コロナ禍を経て働き方の見直しが進んだ日本社会において、副業や兼業ももはや珍しいことではなくなってきました。エンジニア業界でも「エンジニア×●●」として、二刀流で活躍する人たちが多くいるようです。
そのようななか、アンドエンジニアでは“エンジニア×芸人×音楽家”という「三足のわらじ」で活躍するカニササレアヤコさんに注目しました。
2022年8月にはForbes JAPANの『30 UNDER 30 JAPAN(世界を変える30歳未満30人)』にも選出されたカニササレアヤコさん。過去に『R-1ぐらんぷり』の決勝に進出した経験をもちながら、現在はコミュニケーション・ロボット(Pepper)のアプリ開発に携わる会社でエンジニアとして働き、さらに東京藝術大学の学生として雅楽について学ぶなど、非常にエネルギッシュに活動をされています。
マルチに活躍しつづけてこられた秘訣はどこにあるのか?エンジニアの経験は、他の活動にどんな影響を与えているのか?――詳しくお話を伺いました。
カニササレアヤコ氏 プロフィール
サンミュージックプロダクション所属。神奈川県出身。1994年1月26日生まれ。趣味はピアノ・笙(雅楽)・バイオリン・乗馬・書道・登山。特技はプログラミング・ロボットエンジニアリング・絶対音感でなんでもすぐ弾けること。早稲田大学 文化構想学部 卒。2022年4月、東京藝術大学邦楽科に入学。
パラレルキャリアの分岐点となった出来事とは
これまでのキャリアについて教えてください。まず、お笑いに関してはいつごろ興味を持たれたのでしょうか?
中学生の頃からお笑いに興味がありました。 初めて漫才をしたのは、中学の文化祭。そこで手応えを感じ、お笑い好きの中学生が参加する大会にも出場しました。高校進学後は校内で「お笑い研究会」を立ち上げ、大学でも学校公認のサークルに入るほど、お笑いが好きでしたね。
当時は『エンタの神様』などの流行によるお笑いブームの時代。友人たちの勧めもあって、気づいたらお笑いの世界に進んでいました。
この4月からは東京藝術大学にも通われていらっしゃるとのことですが、音楽も昔から好きだったのですか?
はい。4歳からピアノを始め、中学時代は吹奏楽部、高校では弦楽部に入部していました。
なるほど、中高時代から既にお笑いと音楽の二足のわらじで活動されていたのですね。さらに現在はエンジニアとしてもご活躍されていますが、なぜIT業界に進もうと思われたのですか?
お笑い芸人の活動を続けるにあたって、フレキシブルに働ける職場がよいなと思ったことから、エンジニアを目指しました。
エンジニアリングの勉強は学生時代からされていたのですか?
いいえ、大学も文系の学部でしたので、本格的に勉強を始めたのは入社後です。 本を読んだり、周りの人に聞いたりしながら、実務のなかで技術を身につけていきましたね。
これまでいろいろなキャリアの転機があったと思うのですが、カニササレアヤコさんにとって一番の分岐点はいつでしたか?
大学卒業後に入社した1社目がWeb開発の会社だったのですが、その会社を1年で辞めてロボット開発の会社に転職したあたりがキャリアの分岐点だったかと思います。
最初の会社はどちらかというと社内のコミュニケーションが少なく、隣の席の人ともチャットで話すような状況でした。私自身、仕事を選ぶ軸として「コミュニケーション」というポイントを重視していましたし、コミュニケーションロボットは扱う製品自体コミュニケーションがベースにありますので、面白そうだなと思い転職を決めました。
イメージしたものを形にできる面白さ
どんなところにエンジニアの面白さを感じますか?
「自分のイメージするものがつくれる」ところですね。たとえば、趣味で笙(しょう)という楽器を演奏しているのですが、「五線譜を自動で笙の楽譜に変換できるプログラムがあったら便利だな」と思ったときも、プログラミングスキルがあったおかげでつくることができました。
「アナログなものをデジタルに変換したい」と思ったときに、自分の力で形にできてしまう。エンジニアリングにはそんな醍醐味があると思います。
なるほど、習得した技術をご自身の趣味や他の分野の活動にも活かしていらっしゃるんですね。ちなみに、これまでのエンジニアとしての活動のなかで苦労したことはありますか?
もちろんあります。駆け出しの頃はプログラミングを通して何ができるのか、何がしたいのかわからないまま手を動かしていたので、遠回りも多かったと思います。
いまは最終目標を見据えたうえでのプログラミングができているので、仕事に対する向き合い方も変わりました。
「最終目標」とは?
先ほどお話した笙の楽譜もそうですし、ロボットアプリの開発もそうです。現在、ロボットアプリの企画から開発までを行っているのですが、「Pepperが何を話すか、どう動くか、画面にどのような表示をさせるか」といった各プロセスでそれぞれの目標を設定しながら仕事ができているので、だいぶやるべきことのイメージが湧きやすくなりましたね。
コミュニケーションロボットの開発は、エンジニアのなかでも特にコミュニケーションが重視される分野ですので、私自身の強みや、芸人としての経験も活かすことができていると感じます。エンジニア業務と芸人活動の相乗効果を感じる部分でもありますね。
エンジニアとしての適性はどのようなところに感じますか?
