Google社のリサーチ結果をきっかけに、日本でも広く認知される概念となった「心理的安全性」。チームの成果を高めるためには、「すべてのメンバーが不安なく自分の意見を伝えることができ、安心感を持ちながらその組織に所属できる状態」を目指すことが有効と言われています。
エンジニアチームにおいて、心理的安全性を高めるにはどのような取り組みが必要なのでしょうか。今回は、「Anzeneering(安全ニアリング)」の考え方を提唱し、「全員CEO制度」や「チャレンジ取締役制度」などのユニークな制度を導入する株式会社ゆめみを取材。プロジェクトマネージャーの海保(かいほ)研氏とフロントエンドエンジニアの鈴木 尊雅氏に、ゆめみならではの施策や「Anzeneering」を実践するポイントについて語っていただきました。
株式会社ゆめみ
2000年12月設立。Webサービスやスマホアプリ開発などをはじめとするDX内製化支援、デザインイネーブルメントなどの事業を展開。
海保 研(かいほ けん)氏
プロジェクトマネージャー。受託開発やJavaインストラクターなどの個人事業から金融系システムソリューション会社でFX向けシステムの開発・運用に携わる。その後、介護事業者向けのシステム開発・運用業務などを経て、2017年にゆめみに入社。現在はプロジェクトマネージャーとして大型案件を中心に牽引するとともに、クライアントのDX内製化支援を牽引。
鈴木 尊雅(すずき たかまさ)氏
フロントエンドエンジニア。Java開発からキャリアをスタートし、ホテルの店長など複数の職種を経て再びエンジニアに復帰。フリーランスで5年、保険ベンチャーで4年を経て2022年にゆめみに入社。リードエンジニアとしてプロジェクトに参加しつつ、社内ではグループオーナーというポジションでチームのまとめ役を担う。ポリシーは「身近な人の困りごとを解決して、ありがとうと言ってもらう」こと。
分散型組織の実現を後押しする心理的安全性
「Anzeneering(安全ニアリング)」の考え方を提唱するなど、組織の「心理的安全性」を高める取り組みに注力されていますよね。まずは御社が考える心理的安全性の高い組織の特徴を教えてください。
「良いところも悪いところもすべて共有し、お互いに感謝して助け合う」組織だと考えています。ポイントは、「悪い部分」も共有すること。そして、相互の信頼関係を築くためにも「感謝」の姿勢を持つことが大事かなと思います。
そもそもなぜ心理的安全性を重視するようになったのでしょうか?
大きな理由が、「自律分散型組織」を維持するために必要だったからです。当社は2018年に「アジャイル組織宣言」を発表しました。社員数が増えても品質(Quality)と機敏さ(Agility)を両立していくために、マトリクス型だった組織構造を自律分散型に変えたのです。ゆめみは、自律分散型組織として個々の自律・自学・自責を重視することとしていますが、その過程で心理的安全性が担保されていないと、社員の自主性は発揮されません。
仮にプロジェクトマネージャーが誤った判断をした際に、メンバーが修正点や改善点を遠慮して発言できないような雰囲気では、期待する成果が得られないでしょう。ゆめみは“管理職”というポジションを作らない、意思決定は個人に任せる、徹底的な透明性を大切にする、等の方法によって自律分散型組織を実現しようとしています。そのためにも心理的安全性が必要不可欠だったのです。
組織の成果を高めるためには、他者との連携やコミュニケーションが必須だと考えています。仕事においては人間関係がすべての基礎であるからこそ、心理的安全性の確保が重視されているのではないでしょうか。
自己開示とフィードバックを重視する仕組み
御社が実践する心理的安全性を高める施策を教えてください。
主に4つあります。1つ目が「OJTチャンネル」。全員が個人のSlackチャンネルを持っていて、仕事上の気づきやプライベートの話などを自由につぶやける仕組みを整えています。自己開示をし、フィードバックを受け取るという習慣づけにも役立つ施策です。
2つ目が、当社の「会議標準」のなかで、ミーティングの際は「チェックイン」「チェックアウト」を行うことが推奨されています。例えば、ミーティング開始5分前の雑談として、「昨日何食べた?」といったテーマでアイスブレイクを行うなどです。その後の発言がしやすくなる効果がありますね。
