う○こなのに社会派!? 大便の報告でガチャを回すゲーム「うんコレ」をボランティアで開発できた理由とは
2020年10月、とあるインディーソーシャルゲームがこの世に生み出されました。
なんとこのゲーム、うんこを題材としたゲームなのです。
その名も『うんコレ』。
衝撃的なタイトルでデビューしたそのゲームは、「課金の代わりにうんこの報告をする」という斬新なシステムで、SNSなどで有名になりました。
一見、かなりのバカゲーのように見えるこのゲーム。 しかし開発の背景には、一人の医師のいたって真面目な目的と、それに共感し開発を手伝う開発メンバーの思いがありました。
今回は、『うんコレ』製作者にして医師である石井洋介さんと、エンジニアとして開発を担当した宮崎さんに、『うんコレ』の開発秘話、そして「うんコレ」に込めた思いを伺いました。
「うんこ」で行動変容!?うんコレが目指す健康とは
全年齢対象でうんこを題材にしたゲームってなかなか攻めてますよね…。 どうして「うんコレ」を開発しようと思ったんですか?
ゲームの名前から悪ふざけとかノリだと思われがちですが、真剣な理由があります。 「うんコレ」は大腸がんなどの消化器系の病気で苦しむ人を1人でも減らすためのゲームなんです。
どういうことでしょう?
うんコレでは、ガチャを回すために自身のうんこを観察する「観便」をして、ゲーム内で報告しなければなりません。 この観便がキモで、観便によって消化器系の疾患を早期発見できる場合があるんです。
よりよいキャラを手に入れるために必死になっていたら、いつの間にか観便をしている。 それによって便の異常に気づき、ひいては消化器系の病気を発見できるという仕組みです。
ゲームを遊んでいたらいつの間にか病気が見つかるなんて、私みたいなズボラな人間にはすごくありがたいです。 でも、ここまで「うんこ」を全面に押し出すのはちょっとためらいません…?
むしろ「うんこ」というワードが重要なんです。 2013年の※バカサミットで知ったのですが、「うんこ」はSNSのバズワードなんです。 うんコレの拡散には、タイトルにうんこを入れたことも寄与していると考えています。
※日本を代表する先進バカ企業が集う進化系イベント
もちろん、扱っているテーマが「うんこ」だからこそ、気をつけた部分もあります。 UIやSEは女性にもプレイしていただけるように、なるべく爽やかさを出せるように意識しました。
様々な人にプレイしてもらうための工夫をされているんですね。
爽やかさを意識する、というアイデアは女性のデザイナーの方が提案してくださったんです。 実はうんコレのクリエイティブチームって、女性が多いんです。
うんこがテーマなんて男子小学生が考えたようなゲームなのに、女性が多いんですか!?
そうなんですよ。 我々も最初は理由がわからなかったので、女性メンバーになぜ協力してくれる気になったのか聞いてみたんです。 すると、女性は便秘などお通じの問題で悩むことが多く、うんこに関心を持っている方が多いということがわかりました。
私は消化器外科医をしていますが、男性なこともあって女性にうんこについて詳しく聞く機会ってほとんどないんです。 だからこそ、女性がうんこ関心層だというのは改めての気づきでした。 便秘で悩んでいる人が多いことは知っていましたが、医師に相談しにくいから一人で悩んで自力解決を目指していたんです。 普段の医師としての活動の中では聞きづらいことを聞けたので、医師としても勉強になりました。
女性だからこそうんこに思い入れがある場合があるんですね。 手段として「ゲーム」を選ばれたことにも、理由はあったんですか?
ゲームが、健康に興味のない人に医療情報を届ける手段だったからです。 いわゆる医療情報発信アプリを作っても、健康に興味のない人は見てくれないんです。 でも、健康に興味のない人でも、大腸がんなどの消化器系疾患を発症しますよね。
医療情報が届かなかったために発症に気づかず、手遅れになることは少なくありません。 医師として多くの手術を経験してきましたが、病気が進行しきっていて助けられなかった患者さんもたくさんいます。 それに、私自身も血便が出ていたことを重大なことと認識できず、病状が悪化してから病院を受診し、潰瘍性大腸炎と診断を受けました。 その後もなかなか医師の言うことを受け入れられずに悪化し、人工肛門になったという経緯がありました。
そういった人たちを1人でも少なくするために、ゲームという形で情報発信をすることに決めました。 それにゲーム、特にソシャゲはユーザの方の熱量も大きいので、その熱量がうまく働けば、ユーザの観便を促進できるんじゃないかと考えています。
普通の方法だとアクセスできないユーザに医療情報を届けるために、ゲームを選択されたんですね。
そうですね。 医療情報は知りたい人にだけ届ければいいわけではないですから、そこが一般の商業サービスと違って難しい部分です。
マネタイズを諦めることで、クリエイターが全力を出せる場所へ
うんコレはフルボイスですし、非商業用にしてはすごくリッチなゲームですよね。 企画からリリースまではどのくらいかかったんですか?
