1日10分でいいから勉強しよう。専門家に聞く、リスキリングが注目される背景と実践方法
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1日10分でいいから勉強しよう。専門家に聞く、リスキリングが注目される背景と実践方法
金子 茉由
2023.06.06

2022年の流行語大賞にもノミネートされた「リスキリング」。技術の革新が進むなかで、エンジニアにも新たなスキルの獲得が求められる状況です。とはいえ、具体的に何をすべきかイメージが湧かない人もいるかもしれません。そこで今回は、元経済産業省でデジタル政策推進を担当した小泉 誠氏と、AI/DX人材育成の教育機関であるスキルアップAI株式会社代表取締役の田原 眞一氏の対談を実施。「リスキリング」の実態やエンジニアにおすすめの実践方法を伺いました。

小泉 誠氏

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株式会社リクルートに入社後、Eコマース・アドテクノロジー・業務支援・キャッシュレス決済等、常に新領域で経営企画・事業開発・戦略設計を行い、20を超えるサービスを担当。同社Airレジの事業企画責任者を経たのち、経済産業省へ入省。商務情報政策局 情報経済課にて産業横断でのデジタル政策を担当し、AI戦略、決済・契約等のデジタル市場インフラ、モビリティ・スマートシティ、デジタルID等の政策を推進。人材育成では令和元年度より「AIQuest」を立案し、約1000名の育成を実施。また教材作成に関するガイドライン等の整備も行う。現在は、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究所研究員やデジタルリテラシー協議会の運営等、産学官を横断して活動している。

田原 眞一氏

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東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。新卒でエンジニアとプロジェクトマネジャーを経験後、リクルートにて数多くのAI案件に携わる。2017年に『スキルアップAI』を開始し、企業へのAI教育サービスの提供、コンサルティングを実施。著書に「徹底攻略 ディープラーニングG検定 ジェネラリスト問題集」。JDLAの人材育成委員も務める。

DX政策推進に求められる「産学官」の連携

金子 茉由

まずはお2人のご経歴や、現在の活動内容を教えてください。

田原さん

私は新卒でテレビ局のオンデマンドサービスのSEやPM業務を経験し、その後リクルートに転職しました。リクルートでは「データサイエンティスト」というポジションをつくることをミッションに、多くのAI・データ分析案件に取り組みました。次第に学んできたことをプログラム化したいと思い、法人向けのDX人材育成事業を主体とするスキルアップAIを設立するに至りました。最近ではDX人材育成の一環として、デジタルスキルアセスメントツールの開発や中高生向けAIオンラインスクール、GX(グリーン・トランスフォーメーション)人材の育成事業にも注力しています。

小泉さん

私は元々リクルートでAirレジをはじめとするさまざまな新領域サービスの事業開発を担当していて、その後経済産業省に入省しました。経済産業省にてデジタルインフラ構築など未来型政策の策定に注力するなかで、社会のデジタル化を推進するには「産学官」を横断することが重要であることを痛感して。現在は、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究所研究員やデジタルリテラシー協議会の運営など、産学官を横断した活動を行っています。

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田原さん

当社は日本ディープラーニング協会(JLDA)の認定プログラム事業者なのですが、JLDAの活動を通じて小泉さんと連携する機会が増えたんですよね。

小泉さん

はい。デジタルリテラシー協議会が、全体像を描いて施策を設計する役割を担っているのに対し、具体的な部分、すなわち実際の企業での取り組みなどを推進するのがスキルアップAI社などの人材育成機関だと考えています。産業界の実態を把握する目的でも、いろいろと情報交換させていただくことが多いですね。

リスキリングが注目される背景

金子 茉由

昨今、さまざまな業界で必要性が叫ばれている「リスキリング」ですが、注目される背景について教えてください。

小泉さん

主に3つの理由があると思っています。

小泉さん

1つ目が、産業構造の変化です。デジタル技術を中心としたテクノロジーの進化により、タテ型産業構造からメッシュ型産業構造に移行するなかで、仕事のなかで求められるプロセスや価値基準が変わってくる。その変化に伴い、「人」も変わる必要があるということです。

