複業(副業)解禁が活発化している昨今、人材ポリシーに大胆にも「専業禁止!!」を掲げている企業があります。複業経験者が社内で6割を占める株式会社エンファクトリーです。複業的に他社を経験できる企業研修サービス「複業留学」も展開し、導入社数は25社を超えました。
積極的に推進している「専業禁止!!」の意図はどんなところにあり、自社の事業活動へどのような効果を生みだしているのか。今回は、エンファクトリー社で営業・広報を担当しながら、いくつかの複業を経験している松岡 永里子さんにお話を伺いました。
株式会社エンファクトリー
代表取締役社長:加藤 健太(CEO) 設立: 2011年4月1日 事業内容:オンラインショッピング事業、専門家マッチング事業、人材/組織開発支援サービス事業、プロジェクト開発受託事業・地域支援事業
エンファクトリー社の人材ポリシー「専業禁止!!」とは?
「専業禁止!!」はとても大胆な人材ポリシーですが、どういった思いが込められているのでしょうか?
今は「VUCA」と呼ばれるように、不確実なことが多く将来の予測が難しい時代です。そういった時代背景を踏まえ、専門性を高めることは必要でありつつも「1つの会社やスキルに固執するのではなく、自分自身の力で生きていける力を身につけよう」という思いで「専業禁止!!」のポリシーは生まれました。
ただ、「必ずしも全員が複業をしなくてはいけない」という意味ではありません。例えば、子育て中の母親は家庭と職場で2つの役割を担っていますよね。仕事に関わらず会社の組織外でも色々な役割を持つ、という意味で、「専業禁止!!」を掲げています。実際に6割以上の従業員に複業経験があり、「専業禁止」を推進しています。
なるほど、2つ以上の役割を持つことで視野が広がるという意図でしょうか?
ええ、私たちは副業を「複業」だと考えており、パラレルにさまざまな役割を持つことで自分を客観視できたり、必要なスキルを随時アップデートできたりすると考えています。
複業のルールや申請はどのように設定されているのですか?
複業を始めるにあたって、申請は一切必要ありません。基本的にはルールもないのですが、唯一の決まりとして、複業での気づきや内容を情報共有することが必要になっています。当社が開発したプラットフォーム(Teamlancerエンタープライズ)内でどんな複業をしたのかを入力してもらっています。その投稿に関心を持ったメンバーが返信したり、新たなオファーがあったり、社内のつながりが広がっていきます。
複業の内容はどういったものが多いのでしょうか?
社内にエンジニアやデザイナーが多いので、そのスキルセットを活かしながら講師の仕事をしているメンバーもいます。その一方で、全く本業とは異なる仕事をしている人も。ペットの洋服を作ってECで販売したり、ミュージシャンとして活動したり、自由にパラレルワークを実現しています。私自身もエンファクトリーでは営業・広報の仕事に従事していますが、複業ではキャリアコンサルタントやWebマーケティングの仕事をしています。
複業での経験が本業に活きるなどの実感はありますか?
そうですね。私が複業のキャリアコンサルタントとして会社員の方々の悩みを聞いていると、大きな組織におけるリアルな課題感を聞けるので、それが本業の法人営業に活きていると感じます。また、社内ではマネジメント業務がメインなので、いちプレイヤーとして動ける複業は刺激になりますね。仕事へのモチベーションが高まり、メンタル面で本業とのバランスが取りやすいです。
エンジニアの方々も、経験と年齢を重ねてシニアになるとPM的な役割が増えて、自らコードを書くことが減っていくと思います。特に大企業で働く方からは「自分のスキルが陳腐化していくのでは」という不安を聞くこともあるので、複業でコードを書いたりするのはスキル面でのバランスを取ることにもつながるのではないでしょうか。
たしかにそれはエンジニアにとって良さそうです。
その他にも、複業で会社を設立して新たなサービスを展開しているメンバーもいますね。
すごい、複業で起業というのは驚きです!