3つ目が、「モヤモヤ・ワクワク」。先ほどの会議標準にも入っているのですが、個々が抱える漠然とした不安や期待を「モヤモヤ」「ワクワク」と名付け、気軽に発信できるようにしています。ただ、「課題」という扱いはせず、解決策や代案の提示などの検討は義務化しないこと、まずは傾聴するというルールにしているため、自分自身の心境を素直に吐露、伝えやすいというメリットがあります。
4つ目が「プロリク」です。プロポーザル・レビューリクエスト(Proposal Review Request)の略語であり、自身が関係すること、しないことに関わらず、社員が何らかの提案をすることができます。その後、提案者がその他のステークホルダーにレビューを受けることで、プロポーザルの実施判断を自身で行う意思決定方法です。ここではまずは提案者のアイデアを「称賛する」ことから始めますので、各自が意見を伝えやすい雰囲気が醸成されています。
1つ目のSlackの活用について、御社はSlack社が公表したMaturity Score(成熟度)で全有償企業中1位という評価を受けていますよね。
そうなんです。当社はIT企業のため、元々非同期コミュニケーションを重視していた背景がありますが、コロナ禍でフルリモートによる働き方を推進し、そのなかでSlackがより活用されるようになりました。例えば、「OJTチャンネル」ではスタンプを積極的に活用することで、自己開示・フィードバックがしやすくなる工夫をしています。
私も「OJTチャンネル」ではよくつぶやいていますし、スタンプも意識的に使うようにしています。「いいね」などシンプルなスタンプでも相手の反応が分かりますので、心理的安全性の担保にもつながっているのではないかと思います。
当社では「健全な無茶ぶり」と呼んでいるのですが、ときにはあえてハードルの高いミッションをメンバーに課して、成長を促すような文化が根付いています。Slackでも当然発言量にバラつきが生じますが、特にあまり発信しないメンバーに対しては、少し無茶なことを言ってリアクションを引き出したりしていますね。「反応する」行為はコミュニケーションの基本でもあるため、そのような練習の場にもなっているかと思います。
自主性の発揮につながる「全員CEO制度」
「心理的安全性」を高める取り組みについて、そのほかに特徴的なものはありますか?
大きく2つあります。1つが「Bad News Fast」。悪い出来事こそスピーディに共有しようという風土があります。開発シーンでは、例えばリリース後のトラブルの詳細を報告することで、プロジェクト外のメンバーにもナレッジを共有するきっかけとなります。
プロジェクトにおいては、仮にシステム障害や不具合が発生しても、「Bad News Fast」では、まず共有することを優先しています。これは、原因究明や責任の所在より優先されます。それにより、自ずとミスや失敗を隠さない雰囲気が生まれており、ミスを報告する際の心理的安全性が確保され、メンバーから自主的に報告されたリスクや問題に早期に対処することが可能になっています。
そうですよね。あと、2つ目の取り組みとして「全員CEO制度」があげられます。ヒエラルキー組織の場合は上司からの指示や命令に従う必要がありますが、当社では全メンバーがほぼ同じ権限を持っているので、平等な立場で発言や提案を行うことができます。同時に、社員には「結果責任ではなく遂行責任を果たす」ことが求められていますので、失敗を恐れずにチャレンジすることができるのだと思います。
「全員CEO制度」はなかなか他社にない施策ですが、フラットな組織だからこその問題は生じませんか?
たしかに問題はあります。指揮命令系統がないと、スムーズな意思疎通が難しかったり、他部門やメンバーへの指示がすべて「お願い」になってしまったり。だからこそ、余計に普段の関係構築が重要になるんです。普段からコミュニケーションを十分にはかり、心理的安全性を担保しておく必要がありますね。
そういう意味では、当社のプロジェクトマネージャーは比較的社内調整にかけるコストが大きくなっています。
心理的安全性の高い組織づくりを行うために、海保さんがプロジェクトマネージャーとして気を付けていることはありますか?