小泉さん

2つ目が、労働需要の変化です。以前は「Software eats the world」と言われていましたが、いまや「AI eats the software」の時代です。そうした状況下で、1企業のなかでこれまでと同じ雇用量が確保されるとは限りません。だからこそ、「労働移動」の必要性が高まる。その労働移動のためのスキルを身につける目的で、リスキリングの重要性が増しているという現状です。ちなみに労働移動とは、転職だけを指すのではなく、会社内での役割の変化も含んでいます。

小泉さん

3つ目が、社会構造の変化です。人口減少などが進むことで、たとえば、今ある仕事がなくなったり、仕事の形態が変わってきたりする。そうした問題に対応するために、今まで取り組んでこなかった新たなスキルを身につける必要性が出てくると考えています。

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金子 茉由

一般的には「業務に必要な知識やスキルを新しく身につける」というイメージが伴うリスキリングですが、背景にはDX推進という概念があるわけですね。ちなみに、デジタル人材やDX人材育成というワードが一般化してきたのはいつごろでしょうか。

小泉さん

2019年頃だと思います。「IT人材」という言葉は10年以上前から使われていますよね。その後、政府が発表した『AI戦略2019』のなかで「AI人材」という言葉が登場し、世の中的にもAIに対する関心が高まってきました。それが今、「デジタル人材」として表現されているわけです。田原さんがスキルアップAIを設立したのも、ちょうどAI人材という言葉がトレンドになってきたころですよね。

田原さん

はい。当社が事業を開始したのが2018年ですので、まさにそのタイミングですね。

小泉さん

私も同時期に経済産業省に入省したのですが、AI人材育成というテーマに対して「自由にやっていいよ」という感じで任されて(笑)。これまでのキャリアで、「ヒト・モノ・カネ・情報」という経営資源のうち、「人」という分野に関しては未経験の部分も多かったため、大きなチャンスだと捉えて取り組んでみることにしました。

AI人材の育成課題は、“先生不在”?

金子 茉由

具体的に、どのような流れでAI人材育成プロジェクトを進めていったのですか?

小泉さん

まずは海外の事例の視察も含め、AI人材育成に携わるアカデミアの先生や事業者の方にアプローチしました。2か月間で100名ほどに話を聞いたかと思います。そこでみなさんが共通しておっしゃっていたことが、「AI人材の育成には、新しい方法が必要だ」、「先端領域は教える人がいない。教えられるのは先端を走っているエンジニアだけ」ということです。

金子 茉由

いわゆる“先生”がいない状態だったんですね。

小泉さん

はい。先生がいない状態でどう多くを育成するかという方法を民間企業で開発しようとすると、相当な投資が必要です。だからこそ経済産業省が主体で行う必要性があると感じ、財務省にかけあって予算を確保しました。そこで立ち上げたのが『AIQuest』という事業で、3年間で2,000人のAI人材を育成しました。当時の育成プログラムが、現在政府が進めているDX人材育成プログラムの基盤となっていますね。

金子 茉由

最近では、2022年に政府が「リスキリングに関する支援として、5年間で1兆円の投資」を行う方針を掲げましたが、そうした政策もDX人材育成領域では追い風になっているイメージでしょうか。

小泉さん

はい。ただ、そうした目標達成のために「何をするか」が大切です。DX人材育成と一口にいっても、何をすべきかイメージしづらいというのが現場の実態なのではないかと。

小泉さん

私自身、現在は産学官のハブ的な役割を果たすことを目的に活動していますので、今後も田原さんたちと協力しながら各企業レベルで「何を行うべきか」を提言していきたいと考えています。

1日10分の勉強で、リスキリングはできる

金子 茉由

実際に企業が主導でDX人材を育成する際に、どのようなことを念頭に置いて取り組むべきでしょうか。

小泉さん

デジタルリテラシー協議会としては、政府と連携して『DXリテラシー標準』というスキル標準を策定し、指針づくりに取り組んでいます。ただ、その際に壁となるのが「実践の結果がすぐに見えるものではない」ということなんですね。さらにデジタルリテラシーを身につけましょうといっても、全員に一斉に行うのは難しい。

小泉さん

私の感覚では、社内で30%程度の人がDXリテラシーを獲得していると、組織の雰囲気が変わってくると思うんです。また、『データサイエンティスト検定』や『G検定』というものがあるのですが、その検定に合格する人が各組織に10%程度いる状態が望ましいのではないかと考えています。

