世田谷区役所の非エンジニア職員がChatGPTで開発したAIチャットボット「Hideki(ヒデキ)」とは?
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世田谷区役所の非エンジニア職員がChatGPTで開発したAIチャットボット「Hideki(ヒデキ)」とは?
岸 裕介
2024.07.11
この記事でわかること
世田谷区の非エンジニア職員チームが、3か月で生成AIサービスを開発できた理由
Microsoft Teamsで生成AIと対話できるチャットボットを開発するまでの流れ
親しみやすいチャットボットのキャラクター「Hideki」はどのように生まれたのか

世田谷区の職員チームにより、2024年1月に開発された生成AIによるチャットボット「Hideki」。区職員が通常業務を兼務しながら、わずか3ヶ月という短期間で全ての工程を完了させています。外部に作業を委託することなく、どのように自らの手で開発を進めていったのでしょうか。

本プロジェクトで直面した課題や運用開始後の成果について、世田谷区 DX推進担当課の井上翔さんに詳しく伺いました。記事の後半では、区職員に好評のチャットボットキャラクター「Hideki」が誕生した背景についても紹介しています。

生成AIサービスを内製で開発した理由

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世田谷区のDX推進のコンセプト「Re・Design SETAGAYA」
岸 裕介

行政機関における生成AIサービスの開発は、かなり先進的な取り組みだと感じています。まず、本プロジェクトがスタートした背景について教えてください。

井上さん

世田谷区は今までにも、ICTツールの導入、窓口業務のキャッシュレス化、手続きのオンライン化など、さまざまな業務DXの取り組みを進めてきました。その中で本プロジェクトは、職員が生成AIを利用するだけではなく、区内外の問合せ対応に必要な区職員の負担をチャットボットで軽減する目的でスタートしました。

岸 裕介

普段の業務においてどのような課題があったのですか?

井上さん

電話による問い合わせの多さがあげられます。電話はコミュニケーション手段の一つとして重要ですが、必要な人、必要な場面に絞っていくことが大切です。コールがあればどのような状態であっても出なければならないので、集中力が低下して業務効率がどうしても落ちてしまいます。

岸 裕介

電話による問合せが多いのはなぜですか。

井上さん

区役所は業務の範囲が広いため、区公式ホームページのページ数がとても多く、求めている情報にたどり着きにくいことがあり、結果として電話での問い合わせを選択することがあるのではないかと思います。関係する情報も多いので、生成AIによるチャットボットで問合せ対応の業務が効率化できないだろうかと考えていました。

岸 裕介

当初は区民も使えるサービスを目指していたんですね。

井上さん

ええ、ですが取組みを通して、生成AIを利用したとしても、精度の高さを求めるのであれば、しっかりとした問合せ対応用のデータが必要であることが分かり、区民向けに信頼度の高いものを、職員の負荷を少なく提供することは難しいのではないかとの結論に至り、まずは区民向けではなく職員向けのもので、技術的な理解も含めて進めるべきだと考えました。

岸 裕介

実際の開発にあたっては、非エンジニアの職員チームで取り組んでいますが、なぜ外部委託せず内製で開発を進めていったのですか?

井上さん

生成AI(ChatGPT)が話題になり始めた時から、生成AIの活用が業務効率化につながることが部署内で話題になっていました。ただ同時に、生成AI(ChatGPT)を組織のなかでそのまま利用するのは、ハードルが高いと感じていました。公共性の高い情報を扱うため、安全なアクセスを可能にする環境構築が必要だからです。

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2024年にリニューアルした世田谷区庁舎の1期棟
井上さん

また、世田谷区には正規職員と会計年度任用職員を合わせて、1万人以上の方が勤務しています。それらの職員全員に、安全なアクセス環境やアカウントを用意して、利用の管理を行う場合、SaaSの利用では莫大な予算が必要になるため、導入が難しいという判断にいたりました。ただ、そうした中でMicrosoftのクラウドサービス『Microsoft Azure』上で提供しているサービスを組み合わせれば、世田谷区職員のみが利用できる閉域構成ネットワーク環境でも、生成AI(ChatGPT)を活用できることがわかったのです。

