?」という医療用超音波の研究をしていました。 超音波というのは、簡単にいうと周波数が高いだけで、同じ音波なんですよね。 実はずっと音への興味は変わっていません。
研究でも「音」に触れていたんですね…! 「研究」と「音楽」この2つに通じる部分はあるんでしょうか?
一見全く別の世界ですが、進め方・やり方は似ているところもあるかもしれないですね。あくまで私の意見ですが。 研究をどう進めていくか、という事と、ベーシストとしてどう成長していくか、という事には、私の中では共通点があるかもしれません。 まず「目標」を設定し、そこに向かって「問題解決」をしながら進んでいく。
これは自分が音楽活動をする中でもベースの考え方になっています。 料理にも活きているかも。
卒業後は3年ほどは電機メーカーに勤められていますよね。 電機メーカーを選んだのはなぜだったのでしょうか?
OB訪問の中で、雰囲気が一番よかったんですよ。 バンドもそうですが「面白い仲間だな」と思えるメンバーと一緒に活動するというのは、僕の中で大事にしている部分なんです。
もうひとつの理由としては“ものづくりの楽しさ”を感じられたからです。 小さい頃からミニ四駆のようなものづくりが好きでしたし、“つくること”が好きでした。
なるほど。でも電機メーカーで働いた後、退職して音楽に専念しますよね。 不安などはなかったんですか?
今の時代、会社にいたら一生安定なんてことはないですし、特別な不安はありませんでしたね。 根拠のない安定に執着する事こそ危険かもしれない。 会社員を続けることも音楽に専念することも、リスクは変わらないと考えていました。
音楽に専念することを決めたターニングポイントは何だったんでしょう?
迷って当時の上司に相談したときに、「音楽で成功した自分」と「サラリーマンとして成功した自分」の両方を想像してみて決めたらどうかと言われたんです。
メンバーはいい意味で変な人ばかりです(笑)。 この人たちと一緒ならいい音楽がつくれそうだし楽しそうだと純粋に思いましたし、もし成功できれば最高だと思い、音楽の道を選びました。
就職先を選ぶときもそうでしたが、「面白い仲間だな」と思える人と一緒にものづくりをするのは、僕の中で、やっぱり大事な部分なんです。
ミュージシャンの立場から見る「音楽」×「技術」の変化
ミュージシャンはどのような技術に囲まれているのでしょうか? プロの現場から見た「音楽」×「技術」の変化について教えてください。
ハードウェアの役割や職人技をソフトウェアが担う
音楽を始めた頃と比べると、実際のハードウェアがなくてもその役割をソフトウェアで再現できるものが増えています。 もちろん、全くのイコールではないですが。 例えば、ざっくり説明すると『様々な環境での音の反響』をシミュレーションできるソフトはスタンダードになってきていますね。
「このサイズの部屋で」「この有名な教会で」というのをすぐシミュレーションできるんです。 録音した音にその効果をかけて、音を作り込んだりも出来るわけです。
どんどんハードウェアがソフトウェアに置き換わっていってるんですね。 音楽業界で使う技術として、ハードウェアはあまり進んでいないのでしょうか?
ハードウェアももちろん進化していますよ。 ソフトウェアが進化すればするほど、ハードの良さも身に染みたり。 ソフトで試して、やっぱりハード、となる場合もある。ハードとソフトが一緒に進化する事だってある。 その中でどんどん選択肢が増えていくんです。
例えば、スピーカーの話。 スピーカーはどんな環境にどう置くかで響き方や伝わり方が変わってくるんです。 置く環境によっては狙った響きが得られないこともある。 その問題を解決すべく、テスト信号を収音し、解析する事で特性を簡単に補正できるなんてスピーカーのシステムもあります。 計測するハードと演算ソフト、両方の進歩がなきゃ実現できない機能ですよね。
このようなハードやソフトの進化による影響は感じますか?
様々な機能がソフトウェアで提供されていて、手に入れるのもダウンロードで一瞬になり、思い立ったらその場で試せる、ってものは格段に増えましたね。 かつての「限られた機材の中でやる面白さ」も好きですが、選択肢や試せるものが増えたことで、自分たちがつくれる音の可能性は大きく拡がっていると思います。
ソフトウェアの進化に伴って人間の可能性が拡張されている…!
AIが音楽をつくる時代はやってくる?
例えば将棋などの分野では既にAIが台頭していますが、音楽についてもAIによって大きな変化が起きたりするのでしょうか?
AIでの作曲という点に対しては何とも言えない部分があります。 私自身、そこの分野は正直疎いのが主な理由です。
まず、音楽の作り手が全て、AIに置き換わるという未来は想像しづらい。 3分程度の曲であっても、テンポや構成、コード進行や音色など無限に組み合わせがあります。
微妙なズレですら素晴らしいと感じる要因にもなりうる。 もしその無数の組み合わせの中から個々人それぞれにとっての最強の一曲ができたとしても、人が音楽に対して感じているすべてのニーズってそれだけではカバーはできないと思うんです。
たしかに。
全部が全部をAIが作った音楽に支配される、という未来は正直あまり想像できないですね。 音楽は “誰がやっているか”という部分も込みで聴いている人も多いんじゃないかと思うんです。
音楽は「今、この人が、この声で、この歌詞をこの音に乗せて歌う」ことに大きな価値があります。 素晴らしい音楽はいろんな奇跡の積み重ねで出来上がるものだと思うんです。 その点まで含めてAIが音楽作りを代替することは簡単じゃないと思いますね。
たしかに、音楽は曲や詞だけじゃないですもんね。
でもAIが何かしら一部分の作業を担ってくれる、というのは全然想像できるし、もう出てきている。 その役割がどんどん大きくなっていくと思います。
最初から最後までAIが作った音楽が市民権を得る未来もなくはないと思いますが、それに魅力を感じない人が窮地に追いやられるってことは考えにくいかなって。
配信メディアの台頭
DTMやVOCALOIDなどの技術、ニコニコ動画やYouTube、Spotifyなどの新しいメディアが与えた影響などはあるんでしょうか?
