全国のITエンジニアが、1年を振り返っておすすめの本を選ぶイベント「ITエンジニア本大賞」。全国のエンジニアからのWeb投票で技術書・ビジネス書のベスト10を選出。その後特に投票の多かった6冊によるプレゼン大会と視聴者の最終投票によって、「技術書大賞」と「ビジネス書大賞」を決定します。
記念すべき10回目の開催となった「ITエンジニア本大賞2023」でも、仕事の役に立った本、ビギナーにおすすめの本、ずっと手元に置いておきたい本など、エンジニアにとって必読の書籍が選ばれました。本イベントで大賞に輝いたのは、どんな書籍なのか。2023年2月に行われた著者・翻訳者のアツいプレゼン大会を、特別ゲストのコメントと共に振り返ります。
開催期間:2022年11月11日(金)~2023年2月9日(木) 対象作品:技術書、ビジネス書全般。出版社や刊行年は問わず、この1年を振り返っておすすめしたい書籍。 ※過去の大賞受賞書籍は除く
(プレゼン大会は、2月9日にオンライン開催された総合ITカンファレンス「Developers Summit 2023」内で開催)
主催:翔泳社
『競技プログラミングの鉄則』(技術書部門)
『競技プログラミングの鉄則 アルゴリズム力と思考力を高める77の技術』 米田優峻 著 / 出版社:マイナビ出版
みなさんは「競技プログラミング」あるいは“競プロ”という言葉を聞いたことはありますか?ロボットやWebアプリを作るんじゃないか、あるいはAIの性能を競うんじゃないか、そういった大会を想像する人もいらっしゃるかもしれません。実際の競技プログラミングは、プログラミングの問題を解く大会です。エンジニアの方が就職や転職で取り組む「コーディング試験」を想像するとわかりやすいです。
「競技プログラミング」には主に2つのメリットがあります。1つ目は、たくさんの重要なスキルが身につくこと。例えば、C++やPythonなどのプログラムを早く正確に書くので、実装力を身につけることができます。2つ目に、アルゴリズムや計算量といった重要な知識、論理的思考力、数学的思考力といった考える力が身につきます。
しかも、一般的なスキル本などとは違い、ゲーム感覚で楽しみながらこれらの能力を高められるのです。近年では累計40万人以上の人が競技プログラミングに参加し、注目を集めています。
本書は一言でいうと「競技プログラミングの教科書」です。“競プロ”でよく出てくるアルゴリズムの知識や考え方、典型的な考え方を解説しています。そして、この本の特徴は何と言ってもフルカラーでわかりやすいこと。
例えば、こちらの図は本の2ページを取り出したものですが、かなり図があることがわかります。ちなみに、本書の全体で図が何個あると思いますか?なんと320個です。ここまで多くの図が載っていて、わかりやすく『競技プログラミング』のことを学べる本は、そんなに多くないと思います。小学生でもすんなり理解できるよう、わかりやすい本を書くことで、日本の技術力向上にも貢献できると思って本書を執筆しました。
みなさんはプログラムの実装力を上げたいと思ったことはありますか?アルゴリズムが使えるようになりたい、論理的思考力を上げたいと思ったことはありますか?エンジニアとして普遍のテーマでもありますが、これらは全て競技プログラミングで解決できます。
『ソフトウェアアーキテクチャの基礎』(技術書部門)
『ソフトウェアアーキテクチャの基礎』 Mark Richards、Neal Ford 著/ 島田 浩二 訳 / 出版社:オライリージャパン
本書はタイトルにあるように、ソフトウェアアーキテクチャの領域で必要とされる知識や技能の基礎を網羅的に扱った書籍になります。基礎的な考え方からさまざまなソフトウェア構造の解説、そしてソフトスキルや実践的なテクニックまで、幅広いトピックを扱った書籍になっています。
本書は決して派手なトピックを扱った書籍ではないわけですが、それにも関わらず出版後に大きな反響をいただくことができました。その要因について私が考えるには、世情としてソフトウェアアーキテクチャの重要性が改めて認識されるようになり、多くの組織において課題として認知されてきている状況があるのではないかと思います。
