リモートワークが主体の生活で、自身の健康管理や体型維持が気になるエンジニアも多いのではないでしょうか。そこで今回は、体重・歩数・食事・運動・睡眠・生理などを1つのアプリで記録可能な『FiNCアプリ』に注目。同アプリを開発する株式会社 FiNC TechnologiesにてCTOを務める坂井 俊介氏に、リニューアルに関する開発エピソードやエンジニアの健康管理のポイントを伺いました。
坂井 俊介氏
2017年東京大学工学部計数工学科卒業、2019年東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻修了。大学在学中にグロースフェーズのFiNCでのインターンを経験した後、複数のプロダクト開発に携わる。大学院ではVR技術を用いたヒトの認識・行動システムについて研究し、修了後にFiNCにジョイン。
2020年からはto C事業の開発チームのテックリードとして、チームビルディングや開発プロセス改善にも注力。また他者との共同事業開発のリードも行う。2022年より技術開発部の副部長に就任。ビジネス負債・技術的負債への感度が高く、内外の環境変化に適応的なプロダクト設計を得意とする。2023年よりCTOに就任。
予防×テック領域のワンストップサービス
日本人の健康志向が続くなか、ヘルスケアテックの市場も大きく拡大しています。まずはヘルスケアテック業界の大まかな歴史について教えてください。
1990年代後半から、電子カルテの導入や、病院内の情報管理システムの開発が本格的に始まりました。その後、インターネットの普及とモバイル技術の進化により、遠隔医療やオンライン診療、患者管理システムなどの開発が進み、一人ひとりのヘルスケアデータを管理するサービスが生まれました。さらに、21世紀に入るとAIやIoT、ビッグデータの活用が進み、データの分析技術や画像認識の技術がヘルスケア分野にも応用されるように。特にAIに関しては、画像診断や疾病予測、個別化医療など、さまざまな領域での利用が進んでいます。
なるほど。
ただ、一口にヘルスケアテックと言っても、分野によって得意・不得意が分かれるのが現状です。例えば、介護分野は労働集約型のビジネスのため、いくらソフトウェアが発達しても人の介入が不可欠です。介護用ロボットが一般化すれば話は別ですが、テクノロジーでは解決できない課題が多くあります。
また、医療分野においてもオンライン診療などが進んでいるものの、治療アプリの開発に関しては規制が厳しく、膨大なデータに基づくエビデンスが必要となります。治験による効果検証を数年間のスパンで行わなければならず、ソフトウェア開発のタイムスパンと合わないんですよね。一方で、当社のような「未病」や「予防」の領域であれば、デジタルヘルスとの相性も良いのではないかと思います。
たしかに、予防という観点であれば個々人の裁量で気軽に利用できますね。
そうですね。ただし、日本は医療保険制度が充実しているため、健康な人が健康な状態を維持するために投資をするという概念があまりありません。予防の段階で危機感が煽られにくいことから、開発側としては継続的にどうマネタイズしていくかが難しいところです。
そのようななかで、『FiNCアプリ』は累計1,200万ダウンロードを超え、多くのユーザーに利用されています。これだけ多くの支持を得られているのはなぜでしょうか?
健康管理を「ワンストップ」で実現できる点に大きなメリットがあると考えています。一般的な健康管理アプリの場合、歩数機能に特化したものや食事管理に強みを持つものなど、得意とする領域が分かれている印象です。一方で『FiNCアプリ』は、一定のクオリティを担保した複数のライフログを1つのアプリで管理できます。ほかにも、当社では骨密度やBMIなど11項目が測定できる「オリジナル体組成計」を開発していて、体重などを毎回手動で入力しなくても、自動でデータ転送できる仕組みを整えています。
私たちの開発理念は「ユーザーが楽に使えるアプリを作ること」。そのためにユーザーの声を集め、ニーズを深く分析する姿勢を大切にしています。現在はウェアラブルデバイスなど、アプリと同期できるデバイスを増やしている段階ですが、“楽しく気軽に健康管理を続けられるしかけ”がユーザーのみなさんからの評価にもつながっているのではないかと感じます。
大幅なリニューアルで新規ユーザーを獲得
『FiNCアプリ』は2023年11月に大幅にリニューアルをされたと伺いました。リニューアルの背景について教えていただけますか。
本リニューアルは、アプリのトップ画面からポイントシステム、インセンティブの仕組みなど、すべてを大幅に変更するという大きなプロジェクトでした。背景には、これまで存在していた法人向けアプリを廃止し、個人向けアプリとの統合を行う戦略に舵をきったことがあげられます。そもそも、『FiNCアプリ』は初期リリースから7年、サーバサイドは10年近い歴史のサービスも存在していたため、技術的な負債はもちろんのこと、ビジネス面での負債も解消していく必要がありました。契約企業様への説明や広告主との折衝など、開発とは別軸の問題も解決しなければならず、なかなか大変でしたね。
本リニューアルでは、かつて存在していたFiNCモール(ECサイト)のクローズも決まりました。
はい。以前は体重・睡眠時間・食事などの記録や歩数に応じて、自社のECサイト内で使用可能なポイントが獲得できる制度を導入していました。ただ、ECサイトでの購買をゴールにすることは、ユーザーの継続的な健康管理という文脈では本質的ではなく、あくまでもアプリ単体で使いつづけられる仕組みが必要だろうと考えていました。
そこで、今回のリニューアルではポイント制度のメリットを踏襲しつつ、「FiNCマイル」という新たな手法を導入することに。「健康を楽しく!」という新コンセプトのもと、歩数に応じてガチャチケットを獲得し、ガチャを回すとデジタルギフトなどの商品に交換できる「マイル」が貯められるスキームを作りました。ほかにも、「健康行動ランク」機能の追加により、ユーザーのモチベーションを継続的に保つようなしかけを導入しました。
1回の開発のなかで複数の仕組みを変更するという、かなり大掛かりなリニューアルだったのではないかと思いますが、工夫した点はありますか?