プロジェクトの原案ができてからリリースまで、という意味だと7年くらいかかりました。
7年…! かなり長期のプロジェクトなんですね。 なぜそれほど長い開発期間になってしまったのでしょうか?
開発をすべてボランティアでやってもらっているのが大きな理由です。 メンバーの稼働量をグリップできないので、どうしても開発が不安定になってしまいます。 リリース後も、アップデート頻度が不安定になりがちなので、いまでも悩みの種です。
7年もかかるのであれば、お金を払ってコミットしてもらったほうが良かったんじゃないですか? これだけ話題になるゲームなら、広告やガチャで回収できそうですし…。
うんコレは広告もガチャへの課金もあまり期待するべきではないと思ったのです。 課金は募金という形で一応できるようになっているのですが、デイリーパスのように観便を報告してもらったときの報酬を増やせることがお得なようにしてあり、可能な限り観便をしてもらうという意欲が落ちないように設計しました。
もったいなくないですか!? 課金してもらえれば人も雇えるし広告も打てるしで、もっと多くの人に使ってもらえそうなのに。
私も悩んだんですが、うんコレの性質上これはしょうがなかったんです。 たしかに健康食品の健康に関する広告は入れれたかもしれません。 しかし、広告を入れてしまうと、どうしても特定の商品が売れるように誘導する必要が出てきます。 これは医療者としてちょっと看過できないので、広告を入れることはしませんでした。
ガチャへの課金はなぜ導入しなかったんですか?
課金してガチャを回せるということはすなわち、観便の代わりにお金を払ってもらうことになります。 我々はユーザにお金を払ってほしいのではなく観便をしてほしいので、ガチャへの課金を導入してしまうと本末転倒だったんです。 うんコレは、スタート時点から私の医療者としてのこだわりのせいでマネタイズできない運命だったんです。
ソシャゲなのにマネタイズを捨ててたんですね…! ちょっともったいない気もしますが。
まぁそうですね、セオリーが何もわかってないとよく言われます(笑) ただ、マネタイズしないことによるいい部分もたくさんありました。 制約が少ないままでいけるので、あらゆる場面で開発メンバーが楽しいと思う方向に思い切って舵をろうと意思決定することができたんです。
僕自身も普段はWebエンジニアなんですが、触ってみたかったクラウドやUnityに挑戦させてもらいました。 なんならエンジニアはゲーム開発経験があるメンバーはほとんどいませんでしたし、みんなで勉強しながら進めてましたね。
これだけ大きなプロジェクトで好きに経験を積める、というのはたしかに魅力的ですね。 エンジニア以外の方々はどういったモチベーションで参加されていたのでしょうか?
モチベーションは様々なので一概には言えないのですが、あるクリエイターの方が、「うんコレは初めて思い切って自分の能力を投資できる場所」だと言ってくださったのが印象深いです。 自分のクリエイティブな能力が医療の役に立つかも知れない、というのが大きかったんだと思います。
そのクリエイターの方はソシャゲの開発に関わられていたのですが、普段の彼らのクリエイティブに求められることは、いかに熱中させ課金させるかだったようです。 当時、子供の重課金が問題視されていた時期でもあり、大好きだったゲームが子供に対して悪影響を与えていると批判されるのはとても辛かったようです。
ただ、その技術が正しく使われれば、何らか人の役に立てる可能性を持っているのではとも考えていたときに、僕の話を聞いて参加を決めてくれました。 うんコレではクリエイティブの目的はユーザに健康になってもらうことなので、同じ技術でも惜しみなく全力を発揮できたとおっしゃっていました。
うんコレの開発は社会貢献でもある、ということですね。
「仕様書を書かない」ことで開発速度を維持!?
うんコレは規模の大きいプロジェクトだと思いますが、何人くらい開発に関わられてるんですか?
クラウドファンディングで支援していただいた方も含めると500人ほどになりますが、開発に関わってくれた方だけでも50人以上です。 最初のころは各々知り合いを誘って輪を広げていましたが、ニュースになるなど注目されていくと、「1枚手伝いたい」という方がTwitterなどのSNSを介して集まってくれました。
50人!やはりたくさんの人が関わっているプロジェクトなんですね。 内訳が気になりますが、どんな方が多かったんでしょうか? やはりゲームエンジニアの方ですか?
キャラクターを描いてくれるイラストレイターや、SEやBGM、ボイスといった音声を提供してくださるクリエイターの方が多かったです。 絵や音声といったクリエイティブは一点物でお手伝いしていただくことが可能なので、参加しやすかったのが大きかったと思います。
逆にエンジニアの方は少なくて、開発にかかわってくれたのが10人、アクティブに開発していたのが3、4人くらいです。
エンジニアの方はそんなに少なかったんですね。 なにかワケがあるのでしょうか?
「うんコレ」は仕様がほとんど決まっておらず、一機能だけ開発してもらうみたいな参加方法がとりづらかったのが大きかったと思います。 参加してもらうのであれば、コードの変更が必要になった場合に対応していただけるくらいのコミットをしてもらう必要があったんです。
仕様書がなかったんですか!? エンジニアが一番嫌がる現場だ…。
Readmeのような開発済みの機能の詳細すら、ほとんど書けていません。 機能の詳細が知りたいときには、開発した人に聞きに行ってました(笑)
もしかして、リリースが遅れた原因って、開発がカオスだったからですか…?
