デジタル化が進み、非IT産業でもITのスキルが求められるようになりました。情報教育市場は103億円のマーケットとなり、プログラミングスクールに通う人の34%はエンジニアとして転職や就職することを視野に入れています。
しかしお金を払ってプログラミングスクールに通い、技術を身に付け、晴れてエンジニアになったとしても、その結果に幸福感を感じている人は思っている以上に少ないようです。
その背景には、エンジニアという仕事の魅力を「高い年収が得られる」「自由な働き方ができる」と曲げて伝えているプログラミングスクールの増加があります。しかし実際に活躍しているエンジニアはもっと違う部分に仕事の魅力を感じています。
その「実際に活躍しているエンジニア」と「これからプログラミングスクールに通ってエンジニアになろうとしている人」それぞれが持っている意識の違いを明らかにするために作られたのが「エンジニア・インサイト白書」です。
今回は「エンジニア・インサイト白書」を作成したエンジニアと起業の学校G’s ACADEMY(ジーズアカデミー)を運営する児玉浩康さんに、幸福度の高いエンジニア像についてお話を伺いました。
児玉浩康氏 プロフィール
G’s ACADEMY Founder / D ROCKETSインキュベーションマネージャー デジタルハリウッド株式会社執行役員
25年間で10ブランドの新学校設立をプロデュース。デジタルハリウッドスクール統括の後、2015年G’s ACADEMY を設立。卒業生専用スタートアップ支援機関『D ROCKETS』も創立し、創業指導・支援を全面的にハンズオンサポート。7年で86社の起業を支援。
「エンジニア・インサイト白書」とは?
「エンジニア・インサイト白書」を作った背景を教えてください。
日本国内でエンジニア不足が叫ばれはじめてから既に10年以上が経過し、数々のプログラミングスクールが生まれました。私たちもG’s ACADEMY(ジーズアカデミー)という社会人向けのエンジニアスクールを運営し、日常的に多くのエンジニアと接していますが、世の中でフォーカスされることの多い「高い年収や自由な働き方」は、リアルなエンジニアの職業の魅力の一部に過ぎないと感じていました。
「幸せなエンジニア」とはどんな方たちなのか。それをアンケート調査で明らかにしたいと考え、インターネット調査会社などの協力のもと、本白書を制作しています。200名のエンジニアへのアンケート調査と、有識者へのヒアリングを行いました。
エンジニアという職業について、世の中の理解が十分ではないということですね。具体的には、どのような課題があるのでしょうか?
わかりやすい例でいうと、エンジニアを採用しようとするときのミスマッチです。採用する側は、Webテクノロジーを活用したビジネスで収益を高めることを目指しています。つまり、テクノロジーやプログラミングという「手段」でサービスを良くしたり、新たな事業・プロダクトを生み出したりできるエンジニアを求めているわけです。
一方で、プログラミングという「手段」だけにフォーカスしてエンジニアになりたいと考えている人たちは、「年収が上がる」「リモートワークで好きなときに働ける」といった部分にばかり注目してしまっています。採用側とエンジニアのニーズが噛み合っていないんですね。
なぜこのようなミスマッチが起こるかというと、世の中の多くのプログラミングスクールがエンジニアに対してビジネスの本質的なことをあまり伝えず、「給料が良い」「働きやすい」といったことばかりを喧伝している風潮があります。
近年「そういう風潮はおかしい」という声がSNSをはじめ、いろいろなところで上がってきています。みんながモヤモヤを感じていることに対して、きちんと論理付けをして説明したかった。これが「エンジニア・インサイト白書」を作ったきっかけです。
世の中の多くのプログラミングスクールは、なぜ「給料が良い」「働きやすい」といったことばかりを伝えているのでしょうか?
一言でいえば、事業運営がしやすいからです。社会人スクールの運営では、生徒の皆さんが先に支払ったお金に見合うだけの「成果」をきちんと得られることが重要です。例えば、授業費用として50万円を支払ったとしたら、その後の転職や複業で50万円を稼げるようになるというのがわかりやすいゴールになってきます。
エンジニアの場合は、世の中のSIerが期待することを教育してあげると当然就職に有利になるので、それをカリキュラムに組み込むことが一般的です。ただ、今の日本はレガシーな産業に受託でITを入れるケースがほとんどです。30年先の未来にどのような産業が残っているのかも考えながら、プログラミングだけにフォーカスすることなく、自分に必要なことを学んでいってほしいと思います。
G’s ACADEMYでは何を目的にしているのでしょうか?
