海外からも人気の高い日本のマンガ作品。一方で、例えば「ウェブトゥーン(縦スクロールのデジタルマンガ)」市場が韓国で爆発的に伸びるなど、デジタルとの融合という面では後れを取る場面もありました。そのようなマンガ×テクノロジー市場に一石を投じたのが株式会社コミチです。マンガDXの推進に向け、数々の新たな取り組みを進める代表取締役の萬田 大作氏に、テクノロジーの活用に至った背景や今後の展望などを伺いました。
萬田 大作氏

株式会社コミチ代表取締役CEO。大学卒業後、ナビタイムジャパンで経路エンジンの開発に携わったのち、フューチャーアーキテクトでITコンサルタントを務める。その後、リクルートで複数の新規事業開発を担当。クリエイターエージェンシーのコルクで取締役CTOを経験後、2018年に株式会社コミチを創業。
『マンガを世界に知らしめる』をミッションに、Web漫画誌『ビッコミ』『ヤンチャンWeb』『ヤングアニマルWeb』『ヤンマガWeb』、投稿サイト『コミチ』など17メディアを運営。現役エンジニア。
テクノロジーで、マンガ業界に変革を

萬田さんは大のマンガ好きと伺っています。マンガを読み始めたのはいつごろですか?

小中学生のときには、ジャンプ・マガジン・サンデー・チャンピオンの4大少年誌はすべて回し読みしていました。当時はジャンプの全盛期だったんですよ。ただ、そのときは単にマンガが好きで、いろいろな作品を読み漁っていただけでした。まさか自分が将来マンガに関わる仕事に就くとは思っていなかったですね。

その後、キャリアのスタートはエンジニアだったそうですね。

はい。高校時代に、G・パスカル・ザカリーの『闘うプログラマー』という本と出会ったことをきっかけに、エンジニアを目指すようになりました。大学でもソフトウェア工学を専攻し、いつかは「プログラマーとして事業を立ち上げてみたい」と考えるようになったんです。

その思いが「マンガ×テクノロジー」という事業の立ち上げにつながったのですね。

そうですね。特に前職で、クリエイターエージェンシーであるコルク社に参画したことが大きかったですね。コルク社は作品を編集の力で伸ばしていくことをミッションに事業を展開しています。でも、僕自身は編集というよりも、エンジニアリングやデータ分析に強みを持った人間なので、別で事業を立ち上げたいと思うようになったんです。そこで、「テクノロジーを用いてマンガ業界を支援する会社を作る」ビジョンのもと、コミチを創業しました。
マンガ家や出版社が業務に専念するために


マンガにテクノロジーの観点を用いるとのことですが、具体的にはどのようなアプローチをしてきたのでしょうか?

まず、僕らのミッションは「マンガ家さんの成功」と「出版社さんの課題解決」を達成することです。そのために、必要なテクノロジーをいかに業界に適用していくかという観点で取り組んでいます。

例えば、当社ではマンガD2C(マンガ家向け投稿販売プラットフォーム)事業として『コミチ』を、マンガSaaS(出版社スタジオ向けWeb雑誌制作ツール)事業として『コミチ+』を展開しています。『コミチ』は、ボタンひとつで「縦スクロールマンガ」に変換できる機能を備えるなど、マンガ家さんがマンガを描く“以外の仕事”を支援するシステムが特徴です。

マンガ家さんたちが本来業務に力を入れられる環境づくりを目指しているのですね。

はい。当社では「マンガ愛を育む」という行動指針を掲げていますが、まさにマンガ家さんをリスペクトし、編集部につなげる場を作りたいとの思いでサービスを提供しています。

『コミチ+』についてはいかがですか?

『コミチ+』は出版社やウェブトゥーンスタジオ向けに、Webマンガ誌の制作・運用支援を行うツールです。出版社には、マンガ家さんに寄り添って、良いマンガを作る使命があります。それ以外のシステム的な業務を当社が請け負うことで、出版社にとっては編集業務に集中できるメリットがあります。

当社はすでに17サービス程度のマンガのプラットフォームを運営しているため、それらの経験で得られた知見を活かし、確実にWebメディアのグロースを行うことができます。また、『コミチ+』はSaaSツールである点や、作品の読者層や読了率などのダッシュボード機能が標準で付いている点などから、高い満足度を得ています。

一方で、実際に出版社がマンガ家さんから原稿を受け取ると、さまざまな業務が発生します。例えば「原稿を本にして、書店(リアル・デジタル)に配信する業務」「書店と交渉して、作品を販促する業務」「IP化=2次利用に関する業務」「バックオフィス業務(著作権の管理・印税の管理や支払い)」などです。特に「IP化」の部分は「紙のマンガ単行本のグッズ化」などに力を入れつつ、各プロセスにおいてさらにDXを進める支援に取り組んでいるところです。
最適なプロダクト開発の背景にあるエンジニアリング思考

さまざまなテクノロジーを用いてマンガ業界のDXを推進しているコミチ社ですが、なぜこれらの変革が実現できているのでしょうか?