岸 裕介

内製で開発を進めるにあたって不安などはありましたか。

井上さん

やはりある程度の専門性が求められるので、スキル面で不安はありました。本プロジェクトに参加した4名の職員のうち、主に手を動かして開発を進めていったDX推進担当部の職員は在籍年数が2年未満で職種も事務職です。そのため開発に関する知識やスキルは本プロジェクトがスタートしてから学んでいきました。

岸 裕介

普段の業務もある中で、どのようにスキルを習得していったのですか。

井上さん

世田谷区のDX人材育成チームとも連携して、外部の学習サービスを利用しながら『Microsoft Azure』とプログラミングのことを学んでいきました。担当者は情報システムについての興味が旺盛だったので、自身のスキル向上に対してとてもポジティブに捉えていたようです。普段の業務について他の職員が少しずつ引き取って調整しながら、本プロジェクトに注力できるような環境を整えていました。

閉域のネットワーク環境で作業が難航

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テスト中の内部文章を参照したQAチャットボットの概念図
岸 裕介

本プロジェクトの開発期間について教えてください。

井上さん

最初の1〜2か月は情報システム部門のコンサルティングを行っているクラウドネイティブ社のサポートも受けながら、開発全体の設計や開発環境の確認作業を進めていきました。実際に手を動かしたのは、その後の3か月間です。さまざまな疑問や課題をクラウドネイティブ社やMicrosoft社に応えてもらいながら、職員たちの手で構築・開発しています。

岸 裕介

開発を進める上で苦労したのはどんなことですか。

井上さん

試行錯誤の連続ではありましたが、最も難航したのはセキュリティの問題です。私たち行政機関が仕事を行う環境は、インターネットから隔離したセキュリティレベルの高い環境で行われています。その状態を維持しながら、生成AIを活用できるネットワーク環境を構築することは、非常に時間のかかる作業でした。特殊な環境なので、ファイアウォールやIP制限において想定していないようなエラーが発生することもあり、たびたび作業が中断していました。その中でクラウドネイティブ社から、設定の変更やプログラミングについてのアドバイスをいただけたのは非常に心強かったです。

岸 裕介

トラブルが発生しながらも、3か月間という短い期間で開発できた理由について教えてください。

井上さん

中断している箇所がありつつも、その間に他の作業を進めるなど柔軟に取り組めたことがまずあげられると思います。行き詰まったときにすぐ振り返りができる状態で資料などを残してくれた事業者の支援体制も非常に助かりました。また、今回使用した『Azure Logic Apps』はローコードで開発可能なので導入のハードルが低く、スキル習得にあたって時間がそこまでかからなかったことも大きな要因です。

「Hideki」のキャラクターのモデルは?

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チャットボットの「Hideki」の画像:生成AIによって出力されたものを利用
岸 裕介

チャットボットのキャラクター「Hideki」はどのように生まれたんですか?

井上さん

プロトタイプとしていくつかキャラクターを設定して試した中で、最もストレスなく使ってもらえそうなものを選択しています。やはり無機質に情報を答えるよりは、使っていて思わず楽しくなるようなキャラクターがいいだろうということで、親しみを感じられる性格になりました。

岸 裕介

「Hideki」という名前はどこから?

井上さん

システム的な名前よりも人の名前の方が愛着が湧くので、初期段階には部署内の職員の名前を仮でつけていました。開発を進めるうちに、「Hideki」という名前にどんどん愛着が湧いていきまして(笑)。その結果「Hideki」をそのまま採用することに。ただ、キャラクターの見た目や性格は完全にイメージなので、名前の由来となった職員とは全く違います。

岸 裕介

そうなんですね。「自分を若いと思っている」「絵文字使いがち」 などの具体的な特徴が親しみやすいと感じました。

井上さん

なるべく気軽に話しかけてもらいたいので、「こういう人いるよね」と思ってもらえる特徴を設定しています。実際の会話は世田谷区職員が利用するMicrosoft Teamsで実施できますが、「Hideki」は本当に絵文字をよく使っていますね(笑)。

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岸 裕介

本当ですね(笑)。「Hideki」を区役所内でお披露目したときの反応はいかがでしたか?