むしろ逆で、仕様を丁寧に決めて、Readmeも書いて…って進め方だったら、あと5年はリリースできなかったと思います。
段階を踏んだ開発をしていたらリリースが遅れる…? どういうことでしょうか?
うんコレの開発がボランティアだということはお伝えしましたよね。 では開発が何によって進むかというと、参加者のモチベーションなんです。 つまり、参加者がやる気になれれば開発が進むし、気の進まない作業ばかりだと開発が滞ってしまいます。
だからこそ時間をかけて仕様をガチガチに決めるといった、みんながやりたくないことは極力やらないようにすることが重要だったんです。 企業でやるんだったら完全にバッドな方法ですけど、「うんコレ」の開発ではこれでよかったと思っています。
参加者の方のモチベーションに開発速度が依存してしまうのは、ボランティアならではの難しさですね。
インディーゲーム開発者にメリハリをもたらすのは、「ゲームショウ」
7年間開発をされてきた中で、完成させるために意識されたことはありますか?
ニコニコ超会議やゲームショウに出すのは意識してやっていました。 毎年3、4件くらいは出したと思います。
たくさん出展されてきたんですね。 でも、かなり準備や申込み含め大変なんじゃないでしょうか?
デメリットを上回るメリットがあるんです。 まず、プロジェクト外の方にプレイしていただけるため、ゲームに対する率直なフィードバックがもらえます。 ボタンの配置からゲームデザインまで、色々な面で改善すべきポイントを把握できるんです。 いただいた意見や反響は、モチベーションにもなります。
これは普通の企業だとユーザテストとして常日頃からやられていることなので、当たり前だと思われるかも知れません。 しかし、我々のようなボランティアでの開発や個人開発などの小規模な開発だと、ユーザテストの機会を持つことが費用・時間の観点からなかなか難しいんです。
ユーザテストの場として役立つ、ということですね。
あとは、イベント出展を決めると、間に合わせるために開発が進むんです。 区切りを設けることで、開発にメリハリを産むことができます。 個人開発やボランティアでの開発だとどうしても間延びしがちなので、いい目標になったかなと思います。
他のことで忙しくて開発を後回しにしてしまい、結果としていつまでも完成しない…みたい話は個人開発でもあるあるですよね。 ゲームショウへの出展は、個人開発の中でもゲーム開発をしている人たちは特に参考にできそうです。
個人でゲームを開発されている方の中には、完成度の低い段階で出展することを恥ずかしいと感じる方もいらっしゃると思います。 ですが、ゲームデザインのミスなど、開発が進んでしまうと修正しづらい問題点に気づけることのメリットは大きいです。 ラフな段階でもどんどん出していくという心意気が大事だと思います。
病気の発見も!うんコレがもつ健康への影響とは
リリースされて※7ヶ月ですが、反響はいかがでしょうか?
※ 2020年5月にインタビューを実施
やっぱり、うんコレのおかげで病気が見つかったという報告をいただけたのは嬉しかったです。 アプリ内観便を報告したらアラートが出て、病院に行ってみたら本当に腸炎になっていたそうです。
病気が見つかったんですね! 本当にゲームだけしていれば健康になれそう。
もちろん病気の発見だけじゃなくて、色々な面で健康への効果が出ていると感じています。 例えば、ゲーム内にある腸内会というチャットルームでは、うんこに関する会話が活発に行われています。 最初は関心がなかった人たちが、だんだん健康に興味を持ってくれるようになりました。
ゲーム内チャットを通じてユーザの健康への関心が高まっていく、なんてことがあるんですね。
あとは、開発メンバーの健康への意識もだいぶ変わったと思います。 健康がテーマのゲームなので、否が応でも健康について考えなければいけないですから。 あと、僕がいつも健康やがんの症状の話をするので、そのせいで詳しくなったそうです(笑)。
僕も観便するようになりましたし、病院への意識も変わりましたね。 これまでは体にちょっとおかしな症状がでても放置しがちでしたが、もうそんなことはできないです。
開発者にとっても健康面でメリットがあるのは素晴らしいですね。 最後に、これからの展望をお伺いできますか?
うんコレは頻繁にアップデートできるわけではありませんが、シナリオやキャラクターの追加などを進め、より多くの人にプレイしていただけるようにしていきたいです。 また宮崎さんを始め、一緒にうんコレを開発してきたメンバーと共に、うんコレ以外にもなにかできればいいと考えています。
まだ公にできませんが、内視鏡のデータにうんコレのデータをつなぎこむというようなテクノロジーとうんこをかけ合わせたプロジェクトはすでにいくつか始動しています。
僕自身は、引き続き医師として診療もしながら、医師として病院の中だけでは手が届かないようなユーザーさん(患者さん)にもアプローチできるような活動を続けていきたいと思っています。
石井さんがどんなうんこのサービスを出すのか楽しみです。 貴重なお話、ありがとうございました!
ライター
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