私たちは自分たちの会社を「自己実現ターミナル」だと捉えています。一人ひとりのメンバーと会社がお互い誠実に振る舞うことによって、所属していても離れていても共に利益のある「相利共生」の関係が続いていくことが理想だと考えています。
その取り組みの一貫として、エンファクトリーでは退職もしくは独立、起業した社員が任意で「フェロー」を選択できます。退職後も私たちと一緒に仕事をしたり、勉強会の講師として来てもらったり。そのため、社内のメンバーと入社時期が重なっていなくても、個人的なつながりを持っている社員が多いんです。
なるほど、辞めた後もポジティブな関係が続いているのですね。
越境学習×ピアラーニングサービス「複業留学」
エンファクトリー社は自社の取り組みだけでなく、サービスとしても「複業留学」というサービスを展開しているそうですね。こちらのサービスの背景も伺えますか?
元々私たちの部署・ライフデザインユニットは、社内の情報共有プラットフォーム「Teamlancerエンタープライズ」の企画・販売を目的に立ち上げられました。しかし、さまざまな情報をオープンにすることが難しい組織も多い中で、まずは企業の風土を作っていく必要ではないかと考え、自社でも推進してきた“複業を通じた人材の成長”にフォーカスしたサービスを生み出したのです。そこから2020年7月に「複業留学」というサービスが生まれました。
具体的にはどんなサービスなのでしょうか?
自社業務を行いながら週1程度3ヶ月間ベンチャーの一員として課題解決に取り組む「複業留学」には大きく3つの特徴があります。
1つ目に、複業を実際に経験している“越境”経験者がサポートをするということ。“越境”は元々仏教用語で「物事の境目を超えることで変化が生まれる」という意味合いで、越境学習という言葉があります。普段やっている本業の仕事がホームだとして、複業先はアウェイ。ホームとアウェイを行き来しながら葛藤したり、スキルアップしたりしていくことで、自己が広がったり、客観視できるようになったりすることが「複業留学」の特徴です。
2つ目に、社員の仲間と経験を共有するピアラーニングを実施するということ。ピアラーニングとは、対話をとおして学習者同士が互いの力を発揮・協力し学ぶ方法です。弊社でも「専業禁止!!」を掲げたことで、仲間の影響を受けながら、じわじわと複業経験者が増えていきました。人は誰しも身近な人の影響を受けるため、複業留学の経験を社内に広げていくピアラーニングを取り入れています。
3つ目に、所属企業・部署の負担が少なく実施できる研修であるということ。他部署への異動などはいろいろと調整が必要ですが、「複業留学」は本業を変えずに本業とは異なる経験をすることができます。素早く・負担が少ない中で社員に新しい経験やスキルを身につける機会を提供できるサービスとなっています。
留学先はどのような企業になるのでしょうか?
IT系のベンチャーやスタートアップが多く、受け入れ先は今230社ほどあります。50名以下の少数精鋭のスタートアップから、300名規模の大きめの組織まで、さまざまな企業とのマッチングを支援しています。
若手社員からシニア層まで、新たな視点を得られる研修
実際に導入される企業はどのような課題感を持っていることが多いですか?
導入のケースは大きく分けて4つあります。
1つ目に、若手社員の能力開発とエンゲージメント向上。「成長する機会を社内で作れない」、「人事異動の機会が限られている」などの課題を持っており、ベンチャーに行くことで新たな学びや気づきを得たいと考える人が多いです。
2つ目に、マネージャー候補である中堅社員。慣れ親しんだ会社とは異なる環境でチャレンジすることで、新しい考え方や柔軟な思考を身につけたいと思っている方たちですね。
3つ目に、ミドル・シニア層を対象にモチベーション低下の改善を目指してご利用いただくケース。年齢や勤続年数と共に、働くモチベーションが段々と低下してしまう中で、新たな刺激を求めて参加される方も多いですね。自分のスキルを活かすことで自分に自信がついたり、主体的なキャリア形成につながったりしています。
4つ目に、イノベーションの風土を醸成するために導入するケース。例えば、歴史のある製造業界では、仕事が細分化されて特定の部品だけを製造しているような方も多くいらっしゃいます。そうすると自身の視野が狭くなり、市場感や顧客ニーズを捉えることが難しくなっていきます。そのような状況でベンチャーやスタートアップに行くと、いつもとは違う環境に刺激を受け、イノベーションへの意欲や視点が湧いてくるというわけです。
さまざまな課題に応えられるということですね。参加希望者と受け入れ先をどのようにマッチングしているのでしょうか?
