プログラミングなしでアプリケーションやWebサイトを作れるノーコード開発。ITエンジニアの人材不足が社会問題化するなか、開発に必要な時間やコストを大幅に削減できるツールとして、プラットフォームの開発に乗り出す企業が増えています。
今回はノーコードで誰でも簡単に高精度なAI予測分析ができる、ソニーのPrediction Oneに注目。同ツールの発案者として、開発プロジェクトリーダーを務めるソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社の高松 慎吾氏に、開発背景やノーコード時代に求められるエンジニアの役割について伺いました!
高松 慎吾氏 プロフィール
「予測系」「大規模データ向け」「自然言語処理」を中心に、学生時代から20年以上にわたり機械学習に携わりつづける。ソニー株式会社のR&DでAIのリサーチャーからキャリアをスタートし、エンジニア、マネージャーと経験を積む。2012年、社内の公募留学でUniversity of Washingtonで研究。その後はさまざまな業種の予測分析技術の開発に携わり、2018年より非専門家向け予測分析ソフトウェア『Prediction One』をプロジェクトリーダーとして開発し、事業化。Sony Outstanding Engineer Award2019受賞。
非専門家でも簡単に予測分析ができる世界を
まずはPrediction Oneのサービス内容を教えてください。
機械学習やプログラミングなどの専門知識がなくても、シンプルな操作で高度な予測分析ができるノーコードAIツールです。そもそも予測分析とは、機械学習により、過去のデータに基づいて将来の結果を予測する技術です。予測分析を効果的に行うことで、既存ビジネスの効率化や、新規ビジネスの創出につなげることが期待できます。
高松さんがPrediction Oneの開発に携わるようになった経緯は?
2013年頃から、ソニーグループ内でAI技術を用いてサービスのコアとなるエンジンを作ったり、業務に取り入れてもらったりという活動を続けてきたなかで、2018年にターニングポイントが訪れます。これまでの経験から、「非専門家であっても、ビジネス上のデータから将来を予測する仕組みが作れたら面白いのではないか」と考え、Prediction Oneを発案するに至りました。 ちなみに当時、専門家以外の人がAIや機械学習を使うという発想は、世の中にあまり浸透していなかったと思います。
なるほど、「非専門家でも使える」ツールという点がポイントなのですね。
はい。実際のビジネス現場では、データをもとに導き出された予測結果を使うことで、もっと業務の成果があがると感じられるシーンが多々あるんですよね。たとえば、サブスクリプションサービスで退会する人の確率が予測できれば、辞めそうな人への対策が打てます。ほかにも、製造業であれば需要を予測することで生産量が調整できたり、店舗であれば来客数の予測をすることで食品ロスが減ったり。精度の高い予測ができれば、ビジネスのあらゆる面で業務の効率化や生産性の向上につながるはずです。
そのような現場の需要に対する供給、すなわち機械学習を使いこなせる専門家があまりにも少ないことが課題だと思っていて。非専門家がAIを使うことで、そうした需要に応えられるようになることが、1つの現実的な解になるのではないかという考えがありました。
たしかにビジネス面でのインパクトも大きいですよね。ちなみに高松さんがそのような課題感や解決策をはじめて社内で提案したとき、どのような反応がありましたか?
大半の方がロジックに共感してくれて、現在の社長を含め、サポートしてくださるメンバーも多かったです。ソニーグループの長所でもあるのですが、面白い提案には周囲がみな協力的ですし、必要な投資もしてもらえます。好意的な反応が得られて、まずは嬉しかったですね。
開発を進めるにあたって、障壁となった事柄は?
大きく2つあります。1つ目が、AIに馴染みのない非専門家の方に使っていただくにあたり、どこまで自動化を行うのかということ。2つ目が、予測精度のわかりやすさをどう実現するかということです。 特に後者に関しては、実際にAIで分析をする方とその結果を使う現場の方、また承認する上長など、関係者全員が納得できる結果を提示する必要があります。結果の裏づけも含め、実業務での使いやすさがネックとなりました。
これらの課題を解消するため、ソフトウェア面での工夫はもちろんのこと、マニュアルやチュートリアルのサンプルの充実や、サポートのサービス強化といった手段で対応しています。
あらゆるシーンで活用できるPrediction One
さまざまなシーンで予測分析が活用できるとのお話がありましたが、Prediction Oneの具体的な活用事例について、もう少し詳しく教えていただけますか?
たとえば、1年に1度更新されるサブスクリプション契約の際に、退会の確率を予測する目的で利用しています。過去の退会者のデータや、非退会者のデータを取り込んで、AIを用いて予測分析を実施。分析の結果、退会の確率が高いと想定される加入者に対してアプローチし、不満に感じていらっしゃる事柄などをお聞きしたうえでその解消につなげることができます。
なるほど、営業やマーケティング領域との親和性が高そうですね。
はい、ただPrediction Oneは、予測の対象を変えるだけでさまざまな領域で活用できるので、多岐にわたる業種・職種でご利用いただいています。たとえば、人事領域では「従業員の休暇取得を増やしたい」といった課題に対して、目標未達になりそうな従業員をあらかじめ予測することで、休暇促進という事前フォローが可能となります。
また、製造現場での「機器の故障を減らしたい」という課題に、半年以内に故障する機器を予測することで、事前点検や修理を行うことができます。そのほかにも、ローン返済の予測やコールセンターの入電予測など、実にさまざまなビジネスシーンでの活用事例が確認できています。
とても幅広い領域の課題解決に対応できるのですね!