私たちはプログラミングを教えるだけではなく、「起業を支援する」という目的を持って運営しています。自分の力でセカイを変えようと行動する人を応援しているので、収入のことだけを目的にしている人は入学試験を通ることができません。
今の日本には新しい産業を作っていく人が必要です。その観点で考えると、エンジニアに必要なものは「クリエイティビティ」。要するに今はないものをプログラミングというテクノロジーを使って生み出すことに意味があると、G’s ACADEMYでは考えています。
みんなが感じているエンジニアとしての幸福度はどれくらい?
実際の調査内容についてお伺いしたいと思います。「エンジニアとしてどれくらい幸せを感じていますか?」という質問に対しては、全体の46%が幸福を感じています。
プログラミングスクールを卒業してエンジニアになった人を対象にしていますが、希望の仕事には就いているものの、幸せを感じているのは半数以下、すごく幸せを感じている人は15%しかいません。
これは、そもそもエンジニアになろうと決めたときの目標設定が間違っていたのではないかと思います。エンジニアという仕事をよくわかっていなかった、あるいはわかっていたけど他に選択肢がなかった方も多くいらっしゃるように感じました。
続いて「エンジニアとしてやりがいや楽しさを感じるのはどんな時?」という質問に対し、幸福度の高いエンジニアは「自分の思い描いたプロダクトやサービスを作っているとき」が1位になっています。
これは幸福度が低い人の4位にも入っていますね。幸福度が低い人たちも本当はクリエイティブなことがしたいと考えているのかもしれませんが、そのクリエイティブな思考法に差があるように感じます。幸福度が高い人たちは、クリエイティブを「自分のイメージをプロダクトやサービスとしてカタチにすること」として捉えているのではないでしょうか。
3位には「社会課題の解決」が入っています。意識の高さも幸福度と関係しているのでしょうか?
そうですね、幸福度が高い人たちの方が、社会課題を解決することに対する当事者意識が大きいのかもしれません。
5位に入っている「Give&Giveなエンジニアカルチャー」についても、幸福度の高い人たちの47%に対して、幸福度の低い人は9%ほどでした。幸福度の低い人たちは、自分が周りに与えられるものがないと思っている傾向にあります。
続いて「エンジニアとして最も大事にしていること」についてお伺いします。
これは結果が極端に出ていますね。幸福度の低い人たちの2位に入っている「いい条件」は相対的に数が多く、非常に重要視されています。幸福度の高い人たちの「自分の作りたいもの、やりたいことを実現する」とは大きな差異が出ていますね。
幸福度の低いエンジニアに共通しているのは、誰かに何かを与えてもらう「待ちの姿勢」になっていることです。「いい条件」というのも、その基準や条件について幸福度の高い人と差があるのかもしれません。幸福度の高い人たちは、労働条件や好きな場所で働くことよりも、自分が作りたいもの、やりたいことの実現を重視する傾向にあります。
エンジニアが必要だと感じているスキル・知識・マインドは?
プログラミング以外にはどんなスキルや知識、マインドが必要だとエンジニアは考えているのでしょうか?
この調査結果で面白いと思ったのが「ストレス耐性」です。幸福度の低い人(画像の左側)は「もっとストレスに耐えられるようにならなきゃ」と感じているようです。
「習ったことを活かせていない」「ユーザーの解像度が低い」といった課題もありそうですね。
習ったことを活かせていないというのは、例えば学校でWebアプリケーションフレームワークのRuby on Railsを習ったけど、勤めた会社がLaravelだったから活かせていないという考えです。
これを「Ruby on Railsしかやっていないから活かせない」と考えるか「同じMVCフレームワークでプロダクトを作ったことがあるから活かせる」と考えるか。この捉え方には、大きな差があると思います。
どちらも簡単にWebサービスを作るというフレームワークですから、目指していることや構造は基本的に一緒です。プロジェクトによって使うフレームワークは違いますから、「何でも一度は経験しよう」という前向きな姿勢が必要です。
幸福度の低い人たちがマインド面で課題に感じている「アイデア」は、事業やプロダクトについての解像度の低さを表しているように感じます。
そうですね。「良いアイデアが思いつかない」という風に、漠然とした待ちの姿勢があるのかもしれません。
コミュニティ活動はエンジニアの幸福度に関係するのか?