参加希望者にヒアリングをし、留学先に求めることと、留学先のベンチャー企業の課題をマッチングするようにしています。留学先に求める条件は、「ベンチャーのスピード感を体感したい」、「経営層の考え方を身につけたい」など本業では体験できないことを求める方が多いです。
一方、受け入れ先の企業からは、「緊急度は高くないものの重要度の高いミッション」を担って欲しいというニーズが高いです。「広報専任の担当がいないので社外広報を企画から実施までして欲しい」などの要望も寄せられますね。
エンジニアの「複業留学」では、どのようなマッチングがありますか?
例えば、ある大企業で働いていたエンジニアの方は、ロボットを作っている会社に「複業留学」しています。そのときは、従来手動で行なっていたテスト用プログラムを組むことをミッションとしました。緊急度は高くないものの非常に重要な業務だったため、企業側として満足度が高かったようです。エンジニアの方もスピード感のあるスタートアップで、「ダメならすぐに直す」というアジャイルな開発を経験できて「とても発見が多かった」と言っていただけました。
また、別のエンジニアは、大手とスタートアップの「仕事の生み出し方の違い」に刺激を受けたと話していました。大手企業で働いていると、「仕事がどんどん降ってくる」という感覚だったそうですが、スタートアップに行き「一つの仕事を獲得する大変さ」を実感。クライアントを今まで以上に大切にする気持ちが生まれたそうです。
なるほど、複業先で得た気づきを本業に生かすことができるということですね。
キャリアのみならず「生き方」をデザインできる世界へ
複業を認める動きは多くの企業で活発化しているものの、いざ解禁しようとすると課題も多いと思います。
そうですね。複業解禁における課題を解決するため、私たちは複業の申請・共有ができるプラットフォーム「副業特区」を展開しています。「副業特区」では副業の申請・残業の通算時間の計算・情報共有等が可能になります。
プラットフォームを提供するだけでなく、複業を許可する業界・職種をどのように設定するべきか事例を元にご案内したり、複業解禁を社内に浸透させるためのコンテンツ拡充を支援したりしています。
なるほど。「複業留学」や「副業特区」でも複業解禁へハードルが高いと感じている企業は、どうすればいいのでしょうか?
その他にも「複業留学」よりライトに導入できる研修サービスとして、「越境サーキット」、より人材育成要素の強い「越境コンソーシアム」をご用意しています。「越境サーキット」は、複数企業からの参加者3〜5人がチームになって、ベンチャー企業の課題を解決するプログラムとなっており、内向きの組織に外とのつながりや新たな発見をもたらしたい時におすすめです。
「越境コンソーシアム」は、プロジェクト単位で行う企業間の人材育成活動です。ベンチャー企業の課題解決が目的ではなく、参加者たちが抱えている大手企業の自社課題に対して、他企業のメンバーと一緒にチームで課題解決に取り組みます。より人材育成にフォーカスをしたい時に効果的です。
企業のニーズに合わせて、いろいろな研修サービスを選べるということですね。最後に、越境の普及によって、どのような世界を目指しているのか教えてください。
私自身、新卒で入った会社で目の前の仕事だけにフォーカスし、思い詰めてしまった経験があります。そのときに外に目を向けて視野を広くできていたら、新たなつながりを生み出してより良い働き方ができていたかもしれません。
一人ひとりが自分のキャリアや「生き方」をデザインできるように、複業などの情報をオープンにして“越境”することは重要だと考えています。生きていくなかで大半を占める「働く」が良くなれば、みんながより良く生きていけるはずです。さまざまな人が“越境”し、影響しあうことで高め合っていける、そんな世界を目指していきたいと思います。
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