「人とコミュニケーションを図ることが得意ではない」というエンジニアの方も多いはず。しかし、エンジニアという仕事はチームで課題解決に取り組むため、他のメンバーやお客様と話す機会も多く、コミュニケーションスキルは必須になります。
人間関係が希薄になりがちなテレワーク環境において、そのニーズは一層高まっているのではないでしょうか。「クライアントとうまく話せない」、「相手のミスを指摘しにくい」などの声もよく耳にします。
エンジニアはどのようにコミュニケーションスキルを高めればいいのか、人材育成コンサルタントとして数多くのエンジニアの悩みに寄り添ってきた片桐あいさんにお話を伺いました。
片桐 あい氏 プロフィール
カスタマーズ・ファースト株式会社 代表取締役 人材育成コンサルタント 産業カウンセラー
日本オラクル株式会社(旧サン・マイクロシステムズ株式会社)サポート・サービス部門に23年勤務。M&Aやリストラで仕事上のポジションが危うい外資系IT業界で成果を出し続ける。卓越したコミュニケーション能力・問題解決能力を武器に2013年に独立し、企業研修講師となる。年間約120件登壇し約25,000名の育成に従事。また、人財育成コンサルティングで延べ3400名のカウンセリングでの育成にも貢献している。
主な著書に「職場の苦手な人を最強の味方に変える方法」(PHP研究所)、「オンラインコミュニケーション35の魔法──リアルのコミュ力も上がる! 」(自由国民社)、「一流のエンジニアは「カタカナ」を使わない!」(さくら舎)など。
カスタマーズ・ファースト株式会社
代表取締役:片桐 あい 設立:2016年 事業内容:企業向け人材育成、スポーツコーチ育成、各種講演、執筆
お客様と話すのが苦手なエンジニアが意識するべきこと
周囲のエンジニアを見ていると、お客様(クライアント)とのコミュニケーションに課題を感じている方が多いような印象です。片桐さんはエンジニアの育成にも携わっていますが、この問題をどのように捉えていますか?
ITプロジェクトでは最新技術など幅広い分野の知識が求められるので、周囲の期待に応えようとプレシャーを感じている人が多いように感じます。「知らないことを見抜かれたくない」というように自分からコミュニケーションを制限しているような印象です。
しかし、近年の目覚ましい技術革新においては、OS、ネットワーク、インフラなど専門分野がどんどん細分化されているので、全ての分野に精通することは非常に難しいです。知らないことを恥ずかしいと感じる必要は全くありません。
不利なことを指摘されないように、コミュニケーションを最小限に抑えているということですね。
ええ、それとは逆に、知っていることを必要以上にアピールしてしまうケースもあります。お客様は誰しも最新ソリューションを知りたいわけではなく、自社のビジネスが健全に回るように、業務の生産性向上のために技術を活用したいと考えています。
そのため、必要以上に最新技術のことを話すとミスマッチにつながることもあります。お客様との関係をうまく構築できず、苦手意識がさらに高まってしまいます。
うまくコミュニケーションを取るためには、どのような意識が必要なのでしょうか?
話すよりも「聞く」ことにフォーカスすることが大切です。「お客様が何をどうしたいのか」をヒアリングし、目的と優先順位を整理しながら、自分自身とお客さまの目的が重なる部分を見つけていく必要があります。
社内の事情で話せないこともあると思いますが、エンジニアは相手の課題を解決するためにいるので、「お客様の課題を一緒に解決する」という意識を常に持つことが大切です。
お客様の課題とニーズにフォーカスするということですね。
そうですね、課題の原因と解決方法がお客様として最も知りたいことです。特にトラブルが発生したときには、いつこのシステムを復旧できるのか、ビジネス自体がストップしてしまうのではないか、というようにお客様の不安感が高まります。
そのようなケースでは最初に原因を究明することが優先なのか、それともビジネスを止めないことが優先なのか、迅速に確認をとります。その上で「私はこの問題を解決するために今ここにいます。お客様の協力がないと、この危機を乗り切れません」と自らの姿勢を伝え、協力体制を築くことが大切です。
エンジニアに求められるコミュニケーション能力とは?