田原さん

そうですよね。私も各企業においてDX推進部だけが技術力を高めるのではなく、むしろDX推進部がハブとなって現場を巻き込みながら育成を進めていく必要があると思っています。

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小泉さん

「何を実施すべきか」という観点では、私は「社員のみなさんに、まずは1日10分間、デジタル領域に関する勉強をしてもらいましょう」ということをお話ししています。1日10分の勉強を半年間継続すると、20時間です。20時間あれば、ある程度基本的なIT、AI、データサイエンスに関する知識は身につくはずなんです。投資対効果は抜群ですよね(笑)。

金子 茉由

たしかに1日10分であれば、モチベーションも維持できそうな気がしますね。リスキリング推進に力を入れている企業の事例を教えていただけますか。

田原さん

私たちのお客様では、たとえばダイハツ工業様があげられます。同社は2023年1月に、「DXビジョンハウス」と「DX方針」を新たに策定しました。当社がご支援している人材育成に関しては、全スタッフ職に対し啓発研修を実施したのち、基礎研修/中級研修/道場というステップで希望者や選抜者に対するレベル別の教育を行っています。また研修以外にも、「AIアイデア相談会」や「AI活用相談会」を開催したり、「ダイハツAIキャンプ」という社内イベントを行ったりしているそうです。

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提供:ダイハツ工業株式会社
田原さん

自動車業界は現在100年に1度の変革期で、業界的にも変化が求められていて、アップスキリングが必要とされている状況です。既存の業務やスキルを活かしたうえで、どのようにデジタルなどの新しいスキルを活用するか。またそうした活用方法を考えられる人材をいかに育成するか、ということをテーマに実施されていますね。

スキルチェンジではなく、スキルアップ

小泉さん

ちなみに、私たちデジタルリテラシー協議会では「リスキリング」という言葉はほぼ使っていないんですよ(笑)。

金子 茉由

そうなんですか!

小泉さん

リスキリングという言葉は、どうしても「学び直し」という意味合いが強いんです。ともすると、今まで蓄積してきたスキルを放棄するというイメージにもつながりかねない。でも大切なのは、先ほど田原さんがダイハツ工業さんの事例でお話しされていたとおり、「今現在の業務につながる」「個人のキャリアアップになる」という観点なんですよね。なので、私たちもリスキリングではなく、「DX人材育成」といった表現を用いることがほとんどです。

田原さん

DXが必要だから取り組むという視点ではなく、自社に必要なものや個人として不足している知識を求めていったらDXに行き着いたという感覚が自然なのだと思います。

小泉さん

エンジニアの場合は特に、自分で手を動かせる人たちが多いですよね。また、問題解決の新たな手法を学ぶことが好きな方が多いように感じます。ですので、たとえば今ディープランニングの分野で何が起きているのかを学んだり、実際にチャレンジしてみたりといった取り組みが能動的にできるはずなんです。エンジニアの人たちにとっては、自分の仕事に紐づけて自ら情報や知識をアップデートしていく形のほうがふさわしいかもしれないですね。

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金子 茉由

なるほど、産業界一般ではリスキリングの考え方が馴染みますが、エンジニアの場合は会社からスキル獲得の場を提供するといったアプローチではなく、自らの意志でスキルアップを目指していくという方法がマッチしそうですね。

小泉さん

そうですね。これまで実践してきた言語や手法などをすべて書き換えるというわけではなく、プラスアルファの技術として新しく学んでいただくのがよいのではないでしょうか。

小泉さん

Webが発達した今の時代、DXスキルに関しては、「個人」が自ら主体的に学ぶこともまったく難しくない状況だと思っています。実際、インターネット上でも、データサイエンスに関して無料で学べるコンテンツも存在しています。先ほどお話しした「1日10分間」で構わないので、まずは気軽な気持ちで勉強していただけるといいですね。

ライター

金子 茉由
12年勤務した大手人材会社を退職後、フリーランスライターに転身。会社員時代からIT業界のクライアントとの相性がよく、さまざまなIT系企業の採用活動支援や、エンジニアのスキル開発・育成支援業務に携わってきた。いまの一番の関心ごとは、子ども向けプログラミング教育の未来について。
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