ソフトウェアアーキテクチャが多くの組織で課題になってきている背景には、企業内における情報システムの数が増加し、範囲が広がり続けていることがあげられます。システムが巨大で複雑になるほど、それを安定させるにはソフトウェアシステムの統一的な構想・戦略構造が必要になるからです。
また、ビジネスにおけるソフトウェアシステムの重要性が増すにつれて、ビジネス側からの要請の量やスピードがシビアになります。機能をデリバリーすることだけにフォーカスしすぎると、ソフトウェアシステムは容易にその構造を失って破綻してしまうことも考えられます。
本書はそういった課題にエンジニアとして向き合う「入口」として、最適な一冊です。ソフトウェアシステム全体を適切な状態に保つことは、ソフトエンジニアの大事な責務だといえるでしょう。みなさんがシステムの改善に向けて進もうとするとき、本書が少しでも支えになってくれればと願っています。
『良いコード/悪いコードで学ぶ設計入門』(技術書部門)
『良いコード/悪いコードで学ぶ設計入門―保守しやすい 成長し続けるコードの書き方』 仙塲大也 著 / 出版社:技術評論社
本書は変更容易性に関する設計入門書です。変更容易性とは、ソフトウェアの品質特性の一種であり、どれだけ素早く正確にコード変更が可能かを示す指標です。開発生産性に大きく影響を与えます。変更容易性の低いコードは技術的負債となり、開発生産性が低下してしまいます。
この本はプログラム構造の変更容易性を高め、技術的負債を作り込ませない設計ノウハウを解説しています。実は今まで変更容易性の設計を取り扱った書籍はいろいろあります。しかし、それらを読みこなすには一定のスキルや経験が必要でした。というのも、設計スキルにおいて初級と中級の間には、とてつもなく大きな“谷”があるからです。
エンジニアにとって、この“谷”を渡るのは非常に大きなハードルです。私はこの初級と中級との間をつなぐ橋渡しの役割を担うべく、この本を書きました。そのため、本書では初学者が陥りがちな多くのアンチパターンを取り上げています。
それぞれのケースについて、まず問題のあるコードを提示して何が問題か、なぜ問題となるのかを解説。そして、変更容易性の高いコードや設計を提示し、どのように問題解決されるのかを説明しています。サンプルコードを豊富に用意しているので、コードベースで理解することができます。
変更容易性を高めることは、社会的にも非常に重要なテーマとなっています。経済産業省によると、2025年以降に技術的負債によって毎年12兆円以上の経済損失が生じるそうです。これは喫緊の課題であり、バケツの底に穴が開いているような状態だといえるでしょう。技術的負債が多くなることでバグが増大し、開発費が高騰。新機能のリリースが難しくなり、プロダクトが利益を生み出せなくなります。こうなると、一握りの強いエンジニアだけで対処することは難しいでしょう。
このような課題を解決するのが、『良いコード/悪いコードで学ぶ設計入門』です。本書は初学者も手に取りやすく、みんなで強くなっていくことができます。多くの方の設計基礎力が強化されることによって、技術的負債を解消し、開発コストが低減し、利益体質の改善が期待できます。
最後になりますが、私は「昔の自分を助けに行くつもり」でこの本を執筆しました。私には、ある炎上プロジェクトの負債に苦しめられた、とてもつらく厳しい経験があります。「あのとき、こんな本があったらどんなに助かっていただろう」、そんな思いがたくさん詰まった本です。当時の私と同じ境遇で苦しまれている方に、ぜひ届いてほしいと願っております。
みんなが「IT関係の仕事をしていて良かった」と誇りを持てるような未来を、この本と共につくっていきましょう。
本書はプレゼン大会を視聴されたみなさんによる最終投票で、「技術書部門大賞」に選ばれました。投票理由や感想コメントの一部を抜粋します。
- 初級者から中級者への橋渡しとしてとても良い本だと思った。
- 自身がスパゲティコードによるデスマーチを体験してきたので、この本が普及することによって少しでも辛い思いをされる方が減ることを願っている。
- 「みんなで強くなる」「昔の自分を助けに行く」といった著者の思いが伝わった!