エンジニアの仕事には、どのようなコミュニケーション能力が求められているのでしょうか。
「インプットする力」と「アウトプットする力」がバランス良く育っていることが大事だと考えています。優れたコミュニケーション能力を持つエンジニアは、一般的に「話がうまい人」というように思われがちですが、実はそんなことはありません。アウトプットよりも、「インプットする力」の方が極めて高いのです。
エンジニアは「技術的にどちらが正しいのか」という視点でものごとを考えがちですが、それよりも「お客様が望んでいること」にフォーカスして話を聞ける人が、本当に信頼されるエンジニアです。お客様のニーズを細部まで理解するためにも、「インプットする力」を重点的に育てた方がいいと思います。
「インプットする力」は、具体的にどんな能力ですか?
大きく2つにわけられますが、まず1つ目は状況を察知する「状況察知力」。これは世の中の多くのエンジニアが得意なことで、事実に焦点を当てながら事実ベースでヒアリングしていく能力です。
そして2つ目が、お客様や社内メンバーの気持ちを推察する「顧客心理推察力」。エンジニアの皆さんには、この能力をぜひ伸ばしていってほしいと思います。
顧客心理推察力というのは、「共感力」のようなことでしょうか?
目には見えない相手の気持ちを理解するため、相手の置かれている立場や状況を想像して推察する能力です。例えば、お客様からクレームの電話を受けたときに、相手が怒っているのは自分の上司から理不尽なことを言われたことが背景にあるかもしれません。あるいは、得意先から無理難題をいわれてイライラがたまっている可能性もあります。
それぞれのお客様にどんな背景があり、どんな気持ちでいるのかを少し想像してみると、コミュニケーションの仕方が変わってくると思います。お客様との会話だけにかぎらず、社内メンバーとのコミュニケーションにおいても、相手の状況や気持ちを推察することで日々の仕事を円滑に進めることができます。
社内で信頼されるのは、どんなエンジニアなのでしょうか?
それぞれの会社によって事情は違うと思いますが、やはり技術力だけではなく「人間力」もバランス良く持っている方が信頼を集めます。その結果、エンジニアとして重宝され長年活躍することができます。例えば、周囲が「めんどくさい」と思っているような案件を「いいっすよ、僕やりますよ」と率先して引き受ける。お客様に謝罪する場面でも、「全然いいですよ」と自ら申し出る。
それとは逆に、「コミュニケーションが苦手」と逃げがちな人は、納得のいくパフォーマンスを出しにくい傾向にあります。というのも、プロジェクトが成功するかどうかの鍵はコミュニケーションにかかっているからです。第一線で活躍するプロマネ(PM)の方々に話を聞いても、PMの仕事の8割はコミュニケーションだと答えていますね。
技術的なことより、コミュニケーションが重要なケースも多いということですね。
もちろん技術的にできることもありますが、多くの人を束ねたり大きな案件を扱ったりするなかで、自ら手を動かせる範囲は狭くなっていきます。エンジニアとしてのキャリアを積み、他のメンバーを見るようになると、チームとしていかに連携させるのか、どうやってエンゲージメントを高めるのかなど、さまざまなコミュニケーション力が求められます。
将来的なキャリアを高める上でも、エンジニアの皆さんにはぜひコミュニケーション力を高めていってほしいと思います。
同僚の機嫌を損ねずにミスを指摘する方法
社内メンバーとの会話では、どのようなことに気をつければいいのでしょうか?言い方によっては無意識のうちに傷つけたり、イライラにつながったりすることも…。
エンジニアの皆さんは自分の仕事に誇りを持っている方が多いので、「そんなことも知らないの?」という、指摘はグサッとくると思います。知らないことは人間なのであって当たり前ですし、チームの誰かがそれをカバーすればいいわけです。
特に若手のエンジニアは、先輩や上司からの指摘でプライドが傷つきやすいこともあるので、言葉に配慮していただければと思います。
ミスが起こったときは言い方が難しいですよね。相手の気持ちを考えると指摘しにくいこともあります。