2023年6月時点で既に3万社以上の企業や団体様にお申し込みいただいています。 Prediction Oneは他のAIツールと異なり、既に企業内に蓄積されている顧客データや販売データをそのまま使えるため、ROIが高く、今後さらに普及していく領域のツールなのではないかと考えています。
エンジニアも開発シーンでノーコードツールを活用している
ほかのAI予測分析ツールと比較し、Prediction Oneの特長は?
ポイントは主に4つです。 まずは、「シンプルで簡単であること」。専門用語をできるだけ使用せず、数クリックで完結する仕組みを作りました。次に、ソニーのR&Dで開発された独自の技術を用いて、「自動モデリングで高性能な予測ができること」です。そして、実際の業務で使用いただくことを考慮し、「予測の理由をわかりやすく示すこと」にこだわっています。さらに、「標準的なPCやブラウザ上で動作すること」もポイントです。ノートPCや非力なPCでも充分に動きますし、クラウド型のサービスではないため、会社のデータを用いて外で作業する場合などにも簡単に使っていただける点が特長です。
シンプルで簡単というお話もありましたが、そうはいっても、ある程度数学や統計の知識がないと動かすのが難しいのではないでしょうか……?
もちろん知識があるに越したことはありませんが、普段統計などに馴染みがない方にも充分ご活用いただいている実績があります。たとえば文系出身の営業の方から、「社内の顧客管理システムに蓄積されているデータを使って、営業先の再アタックリストを容易に作ることができた」といった感想をいただいたこともあります。
逆に、専門家であるエンジニアのみなさんがPrediction Oneを活用されるケースもあるのですか?
はい、データサイエンティストの方々に活用いただくケースも多々あります。たとえばある案件に対して、スピード感をもって取り組む必要があるケース。1からコードを書いたり、自分のコードを使ったりしていると時間がかかるので、最初の“あたり”をつけるためにノーコードツールを使うイメージですね。
Prediction Oneは、ソニーグループ内のAI教育にも活用されていると伺いました。
はい、たとえばソニーグループの新入社員研修では毎年「AIリテラシー研修」を実施しているのですが、そのなかでPrediction Oneのハンズオンを取り入れています。同時に、現在は本プログラムを外部の企業様向けにもご提供しています。特に2022年9月からは、AI教育の専門機関であるスキルアップAI社と連携し、AI人材育成に悩む企業様向けの新たな「DX研修推進サービス」を立ち上げました。
Prediction Oneの今後の展開は?
「業務で活用しやすいツールであること」にこだわり、引き続きユーザーのみなさんからの声を吸い上げながら、改善を重ねていきたいと思います。 ありがたいことに、Prediction Oneは当初の私たちの想像をはるかに超え、本当にさまざまな用途でご利用いただいています。さらに活用の範囲を広げられるよう、進化させていきたいです。
新技術を習得し、AIを使える側になろう
Prediction Oneはビジネスに特化したノーコードツールですが、世の中全体でもノーコード・ローコード開発の機運が高まっています。こうした状況を、高松さんはどう捉えていますか?
当社の場合は「データサイエンスの民主化」を実現していくため、専門人材の不足を補うためにノーコードのアプローチで開発しています。日々新たな技術が生み出され、ビジネスの不確実性も増している昨今の環境を踏まえると、品質よりもスピードが重視される場面が増えていくでしょう。そのような状況では、特にノーコードツールがフィットすると思いますし、AI系のサービスでも自動化をうたうツールが増えていくのではないかと思います。
Prediction Oneも、エンジニアのみなさんが開発スピードを上げるために使っていらっしゃるとのお話がありましたね。
まさにそうですね。AIに関しても、人間がAIに仕事を取られてしまうのでは?という話題があがりますが、AIか人間かではなく、「AIを使える人材になるべし」が鉄則だと思うんです。ノーコード開発に関しても同様で、ノーコードが台頭することでエンジニアの仕事が奪われるのではなく、エンジニア自身がノーコード開発をビジネスでいかに使いこなしていくかが大切だと考えます。
なるほど、そのほうがエンジニアとしての幅も広がるということですね。
はい、依頼側としても最新の技術を踏まえて提案してくれたほうが嬉しいと思いますし、その後の運用を現場に任せやすいという点でもメリットが大きいかと思います。
そうした現状を踏まえ、高松さんが考えるこれからのエンジニアに必要なマインドやスキルとは?
ノーコードやローコード、AIを含め、新しい技術に対して好奇心をもって、どんどん勉強していこうという姿勢が大切だと思います。やはり3年前の技術は使えなくなっていることも多いですから。それぞれの特徴やメリットをしっかり捉えて、今この場面ではどの技術が最も有効なのかを見極める視点が求められるのではないでしょうか。私自身もAIの可能性を引き出しながら、今後も引き続き新たな価値を生むような技術やサービスを作っていきたいと考えています。
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