『エンジニアリングマネージャーのしごと』(ビジネス書部門)
『エンジニアリングマネージャーのしごと』 James Stanier 著 / 吉羽 龍太郎、永瀬 美穂、原田 騎郎、竹葉 美沙 訳 出版社:オライリージャパン
本書は4名で翻訳していますが、冒頭導入部は私が担当しています。話は主人公がエンジニアリングマネージャーとして、入社した初日から始まります。その会社は自由な雰囲気のテック企業で、ピンポン玉が床を転がっていたり、キックボードで社内を横切る人がいたり。そして、ホワイトボードには恐ろしく下手な馬の絵とともに「こんにちは!よろヒヒーン」と書いてあるんですね。
このメッセージについて、元の文章は“Hello new neigh-bor!”で、neigh(馬のいななき)とneighbor(隣人)をかけた高度なダジャレです。それを「よろヒヒーン」と翻訳させていただきました。程度の差こそあれ、テック企業に転職した人にとって、カルチャーギャップは起こりうることではないかと思います。
ここから本書の中身を説明していこうと思います。まず最初のテーマとして、テック業界がスキルの危機に瀕していること。なぜかというと、元々コードを書いていた人たちがキャリア形成の中でマネージャーになっただけで、そのための教育も受けていないしやり方もわからない。しかも、給料を上げるために仕方なくマネージャーになる人もいるような現状から始まります。これは日本だけではなく世界共通の問題なんですね。
エンジニアリングマネージャーが難しいというのは、私も技術者組織を仕切っていたときに経験しています。当時のことを思い返すと課題が山積みで「こんな本があればよかった」と思ってしまいます。
共感できる主人公のエピソードはいろいろあるんですけど、冒頭のカルチャーギャップから始まり、本当は現場でやっていたかったのにキャリアが上がってマネージャーになる必要があったり。また、今までの経験から「評価される側」の気持ちがよくわかるので、「評価する側」になった自分に抵抗を感じることもあります。しかも、主人公はコミュニケーションが得意ではないので、1on1の話題に困ってググったりします(笑)。
とにかくエピソードが豊富なので、マネージャーになったけど向いていないと感じている人や、自分と部下の将来に不安を感じている方など、幅広い読者に寄り添う本です。
主人公が直面するさまざまな課題に対しては、作者が的確にアドバイスをしてくれます。自分のマネージャーとしての経験を踏まえて、ツール紹介やタスク管理の重要性などをわかりやすく教えてくれるんですね。エンジニアリングマネージャーの背中を押してくれる素敵な読後感なので、ぜひ読んでいただければと思います。
本書は特別ゲストの小城久美子さんが「特別賞」に選出。おすすめの理由について次のようにコメントしていました。
小城さん:成果物が見えるエンジニアからマネージャーになると、見えづらいことが多くなり、課題を感じることも多いのではないでしょうか。そんなときにこの本を読めば、より良いエンジニアリングマネージャーを実践するためにはどうすればいいのか、考えるきっかけになります。自身の内省にも使える一冊ではないかと思います。
『チームトポロジー』(ビジネス書部門)
『チームトポロジー 価値あるソフトウェアをすばやく届ける適応型組織設計』 マシュー・スケルトン、マニュエル・パイス 著/原田 騎郎、永瀬 美穂、吉羽 龍太郎 訳 出版社:日本能率協会マネジメントセンター
まず、「チームトポロジー」について説明しようと思います。顧客に素早く安定的に価値を届けることが、変化の速い現代社会において非常に重要ですが、「チームトポロジー」はそれを実現するための組織モデルです。適用型の組織設計モデルのパターンなので、チーム内で共通理解を形成しやすい点が特徴です。チームの目的や責任を明確にして、組織内のやり取りの仕方も定義していくので、マネージャー・リーダーなどシニアレベルのエンジニアにも役立ちます。
その根底にある考え方は、「コンウェイの法則」に逆らってはいけないということです。システムを設計する組織は、そのコミュニケーション構造をそっくり真似た構造設計を生み出すというのが「コンウェイの法則」です。1960年代に提唱された法則ですが、これは今でも適用できることです。この考え方を踏まえて、組織を作るための戦略をとっていくことが、本書の趣旨になります。
本書の中で特筆すべきことは、チームの形とチーム同士のコミュニケーションのモデルを、4つのチームタイプと3つのインタラクションモードに見える化していることです。
この図のなかで、「ストリームアラインドチーム」っていうのは価値をエンドツーエンドで直接届けるチーム、「イネイブリングチーム」はスキルを身につけてもらうために支援をするチーム、「コンプリケイテッド・サブシステムチーム」は複雑なサブシステムをブラックボックス的に扱うチーム、それから「プラットフォームチーム」っていうのは共通基盤みたいなチーム。
この4つのチームに分解し、3つのインタラクションモードでお互いがコラボレーションしていく。そして、片方が片方をサービスとして使う、なるべくコミュニケーションを少なくするものと、それからスキルトランスファーのようにやっていくことが肝になります。
「チームトポロジー」のモデルを使うと、チームやコミュニケーションを見える化できるんですね。自分たちのプロダクトが今どのような構造になっているのかを、AWSやAzureの構成図のように共通理解を形成することもできます。