技術面ではほかの方々にかなわないことが多いと感じています。一方で、ロボットアプリ開発の際、シナリオづくりをする場面で、自分のスキルや志向を活かせていると思います。
私自身も“対人コミュニケーションが得意なエンジニア”という部分で採用してもらったこともあり、「しゃべれるエンジニア」という強みを伸ばしていきたいと思っています。
エンジニアとして目指していらっしゃる方はいますか?
『無駄づくり』の藤原麻里菜さんは、本当に面白い方だなと思っています。“今まで人がしてこなかったことをする”という思考が魅力に感じますね。
あと一緒に働くメンバーでは、やはり上司の存在が大きいですね。技術面はもちろん、指示の出し方がとてもわかりやすく、そしてプロセスをしっかりと褒めてくれるんです。
エンジニアもチームワークが求められますので、これからもコミュニケーションや人間関係を大事にしていきたいですね。
「好き」という気持ちがあらゆる活動の原動力
カニササレアヤコさんのSNSやYouTubeなどを拝見していると、ほかにも書道や小説など、多岐にわたる才能を発揮しながら、マルチに活躍されている様子が伝わってきます。軸足をひとつに定めず、さまざまな分野にチャレンジしているのはなぜでしょうか?
「好きだから」というのが一番かもしれません。どんなジャンルでも、やりたいことが出てきたらまずはやってみよう、という想いで取り組んでいるんです。昔から好奇心旺盛でしたね。
なかにはうまくいかなかったり、心が折れそうになったりする出来事もあるのではないかと思いますが、どのようにモチベーションを保たれているのですか?
基本的に「好きなこと」「得意なこと」しかしないようにしている気がします。 もうダメだな、自分には向いていないな、と感じたら早めに切り捨てて、自分ができる分野のことをやろうという意識で臨んでいます。
気持ちの切り替えの方法は…「猫」でしょうか(笑)あとは、普段比較的ゆったりとした音楽を演奏していますので、気分転換をしたいときはあえてノリのいい音楽を聴いたりしています。
得意なこと――言葉にするのは易しいですが、たとえばキャリアの岐路に立ったときなど、「一体自分の得意なことはなんだっけ?」と迷うこともありますよね。
「好き」という感情が、何よりも成長をサポートするモチベーションだと思っています。興味が向いたものに対して、掘り下げていくこと。あとは人よりも努力をしなくてもうまくできることが誰にでもあると思いますので、そうした部分を伸ばしていけるとよいのかもしれないですね。
お笑いは自身の夢を実現するための一つの「手段」
さまざまな活動をされていらっしゃるカニササレアヤコさんですが、現在一番重きを置いているのはどの分野ですか?
いまは音楽の比重が一番大きいですね。藝大に通いはじめたこともそうですし、雅楽関連の仕事も増えてきている状況です。雅楽はどうしてもまだ大衆に浸透していないジャンル。もっと広めていきたい、そのために雅楽界でやれることがまだまだあるのかな、と思っています。
私自身も恥ずかしながら、今回取材をさせていただくにあたって初めてきちんと笙の音色を聴いたのですが、とても美しく、心奪われるものがありました。
そうですよね。若い人たちにも笙や雅楽のよさを知ってもらう第一歩として、現在はSNSなどを活用しながら発信する活動を続けています。
あと、実はお笑いもその一つの手段なんです。「雅楽芸人」という肩書をもらったりもするのですが、お笑いのなかに雅楽を取り入れていくことで、多くの方に届けばよいなと考えています。
なるほど、カニササレアヤコさんのなかでは、お笑いも手段なんですね。
はい。昔は、「お笑いをやるために雅楽を使う」という感覚でした。いまは逆に「雅楽の発展のためにお笑いを使って働きかけができれば」という想いが強く、優先順位が変わってきているんです。
特に一昨年頃からさらなる上達を目指して演奏の練習を重ねてきているなかで、雅楽の魅力に改めて気づきましたし、そのあたりから雅楽関連の仕事をいただくことも増えてきました。雅楽界の方からの応援や期待の声も後押しとなって、意識が変わってきたかもしれません。
ところでカニササレアヤコさんは先日Forbes JAPANの『30 UNDER 30 JAPAN』に選ばれたということですが、率直な感想はいかがですか?
とてもびっくりしました。すごくニッチな業界ですので、見てくれていた方がいたのだということに驚きましたね。周りの方もみな喜んでくれましたし、雅楽の宣伝にもなれば嬉しいなと思っています。
最後に、今後マルチに活躍したいと考えているエンジニアのみなさんに、メッセージをいただけますか?
やはり「好きに勝るものなし」。「好き」という気持ちを大事にしながら自分の得意なことを見つけ、枝を伸ばしていってもらいたいですね。
エンジニアに求められるスキルは一つではなく、場面や状況に応じて多様なものだと思うんです。だからこそ、各自の強みを活かしたエンジニアになることが必要だと思いますし、まずはチャレンジしてみるという姿勢が大切なのではないでしょうか。
<取材後記>
まるで笙の音色のような、聴き手に癒しを与える柔らかな口調で想いを語るカニササレアヤコさんのお話からは、「好き」を追求するぶれない軸と芯の強さを感じました。
さまざまなジャンルの事柄に対し、幅を広げながらもそれぞれの深度を深めていくその生き方は、まさに「スペシャリスト型ゼネラリスト」といえるかもしれません。
今後のさらなるご活躍を楽しみにしています!
ライター
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