そうですね。ただ、ミスをそのまま放置すると、また同じことが起こって品質や信頼性の低下につながります。会社やチームのためにも指摘するべきなのですが、問題は言い方です。
やはり感謝の言葉から始まるといいかなと思います。「いつも助けてくれてありがとう」、「〇〇さんはここが詳しいので助かってます」というように、まず感謝の言葉を伝えましょう。そのあとで、指摘するべきことを簡潔に伝える。改善策があれば話せばいいですし、「一緒に考えよう」という流れでもOKです。大切なのは、指摘で終わらず改善のアクションに意識を向けてもらうことです。
改善に向かって目線を合わせるのはいいですね。
チームの目標を達成するためには、やはりメンバー全員の意識を集中することが重要です。「納期を間に合わせるために一緒に考えよう」というように仕事の目的に寄せていくと、角が立たずに気持ち良く受け入れられると思います。
それから、最後には必ず「期待」を伝えるようにしましょう。「○○さんなら今後こういうことはしないと思うし、これから一緒にがんばろう」などの言葉で、相手を認めることが大切です。「○○さんなら」と相手の強みにふれることで、「責められたくない」と不安に思う相手の気持ちがラクになります。
メンタル面が整うことで、エンジニアとしてのパフォーマンスも上がるのでしょうか?
それは今までの経験でも間違いありません。エンジニアの皆さんは、「技術」が好きでこの仕事に就いている方が多いので、「技術」を活かして人の役に立ちたいと思っているわけです。しかし、それが思い通りにいかずミスを指摘されてばかりいると、チャレンジすることを恐れ、どんどん新しいことに消極的になります。
それとは逆に「人の役に立ちたい」という気持ちが前面に出てくると、積極的にアイデアを提案したり、改善のアクションをどんどん起こしたり、自発的に取り組めるようになります。そのために大切なのが、「ありがとう」という感謝の言葉です。
「ありがとう」をしっかり伝えることが重要だということですね。
ええ、サポートや運用・保守を担当している皆さんにとって、特に必要とされている言葉かもしれません。彼らは、何も起こらないことが当たり前で褒められることが少ないポジションです。トラブルが発生すれば、お客様から叱られたりすることも多くあります。
そのときに、「○○さんがいてくれて助かった」というように、その人の価値を認めてあげることが大切です。フロントに立つ人も運用保守でバックエンドに控えている人も、ワンチームの考え方でお互いに感謝を伝え合える職場になったら素敵だと思います。
お客様との関係性においても、やはり感謝が重要なのでしょうか?
もちろんです。今までに相談を受けたケースでは、どうしようもなく行き詰まっていた案件で「ありがとうございました」とそれまでの感謝を伝えたところ、お客様と打ち解けてクローズに向かったというケースもあります。「ありがとう」の一言で状況が改善することも多いので、感謝の言葉を積極的に伝えていただければと思います。
エンジニアのプレゼンテーションにありがちな「落とし穴」
「プレゼンがうまくいかない」と苦手意識を持っているエンジニアも多いような印象なのですが、よくある失敗はどんなことでしょうか?
大きく分けると二つあります。1つ目の失敗例としてよくあるのは、自社の商品・サービスの強みを一方的にアピールするプレゼンです。強みを話すことは悪くないのですが、自慢口調になってしまうこともあり、聞き手にネガティブな印象を与える可能性があります。
2つ目の失敗例は、立て板に水のごとく一方通行で進めるプレゼンです。話すことをスクリプトに落とし込んで、とても入念な準備をするのはいいことなのですが、聞き手の反応を全く確認せず、自分の話したいことを終始アウトプットしてしまいます。
コミュニケーションに苦手意識を持っているから、準備し過ぎるのかもしれませんね。
ええ、人前で話すことが苦手な人は多いと思いますが、やはり相手の反応を見ながら話さないと、わかってほしいことが十分に伝わりません。「つまらなそうにしているから、ここは短めにしよう」というように、周りの人を見ながらアレンジできると良いプレゼンになると思います。
相手の反応を見ることは少しハードルが高いような気もするのですが、プレゼンに苦手意識のある方が最初にやるべきことはなんですか?