現在、いろいろな会社で「チームトポロジー」の活用が進んでいます。少しググっていただければ、さまざまな事例を見ることができます。また、チームトポロジーの日本語版のインフォグラフィックも用意しており、「すぐにわかるチームトポロジー」と「チームトポロジーの始め方」を公開。YouTube動画などもあるので、本書と合わせてぜひご覧になってください。
本書は特別ゲストの角谷信太郎さんが「特別賞」に選出。角谷さんはプレゼン大会前からこの本をおすすめしており、以下のコメントを寄せていました。(以下は「ITエンジニア本大賞2023」公式ページより抜粋)
アジャイル、リーン、DevOpsムーブメントの教訓は、現代のソフトウェアのデリバリーでは動的な適応が求められることと、組織的にデリバリーするソフトウェアの構造は依然として「組織の構造をそっくりまねたものになってしまう」というコンウェイの法則の下にあることです。本書が提唱する、従来型の静的な「組織図」に代わる、チームを基本単位とした動的な「トポロジー」のモデルは、現代のソフトウェアをデリバリーする組織構造の編成に役立つ手応えを感じています。
『メタバース進化論』(ビジネス書部門)
『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』 バーチャル美少女ねむ 著 / 出版社:技術評論社
現在、オンラインの3次元仮想空間メタバースが、世界的に非常に注目を集めています。全世界で数百万人の人がメタバースの世界で1日に何時間も過ごして人生を送っており、そういった人のことを俗に“メタバース原住民”と言ったりしています。
私もその1人で、メタバースの新たな文化を伝える活動をしています。今どのようにプレゼンをしているのかというと、VRゴーグルみたいなのをかぶって、このキャラクターの視点で全身でプログラムの世界に入ってお届けしています。
私の顔に注目してもらいたいんですけど、目や口の動きはもちろん、体の動きも全身に取り付けたセンサーでリアルタイムに検出し、自分の体とアバターを全く同じように動かしています。指の1本1本に至るまで自由自在に動かせるようになっており、全身でインターネットの世界に入って生活しているんです。しかも、メタバースの世界では、このような広大な空間を自由に生成することができます。
私がこの本を出版した理由は、メタバースが誤解されているからです。投資的な観点からWeb3やNFTなど全く違うものと同じカテゴリーで一緒に語られてしまうことが多い。一般の方からすると、メタバースを理解することが非常に難しい状態になっています。
メタバースは、単なるITの新しいトレンドやバズワードでは決してありません。メタバースは、「人類400万年の歴史を覆す革新」だと考えています。それを証明するために、全世界のメタバースユーザー1200名を対象に、全世界初の生活実態調査を実施しました。この調査で、メタバース原住民の驚くべき生態が明らかになりました。
例えば、メタバース原住民が使っているアバターですが、中の人の性別に関わらず、女性型アバターを使っている人がなんと80%も存在します。さらに、人間だけではなく植物や犬になって生活している人も。また、メタバース内で恋に落ちる時に相手の中の人の性別を気にしない人が75%もいらっしゃることがわかりました。
本書では、メタバースの革命を3つにまとめています。1つ目は、自分自身のあり方を自由にデザインできる「アイデンティティの革命」。2つ目は、年齢・性別、肩書きにとらわれない本質的なコミュニケーションが加速していく「社会・コミュニケーションの革命」。そして3つ目は、個人のクリエイティブを開放し、無限の空間資源を使うことができる「経済の革命」です。
メタバースとはつまり、「人類の新しい進化」と呼ぶべきイノベーションだと私は考えています。私が自分の足でメタバースを歩いた経験や、大規模調査のデータ、そして私のこれまでのメタバース人生を全て詰め込んだ集大成がこの本です。
メタバースはまだ発展途上で、これから作っていかないといけないものが山ほどあります。本書をきっかけに本当のメタバースを知っていただき、ぜひ一緒に人類の新しい未来、次の新しい進化を作っていきましょう。
本書はプレゼン大会を視聴されたみなさんによる最終投票で、「ビジネス書部門大賞」に選ばれました。投票理由や感想コメントの一部を抜粋します。
- メタバースを外から語る人は多いけれど、原住民の視点で、なおかつメタバースで人生を送ることの意味と可能性をVtuber草分け時代から考えてきた著者だからこそ書けた一冊だと思う。「ソーシャルVR国勢調査」から得られたソーシャルVRの実態と、後半の「身体からの解放」に関する考察が興味深かった。
- 将来はメタバースの世界で仕事やコミュニケーションすることになりそう!
- 「メタバース」の悪いイメージを払拭するような、素晴らしいプレゼンだった。
「ITエンジニア本大賞2023」において、最終選考まで残った6冊はいずれもエンジニアにとって必読の名著だといえるのではないでしょうか。ぜひ内容を参考にして、日々の仕事に生かしていただければと思います。
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