かつての『FiNCアプリ』は、マイクロサービスアーキテクチャを軸とした開発をしていました。ユーザーの食事内容の投稿に対し専門家が指導をするというサービスに始まり、ライフログの蓄積や分析、EC、チャット、AIなど、次々とサービスを拡充してきたのです。頻繁に繰り返される各サービスのアップデートに対応するためには、マイクロサービスアーキテクチャが不可欠でした。
ところが、この手法は運用するエンジニアの負担が大きく、昨今の開発体制にはそぐわないのではという意見が出はじめました。そこで、今回のリニューアルでは1つのサービスのなかに複数の機能を分解して入れていく「モジュラーモノリス」の概念を取り入れることに。併せて、裏側のトラフィックやデータベースにかかる負荷など、インフラの見直しも行いました。
リニューアル後のユーザーの反応はいかがでしたか?
まず、UIに関して「画面がすっきりした」「使いやすくなった」という意見を多くいただいています。マーケティングの面でも、かつては“ダイエット”を前面に出し、情報コラム記事やSNSのリンクなどをトップ画面に載せることで若年層の取り込みを強化していました。しかし、今回のリニューアルでアプリの設計自体をシンプルにしたことで、「肩肘張らずに使えるアプリ」という認知が広まり、健康管理に関心がある30~50代のユーザー数が大きく伸びました。男性の利用者も増え、結果的に継続率や満足率の向上にもつながりましたね。
探究心を満たすツールとして活用してほしい
リモートワークによる運動不足など、自身の健康を気にするエンジニアも増えています。
特にエンジニアは、眼精疲労・肩こり、睡眠、不摂生からくるメンタル不調など、心身の問題を抱えがちですよね。ただ、私も含め、エンジニアは「自分の環境は自分で作るものだ」という思考をする人が多いのではないかと思います。たとえばPC周りの環境やデスク・チェアにお金をかけるなど、自身の身体に気を遣ってメンテナンスしようとする意識が高いのではないかな、と。同時に、追究しはじめたらとことん究める人たちが多い職種だと感じます。
たしかにそうですね。
エンジニアのみなさんは、まずは「自分の体型で何歩歩いたら何キロカロリー分痩せるのか」「この食事はどのくらいのカロリーで、どんな栄養素で構成されているのか」などといった興味からスタートするとよいのではないでしょうか。そうすることで、「夕食はこれくらいにしておけばいいのでは」という結論を導けますし、自分の身体で覚えていけるようになると思います。
もちろん『FiNCアプリ』を活用してもらえたら嬉しいですが、あくまで行動するのは自分自身であり、アプリはそれをサポートするためのツールに過ぎません。自ら追究したうえで、もっと知りたい、もっと楽に管理したい、といった欲求を『FiNCアプリ』で叶えられるよう開発を進めていきたいと思います。
ちなみに、気軽に今すぐ健康管理を始めたいというニーズを持ったエンジニアにお勧めの機能はありますか?
「歩数ガチャ」は、個人的にも面白いと思いますね。まずは“毎日歩く”習慣を付けることにもつながりますので、気楽な日課として楽しんでもらえるはずです。特定の1つの悩みを解決するというよりも、トータルサポートを実現するアプリですので、楽しみながら利用してもらえたら嬉しいですね。
膨大なライフログの活用がサービス展開の柱に
今後の開発における展望を教えてください。
引き続き、『FiNCアプリ』の開発のテーマは「健康管理をいかに楽に、苦労せずに行ってもらうか」ということです。そのために、to Cの領域においては、AI技術の活用に力を入れていく予定です。これまでも睡眠時間の予測や食事画像の解析などにおいてAIを利用してきましたが、今後は生成AIの活用も視野に入れています。
また、to Bのサービスにも注力していて、各企業の健康経営の推進にともない、従業員の健康管理を支援する『FiNC for BUSINESS』というSaaSサービスを展開しています。直近ではベネフィット・ワン社との協業で特定保健指導サービスの新プランを発表しましたが、本年度中にローンチをし、実際に保健指導を受けてもらうところまで実現できればと考えています。
さまざまな会社との事業提携も進んでいるのですね。
そうですね。当社内では「DX事業」の一部として位置づけていますが、既に大日本印刷様やNEC様、イオン様などと協業し、当社のアセットである膨大なライフログを活用したサービスを展開しています。今後もさまざまなライフログを他社のデータと組み合わせていくことで、より価値のあるデータに昇華させ、ユーザーに対してよりパーソナライズされた健康に対する示唆を提供していきたいと考えています。
最後に、FiNC Technologiesが目指す世界について教えてください。
当社では「Design your well-being」というビジョンを掲げ、一人ひとりの人生が伸び伸びと光り輝く世界の実現を目指しています。健康管理は楽しい人生を送るための1つの手段であり、『FiNCアプリ』はユーザーのみなさんが「毎日を楽しく過ごす」ことに役立つアプリでありたいと思っています。そのために、当社の開発力やデジタルの力を最大限に活用しながら、人々の健康に向けた行動を後押しすること。単にアプリを利用してもらうだけでなく、成果の創出にコミットした開発を続けることを信条に、今後も新たな取り組みに挑戦していきたいですね。
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