まずは、メンバーの話をきちんと聴いたうえでフィードバックをすること。そして、弊社の代表的なカルチャーのひとつである「徹底的な透明性」を担保することを意識しています。私の場合は、プロジェクトの収支や利益、お客様からの伝達事項などの情報をメンバーに開示しています。それらの情報を踏まえて各メンバーに要望を伝えることで、双方の心理的安全性が高まりますし、一人ひとりが自主的に動くことで、プロジェクトの成果にもつながると考えているからです。
心理的安全性が成果へのコミットを高めるきっかけに
「アジャイル組織宣言」をはじめとする心理的安全性に関する取り組みが、開発現場に与えた影響は?
各エンジニアが、今まで以上にプロジェクトの成果にコミットできるようになったと感じます。というのも、かつてはプロジェクトマネージャーの役割が幅広く、開発業務以外はすべて行うような状況でした。ただ、技術に詳しくないプロジェクトマネージャーが作った仕様書は、エンジニアからすると非効率な仕様が含まれるケースもあります。こうした状況に対し、アジャイル組織宣言後に心理的安全性が確保されたことにより、現場のエンジニアが自主的にお客様との会話に参加して要件定義をし、仕様書を作成するようになりました。まさにメンバー一丸となって取り組む雰囲気が生まれ、スピードも品質も担保できるようになったんです。
現場としても、心理的安全性が確保されている状態のほうが作業効率も上がりますし、何より仕事をしていて楽しいですよね。結果として、人材の定着にもつながると思います。
理想は、“管理しなくても機能する”組織
世の中のエンジニアのみなさんが、自チームの心理的安全性を確認するにはどうしたらよいでしょうか?
明確な指標というのはないので、個人的な意見になりますが「メンバーそれぞれの発話量」「プルリクエストのレビューコメント量」「プロジェクトへのコミット量と質」などが指標になると思います。
鈴木さんの意見にも通じますが、どれだけプロジェクト内で雑談ができるか、冗談を言い合えるかが1つのバロメーターかな、と。私自身もプロジェクト内では必ず「雑談チャンネル」を作りますし、モヤモヤ・ワクワクも含め、発散できる場を設けるようにしています。書き込みの量や内容によって、心理的安全性がどれだけ担保されているかが分かるのではないでしょうか。
心理的安全性を担保した組織を作るために、マネージャーにはどのような心がまえが必要ですか?
まずは相手の話を傾聴し、肯定したうえでフィードバックを行う姿勢が大切だと思います。ゆめみも「否定しない文化」がありますが、まずは相手の提案や意見を一旦受け止めるマインド。そのうえで、肯定とフィードバックをバランスよく行っていくコーチングスキルが必要だと感じます。
私はマインド、仕組み、スキルの3つが必要だと思います。まず、マインドは「率先垂範」と「改善・継続」。マネージャーにあたる方が自ら心理的安全性の確保につながる行動を実践する必要があるでしょう。「仕組み」はドラッカー風エクササイズ(※1)と、日々の振り返りです。そして、スキルは海保さんと同様に、「聴く力」が大切だと考えます。
マネージャーが心理的安全性を確保することで、メンバーの自律性が生まれます。その結果、メンバーが能動的に動くようになり、結果として“管理しなくても機能する”組織に近づくのではないかと思います。
心理的安全性という観点を踏まえ、今後ゆめみのエンジニア組織が目指す世界を教えてください。
今後も自律・自学・自責の考え方に基づいて、社員それぞれのポテンシャルをフルに発揮することにより、プロジェクトの品質・スピードを高めていきたいですね。そのために、これからもメンバー一人ひとりの心理的安全性を保障しながら、自主性が尊重される組織づくりに邁進したいです。同時に、「内製化支援サービス」などのお客様との伴走・協業を通じて、自立性を尊重する当社の文化やそのための組織づくりのノウハウを「輸出」していければと考えています。
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