社長の時間をクローンで倍にする。そんな夢のようなサービスが始まっています。
社長の人格、口調をインプットした生成AIクローンが、スタッフとチャットでできる「クローン社長」。直接聞くのをためらってしまう社長への質問や提案の壁打ちとしても活用でき、社内の風通し・提案の精度向上に寄与しているといいます。
本サービスを開発したのは、10分で「絶頂睡眠」に導かれると話題の日本初の頭ほぐし専門店「悟空のきもち」の社内ベンチャー事業部。どのような発想でクローン社長の開発に至ったのか、社内でどのように活用しているのか。クローン社長の開発に携わったエンジニアの鈴木さんにお話を伺いました。
クローン社長
「悟空のきもち」を運営する株式会社ゴールデンフィールドの姉妹組織「悟空のきもちTHE LABO」が開発・提供。誰でも自分のAIクローンが作れるサービスで、希望する社長は合計10時間以上の学習を経て、企業内で運用できる。
「100人の壁」を越えるためにクローン社長を開発
クローン社長はどのようにして生まれたのでしょうか?
悟空のきもちが日本初の頭のほぐし専門店として人気となり、どんどんスタッフ数が増えていくにあたって、社長とスタッフの距離が離れていってしまうことが課題になっていました。ベンチャー企業に「100人の壁」があると言われるように、ちょうど100人くらいの組織になったときから求心力が弱まっていくのを感じました。そこで、「悟空のきもちラボ」のメンバーに相談したところ、AIを活用して社長・金田淳美のクローンが作れないかという話になりました。
「悟空のきもちラボ」というのは新規事業開発のチームでしょうか?
21歳までの若手が参加するシェアハウスのような空間です。エンジニアやインフルエンサーなど優秀な学生たちが集まり、事業開発を行っています。
若い方々の発想もあって、クローン社長が生まれたのですね。悟空のきもちとしては、スタッフ数の増加を目指していたのでしょうか?
ええ。悟空のきもちでは予約が殺到しており、70万人待ちの状態となっています。ただスタッフの人数が増えると技術が浸透しなかったり、組織としてまとまらなくなったりする危険性もあります。特に社長の言葉や理念が届かなくなる危惧がありました。
そこで生まれたのが、クローン社長だったというわけですね。
そうです。社長である金田のクローンとLINEで会話できるようにしたら、想定以上にスタッフからの質問がありました。「社長はどんな人なんだろう」という人柄への関心から、「どうすれば評価されるのか」、「どんな提案だと社長はYESと言うのか」など、さまざまな質問が寄せられました。気軽に質問できることで社長に親近感が湧いたり、社長への提案が増えたりして、社内の風通しが良くなっていったのです。その結果、スタッフ増加への不安がなくなり、年末には200名ほどの組織に拡大する予定です。
AIがコミュニケーションロスの課題を解決したのですね。
ええ、それをきっかけに「他の企業の課題も同じように解決できるのではないか」と考え、サービス化しました。現在は20社ほどが社長クローンのトレーニング・学習を始めています。
音声で回答、性格診断でクローン社長の精度を向上
クローン社長の回答は、どれくらい本人と同じなのでしょうか?
60%ほどは社長と同じことを言っているかと思います。語尾や口癖まで学習しているため、「社長と同じことを言っている」と驚くスタッフも多いです。
すごいですね。クローン社長を作るにあたり、ディープラーニングはどのようにして進められたのですか?
AIが考案した1,000問ほどの質問を、社長に音声で回答してもらい、回答内容だけではなく、語尾や口癖も学習していきます。社長の時間がある時に追加で質問に回答していけば、どんどん精度が上がっていきます。
音声であれば、忙しい社長でも気軽に答えられますね。
ええ。答えていただいた情報をGPTにプロンプトベースで文字情報として入力し、ファインチューニングと呼ばれる追加学習で精度を上げていきます。さらに埋め込みベクトルを活用して、質問に対する情報の関連付けを行っていきます。
どんどん精度が上がっていくわけですね。クローン社長ならではの工夫は、どんなところにありますか?
性格診断を取り入れたり、喋り方や口癖を取り入れたりすることで、社長の人柄を感じられるように構成しています。また年齢や性別、生まれた場所、名前などの普遍的な基本情報と、好きなもの・嫌いなものといった感情的な情報、話し方など分野を分けて学習させ、最終的にそれらを合体させることで精度の高い回答を作り上げています。すべての情報を一括で渡して回答させるよりも精度が上がっていると思います。
なるほど。どのくらいの期間をかけて作り上げたのでしょうか?
4月頃にスタートしたので、半年ぐらいでかなり精度を上げられてきたと思います。サービスとしては1ヶ月ほどで使用は可能ですが、使用していく中で学習したり、社長の回答が増えたりすることで、どんどん精度を上げていくことができます。
回答に違和感があれば修正をかけていくこともできるのでしょうか。
もちろんできます。実際に名前の漢字が違う箇所があってすぐに修正したことがありました。
クローン社長に何を聞く?社長自身もブレストに活用
クローン社長では具体的にどのような質問があるのでしょうか?