先ほどお話しした「マンガ愛を育む」のほかに、当社では「エンジニアリング思考を持つ」という行動指針を掲げています。そのような考え方が現場に浸透しているからこそ、技術の変化にも柔軟に対応しながら、最適なプロダクトを開発できているのではないかと思います。

「エンジニアリング思考」とは具体的に?

当社では「最適主義」「アジャイル主義」「データ主義」「失敗主義」の4つを「エンジニアリング思考」と呼んでいます。例えば「アジャイル主義」に関しては、小さく機敏に改善していくことを重視したり、失敗やリスクを許容する姿勢を大切にしています。

また、「データ主義」については、会社のオフィス内にサイトの分析データを映したモニタを設置し、作品がバズった瞬間にすぐに分かるような仕掛けを取り入れています。ほかにも、データを取得するための取り組みにはかなり積極的で、インフラの状態を可視化する「Datadog」や分析観点では「Googleアナリティクス360」など、各種ツールにコストをかけています。「最適主義」にも通じますが、多方面からのデータがあればあるほど、何か問題が起きたときにすぐに改善行動につなげることができるんですよ。


なるほど。経営者の萬田さんご自身がエンジニアであることも、エンジニアリング思考を実践できる大きな要因になっていそうですね。

そうかもしれないですね。僕自身、いろいろなツールを率先して使っていますし、今でも毎日のようにコードを書いています。障害が起きたときは、最前線で対応していますよ(笑)。でも、現場感を持っているからこそできることがたくさんある。結局僕らは「正しいか」よりも「使えるか」を大切にしているんです。形式ではなく直感を大事に、使える技術を活かしていくことで、あらゆる物事の解像度を高められると感じています。
目指すは、マンガ版のShopify


今後の展望を教えてください。

『マンガ版Shopify』のアーキテクチャを実現することを目指しています。現在はShare everything方式を採用していますが、Databaseをどんどん分離し、いずれはShopifyのように複数のメディアが同時に動く「マルチテナントアーキテクチャ」の形にできればと考えています。

というのも、単体のWeb雑誌運用であれば、シングルテナントで対応が可能です。ただ、コミチはお陰様で数億PVを達成しました。今後も事業拡大をしていくためには、大規模なトラフィックをさばき、各サービス独立でユーザー体験を維持しなければなりません。そのためにもマルチテナントへの対応が必要不可欠な状況です。

加えて、コミチでは「マンガを世界に知らしめる」というミッションを掲げています。今後は「世界」を視野に入れたサービスも展開していくのでしょうか。

その予定です。マンガはアニメと異なり、国内市場に閉じがちな側面がありますが、実は世界的に見るとマンガの市場はどんどん拡大しています。2023年には2.1兆円程度の市場が、2030年には6.6兆円程度になる見込みとも言われています。僕らもそこにチャレンジしていきたいですし、そのためにはWebを中心とする国内市場だけでなく、海外向けのサービスやグッズなどにも注力していきたいと考えています。

それは興味深いですね!

ちょうど去年、アメリカと韓国の視察をした際に、ウェブトゥーン式(縦スクロール式)のマンガよりも、日本式の版面マンガ(横読みのマンガ)のほうが市場が大きいことが分かったんです。日本のマンガ文化が受け入れられている手ごたえや、もっとメジャーなエンターテインメントに広げていく必要性を感じましたね。個人的に、クリエイターの才能(定性)にデータサイエンス(定量)を加えることで、日本の文化であるマンガは、ハリウッド映画を超える「世界のメインカルチャー」になると思っています。

コミチはどのような会社でありつづけたいですか?

何よりも、面白いマンガに最も触れることができるプラットフォームを作りつづけたいと思っています。各作品は、漫画家さんや編集部のみなさんが頑張って作りあげた努力の結晶です。その価値を世の中に伝えるために、いい作品をきちんと届けたいですし、そのための努力を最大限にできる会社でありたいですね。
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