「仲間や支援者との出会い」や「他の学習者や卒業生とのネットワーク」が2位に入っています。エンジニアにとって周囲とのネットワークやコミュニティというのは重要なのでしょうか?
そうですね。G’s ACADEMYの設立から7年経ちますが、7年前の卒業生が今でもずっと関わっています。全員がプロのエンジニアとして会社に所属したり、フリーランスだったりするのですが、それでも関わってくれる理由として「Webの世界をもっと良くしたい」という思いがあります。
彼らにとってWebの世界は、いわば会社より上位のレイヤーに位置づけられていることも多い。自分たちが日頃活用している技術を、エンジニアみんなの力でさらに高めていきたいと感じているのです。さまざまな企業のエンジニアが集まって勉強会を開いたり、プロダクトを開発したりしている背景には、そのような思いがあります。
G’s ACADEMYでも、そのようなオープンソースカルチャーが推奨されています。受講生は、最初からそのようなエンジニアの文化になじめるものですか?
最初のうちはOSSがなんのことかわからない受講生も多いのですが、プロダクトを作っていく中で無料のAPIやライブラリ、フレームワークを使うことになります。そこでOSSの良さを感じ、そこに自分も加わっていきます。
オープンソースカルチャーが幸福度につながっている可能性もあるのでしょうか?
それは大きいと思います。日常的にGitHubに触れているかどうかの差は大きいでしょうね。日常的に触れているだけでも、アプリケーションはみんなの意見で作っていくものだということが理解できます。
各企業からはどんなエンジニアが求められているのか?
続いて「プログラミングスクールを卒業したエンジニアに何を求めるか」について解説をお願いします。
エンジニアリングは、世の中に顕在化していないユーザーのニーズに対して、商品やプロダクトで提案・解決していく仕事です。そのなかで、なぜそのプロダクトを作ろうと思ったのかが重要です。
ITコンサルティング会社のホライズンテクノロジー株式会社 代表取締役CTOの大谷祐司さんは、「素直さ、吸収力、顧客志向を持っている」ことを挙げています。そして、会社のカルチャーやビジョンに共感してもらえることを何よりも大切にしているそうです。なぜその人がそのプロダクトを作ろうと思ったのか、「Why me」というストーリーも含めてエンジニアを見ています。
チームのコラボレーションを促進するサービスを開発・提供している株式会社ヌーラボ 代表取締役の橋本 正徳氏も、斬新で今まで見たことのないようなプロダクトでピッチに勝つよりも、わかりやすくお客様にプロダクトの価値を伝える方が素晴らしい、と話しています。
他の企業では、どういったエンジニアが求められているのでしょうか?
ビジネスをわかっているという意味よりはUX、ユーザーの気持ちがよくわかっているエンジニアが求められていますし、そのようなエンジニアを育てていく必要があると思っています。いわば、サービス視点、事業視点を持ったエンジニアですね。
例えば企業のCTOには技術の未来を予見する人ではなく、もっとサービス寄りで、なおかつチームマネージャー的な人が増えています。これは良いサービスを作るために、あるいはサービスを提供し続けるために、運用プロセスでできるだけ早く成長させる能力がある人が欲しいと各社が判断している結果だと思います。
「プログラミングスクールでもっと身に付けておくべきこと」については、どのような声が多いのでしょうか?
これはG’s ACADEMY のOBを対象に行った調査結果ですが、入学前に「プログラミングの知識やスキル」を重視していたものの、エンジニアになってから「ビジネス的視点」を身につけるべきだと気づく人が多いようです。
この背景には、「プログラミング」というスキルについての誤解があるのかもしれません。例えば何かの絵を描こうとするときに、「絵の具の使い方を学ぼう」とはなりませんよね。エンジニアの世界でも、プログラミングは「手段」に過ぎず、何を作るのかが最も重要です。それを考えることが、想像以上に難しいのです。
幸福度の高いエンジニアになるためには?
最後に、幸福度の高いエンジニアになるためにはどうすれば良いか教えてください。
日本では「仕事イコール上司から与えられるもの」という感覚が強い。しかし、エンジニアはネットワークでつながりながら、自分たちが実現したいものを作る技術を持った人たちです。その技術を「上司から降ろされる仕事」にしか使っていないのが大きな課題だと捉えています。
まずは自分の価値観や信念、やりたいことを大切にする。そこに自らの技術を使っていこうとする姿勢や発想が、幸福度の高いエンジニアになるためには重要だと思います。
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