夕食の相談などの雑談から、企画の相談まで、さまざまな質問が寄せられています。1日に100〜200回ほどの回答レスポンスが動いており、平均1人1回は毎日何らかの会話をクローン社長と行っていることになります。社長の時間で考えれば1~2時間の量に相当します。
みなさん積極的に活用されているのですね。
社長本人の回答と同じこともあれば多少ズレることもあると思いますが、社長に質問する心理的ハードルが下がるということは組織において非常に重要だと思いますし、クローン社長の良い活用方法だと感じています。
社長はどのような反応なのでしょうか?
社長自身も自分とブレストできるということで、アイデアのブラッシュアップに活用してくれています。クローン社長のサービスを申し込んでくださっている企業様も、社長が自分と会話してみたいという関心を持っている方が多いです。
なるほど、社長ならではの活用方法があるんですね。
また、事前にクローン社長に企画の壁打ちができるので、社長が気にする観点を知ることができ、社長への提案の精度が向上しました。提案して社長からNOと言われることが格段に減ったため、社員も提案しやすくなったようです。
クローン社長に質問を重ねていくことで、企画を作ることもできそうです。
はい、質問を重ねてブレストしても良いですし、1万字ほどの回答も可能なので、クローン社長に指示して企画書を作らせることも可能です。
形としてはLINEでの利用が良いのでしょうか。
LINEやSlackなどの社内SNSに入れるのが1番使いやすいと考えています。
Slackの場合、グループ内で社長に話しかけた時にだけ反応するのか、会話の中に入ってくるのか、その辺りも設定可能ですか?
基本的には1対1のDMを想定していますが、グループで名指しされた時にだけ答えるなど、会話に混ぜることも可能だと思います。
それはかなり使いやすそうですね。社内SNS以外の活用方法もありますか?
社長の顔や声を表示させて会話できるクローンディスプレイも開発しているので、これを受付として置いたら面白いんじゃないかという企業様もいらっしゃいますね。
来社したらクローン社長が案内してくれるのですね。それは面白いです。
ただ、社長とスタッフとの距離を縮めるという観点で言えば、ある程度クローズドなDMやLINEなどで質問ができるというのが良いのだろうと思います。クローンは平等ですので、社長の気分や好き嫌いに依存せず回答できるというのも良い点です。
プロンプト上限や埋め込みベクトルを工夫
エンジニアとして、クローン社長を開発してみていかがでしたか?
最初は簡単にクローンを作れると思ったのですが、想像以上に工夫が必要で面白かったです。脳科学や心理学の知見も求められたので、色々と学びながら開発する楽しさがありましたね。またサービスとしても社内のコミュニケーション円滑化に寄与することができ、ビジネスとしての需要が高いと感じられたので、とてもワクワクしました。
期待感を持ちながら開発に携わられたのですね。開発時に難しかったことはありますでしょうか。
プロンプト上限に対してどう圧縮するかは悩みました。3万2000トークン入るとはいえ、全部使い切るとコストがかかってデータ量も多くなります。単純な情報であれば助詞や助動詞を抜いて漢字だけ並べて圧縮するなど、工夫しました。
また、埋め込みベクトルでは性質上単語の距離が近いものを取得しますが、必ずしも意味が近いとは限りません。例えば「りんごは好きですか」と「りんごは嫌いですか」は文章の距離は近いですが、意味は真逆です。そういった点での関連付けは、現在も追加学習で改善している最中です。
なるほど。プロダクトとしての課題はありましたか?
返事が返ってくるまでの時間をいかに早くするかという点は工夫しています。
サービスの導入を検討する場合、気をつける点はありますでしょうか。
ディープランニング時に質問に回答する社長は、個性を出していただくのをおすすめします。社交辞令のような回答をされると、一般的な内容になってしまうので、クローン社長の意味がなくもったいないです。また、セキュリティ上、出して良い情報かどうかというのは気をつけていただくと良いと思います。
自分のクローンに、自分のことを相談できる未来へ
今サービスの利用を開始しているのはどのような企業が多いですか?
100名ほどの規模の企業が多いです。社長が忙しい企業に需要があるように思います。自分自身のクローンと話してみたいという社長の関心が高い企業様も多いですね。業界はIT系から建築・不動産、店舗系までさまざまです。
「AIひろゆき」の流行も記憶に新しいですし、著名な社長のクローンに仕事の相談ができたら良さそうですね。
著名な社長がクローンとして副社長に入ったり、理想の上司と言われる方がクローンとして会社に入ったりしても面白いと思います。いつかは自分のクローンに自分の相談をしたり、友だちに相談する前に「友達のクローン」に相談したり、パートナーとしてクローンを活用する未来が来るのではないでしょうか。
チャット以外の活用も考えていらっしゃいますか?
スマートスピーカーやアバターとの連動なども、用途に合わせて活用していきたいと考えています。AI生成クローンを活用することで、企業のコミュニケーションの円滑化、社内の風通しの改善に繋げていきたいです。興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひ気軽に一度使ってみてください。
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