作り手が増えたことはポジティブですし、配信できる場所が増えたことで、アウトプットとインプットのスピードは速くなりました。 制作してから世の中にアウトプットするまでの時間が圧倒的に短くなったというのは、特に実感しています。
3Dプリンターと楽器
他にも注目している技術はありますか?
個人的には、技術的には可能なはずなのにまだあまり世に出ていないと思っているものがあります 。
気になります‼
3Dプリンターで楽器をつくれないか、ということです。 今までになかった形の楽器が生まれると、新しい音色が生まれる可能性もありますし、楽曲の幅も拡がると想像してワクワクしています。
木の加工や金属加工だとどうしても難易度は上がります。 3Dプリンターであれば、ハードルも低いし試行錯誤も多くできそうなので、機会があればぜひ挑戦したいですね。
いいアウトプットのためにはインプットにもこだわりを
休日課長さんは、普段から様々な分野の新しい技術の情報収集をしていると伺いました。 そのモチベーションの源泉は何なんですか?
やっぱり、技術やものづくりに興味があるからですね。 ものづくりの経験や最新情報を追っているからこそ、楽器の製作者とも会話が合うので、それは仕事に活きているなと思います。
音楽についても常に情報収集していますよ。 特に”直に情報収集すること”を大事にしています。
どこで直に情報収集するんですか?
一番はレコードバーです。 レコードバーには、店員さんなりお客さんなり、非常に詳しい方がその場にいらっしゃいます。 情報を集めなきゃ、インプットしなきゃという姿勢ではなく、リラックスして音楽を聴きながら“その人の軸”に沿ってその音楽についての話を聞く、というのがレコードバーならではの体験です。
人によって詳しさの角度やフォーカスの当て方が全然違う部分が面白いですね。 インターネットで色々な音楽を聴くこともしますが、バラバラとしたものをキャッチしていくのとは全く違う楽しさがあるんですよ。 いつも面白い発見や学びがあるので全然飽きません。
リラックスできる環境で、詳しい方の視点からインプットする、という形なんですね。 たしかにそのタイプの情報収集は大事そう…!
そこで頭に残ったフレーズが作品づくりで活きてくることもあります。 ただ、作品作りのインプットをするぞ!と意気込んで行くのではなく、趣味としてリラックスしていくのが大事だと思いますね。
”ものづくり”にも音楽にも共通する「いいものをつくるために」という部分で、意識的に実践していることなどはありますか?
全体像をつくってから、細部にこだわっていくという点ですね。
料理で例えると、とりあえず一回妄想でレシピを書いて、レシピ通りに作ってみる。 音楽でも、細かい音を詰めるのは最後で、まずはざっくりと1曲丸々弾いてみる、というのはいつも実践しています。 これは、読者のエンジニアのみなさんにも、共感してもらえるんじゃないでしょうか。
ひとつは楽しいからです。 そして、それぞれの場所で得られることが異なり、そのインプットが他の場所でアウトプットできるんです。 なので、様々な形での活動をするのはいいことだと思いますね。
なるほど。エンジニアでいう副業みたいな立ち位置かも…!
エンジニアの中には音楽好きや音楽にこだわる方も多い気がしています。 最後に、音楽の楽しみ方としておすすめの方法があれば教えてください。
騙されたと思って、オーディオ機器にこだわった環境で音楽を聞いてみてください(笑)。 家電量販店とかのオーディオコーナーだとか、こだわってる飲食店もある。 こだわった環境で聞くことで、これまで聞こえなかった音が聞こえるんですよ。
今まで実は得られていなかった情報がインプットできるんですね。
面白さに目覚めて、スピーカーを自作するようになった人もいます(笑)。 エンジニアの方はオーディオにこだわることを楽しめる方も多いのではないでしょうか。
ただ、忘れてほしくないのは、 吸収しよう!分析しよう!と音楽を聴くのではなく、いいなと思った部分に純粋に反応すること。 そういうところから、今まで知らなかった音楽にも触れていってほしいです。 これが僕からのおすすめの音楽の楽しみ方です。
休日課長(きゅうじつかちょう)
ベーシスト。1987年2月20日生まれ、埼玉県出身。大学時代にベースを始める。2012年、川谷絵音に誘われ「ゲスの極み乙女。」に加入。11年に東京農工大学大学院を卒業後、14年までは一般企業に勤めながらバンド活動を展開。17年に「DADARAY」、18年に「ichikoro」にベーシストとして加入。趣味は「食」。
休日課長"初"レシピ本 『ホメられるとまた作りたくなる! 妄想ごはん』 好評発売中!
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