井上さん

最初にテキストだけで周知したときには、興味のある特定の人だけが反応していました。しかし、その後でキャラクター設定や「Hideki」の画像も併せて周知したところ、多くの区職員が興味を持って使い始めました。生成AIの効果的な使い方を自ら実践してくれた職員もいたので、そういった好事例も紹介しながら、「Hideki」の効果的な活用について周知や啓発を行っています。

岸 裕介

多くの人に「Hideki」が活用されているんですね。

井上さん

ええ、1日あたり約300回の利用が報告されています。その一方で、生成AIを上手く活用できない職員もいるようです。そのやり取りを確認してみると、指示文(プロンプト)が短いという共通点が見つかりました。生成AIは、インターネット検索のように短い言葉で指示を出すだけでは、意図した回答を出してくれません。条件付けや指示内容を明確にするなどのコツがあるので、それらを紹介した参考資料も配布することで、より効果的に「Hideki」を使える環境作りに取り組んでいこうと思います。

7割以上の区職員が生産性の向上を実感

岸 裕介

AIチャットボットの運用で、どのような成果が出ましたか?

井上さん

チャットボットを実際に利用した区職員を対象にしたアンケート結果を見てみると、生産性の向上を実感した区職員が73%もいることがわかります。また、通常業務では1日平均約34分の削減に成功し、アイデアや企画の素案作成については1回の処理につき平均約77分削減したという結果が得られています。

岸 裕介

具体的な使用シーンについても教えてください。

井上さん

最も多いのは施策に関するアイデア出しですが、WordやExcelのツールの使い方などを知りたいときに活用している方も多いようです。また、日々の業務においてゼロから文書を作成するのはかなりの労力がかかるので、素案となるテキストを「Hideki」が考えてくれるのは非常に助かる、という声をいただいています。

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【⽂書の作成での活用】⽣成AIを使⽤する際、どのような場⾯で役⽴ちましたか?
岸 裕介

文書作成での活用についてはいかがですか?

井上さん

文言の言い換えや文章校正の業務で、頻繁に使っていただいています。文章を要約したいときにも便利だという声も多いですね。

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【その他の活⽤】⽂章⽣成AIを使⽤する際、どのような場⾯で役⽴ちましたか?
岸 裕介

今後の機能実装については、どんな要望が寄せられていますか?

井上さん

内部文書を学習したボット機能、長い議事録の要約機能などのニーズが高いです。また、やさしい日本語チャットボットがほしいという要望も。最近では画像を活用した情報発信が増えているので、画像生成に関する要望も多く寄せられています。

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今後、実装されたら使⽤したいものはなんですか?
井上さん

また、本プロジェクトをプレスリリースで公開した後には、SNSなどでポジティブな意見や感想をたくさんいただきました。「Hideki」には否定的な声がほとんどなく、賞賛の声が多かったので励みになりましたね。

世田谷区役所のAIはどのように進化していくのか

岸 裕介

「Hideki」とは別に、職員向けのICTヘルプデスクの問合せ対応チャットボットをテスト運用しているそうですね。そちらのチャットボットにはどんな機能が実装されていますか?

井上さん

質問に答えて終わりではなく、特定の担当者にフォローを依頼するような機能も実装しています。質問して分からなかったときや、チャットボットがうまく回答できなかったときに、再度オペレーターに問合せをする手間がなくなります。また、精度を高めるためには学習データの充実が必要ですが、問合せ内容の記録や蓄積も、職員が直接データを見られるようにできていますので、機能改善を進めていきます。

岸 裕介

さらなる進化が楽しみです。今後の生成AI関連の取り組みについても教えてください。

井上さん

区民が気軽に使えて、区に関することを何でも聞けるチャットボットについては、引き続き研究を続けていきます。生成AIはいろいろなサービスの中に組み込まれ始めているので、常にアンテナを張って効果的なものを探していけたらと思います。また、区役所全体のDXを推進するために、手続きのオンライン化推進や、自治体システムの標準化、さらには情報化基盤の整備など、それぞれの取組みを着実に進めていきたいと考えています。

ライター

岸 裕介
大学卒業後、構成作家・フリーランスライターとして、幅広いメディア媒体に携わる。現在は採用関連のインタビュー記事や新卒採用パンフレットの制作に注力しながら、SaaS企業のマーケティングにも携わっている。いま一番関心があるのは、キャンプ場でワーケーションできるのかどうか。
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