実戦に勝る経験はないので、少しずつでもいいので朝礼やチームミーティングで発言の機会を増やしていきましょう。いわば、「習うよりも慣れろ」ですね。メンタル面では、自身を落ち着かせる方法を見つけるといいと思います。
例えば、私はプレゼンに耳を傾けうなずいてくれる人を「こっくりさん」と呼んでいますが、プレゼン本番ではできるだけ彼らに向けて話すようにしています。そうすると相手のリアクションに合わせて話すので、ペースをつかむことができます。不特定多数に話すのではなく、1対1がたくさんあるという風に捉えれば緊張も和らぐと思います。
なるほど、そのテクニックはすぐに使えそうですね。
人前で話すことに慣れてきたら、視線も意識できるといいでしょう。コンサートなどで経験した方もいらっしゃるかもしれませんが、ジグザグに視線を送ると「私を見ている」と相手が感じます。そのラインにいる人はみんなそのように錯覚するわけです。視線を交わすことで、顔が上がって反応してくださる方が増えていきます。
あとは、プレゼンの序盤で相手の参加を促すことも有効です。例えば、アジェンダを見せて最も興味のあることに挙手してもらえば、会場を巻き込むことができ自分の安心感も高まります。
最近はオンラインでプレゼンすることも多いと思いますが、そんなときにも今のテクニックは使えるのでしょうか?
ええ、カメラ目線を意識するよりも、自分の話をしっかり聞いてくれる人を画面上で見つけて、その人に向けて話せばいいと思います。話を聞いて、よくうなずいてくれる「こっくりさん」を探して大きく表示するのも有効です。
また、オンラインの場合はどうしても一方通行にはなりがちなので、時々意見を求めることが必要です。「ここまでの説明はご理解いただけましたか」というように質問を挟んでいくのがいいでしょう。私の場合は、あえて最初に「いつもよりリアクションを3倍お願いします」と言うようにしています。そうすると、オンラインで薄くなりがちなリアクションが大きくなり、自信を持って話すことができます。
専門的な用語(カタカナ)を使わずに説明するためのコツ
エンジニアの世界はカタカナが多く、お客様への説明で理解されにくいこともあると思います。他にも、社内の若手エンジニアの場合、それらの専門用語に自社用語まで加わって、言っていることが全くわからないという話も聞きます。
そうですね、ERPなど英語3文字に略したり、カタカナでまくし立てられたりすると、専門用語をわからない人たちは戸惑うことが多いと思います。ここで重要なのは、カタカナを使わないことではなく、相手の知識・経験のレベルに合わせて言葉を選ぶということです。
一流と呼ばれる優れたエンジニアの皆さんは、分かりにくい概念をとてもわかりやすい言葉で説明することができます。知識をひけらかすことがないので、相手のプライドを傷つけることもありません。
相手に合わせて話すので、関係性も円滑になるということですね。
その反対に一番やってはいけないのは、都合の悪いことを隠すために専門用語を羅列してごまかすパターンです。できるエンジニア風に聞こえるかもしれませんが、お客様が最も聞きたいことに応えていないので、相手との関係性に大きな溝が生まれます。
特にトラブルが起こったときには、どうしても自分たちの責任範囲を小さくしようとする思考が働きがちです。エンジニアとしての視点ではなく、お客様の視点で物事を見ることも大事なのかなと思います。
「後から突っ込まれないように」と保身を考えるのではなく、解決のために積極的な姿勢を見せることで信頼も高まりそうですね。
ええ、ピンチを一緒に乗り越えたエンジニアは、お客様がファンになってくれます。その後のシステム入れ替えで応援してくれたり、「いい提案出してくださいね」と新たなお声がけをいただいたりするので、優秀なエンジニアほどクライアントと長い付き合いになることが多いです。
トラブルのときに逃げ腰ではなく、自分から近づいていく。そして課題解決のために尽力することが、お客様に選ばれるエンジニアになるための第一歩になります。コミュニケーションを面倒だと思わず、積極的な姿勢で取り組んでいただけたらと思います。
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