2018年にリリースされ、未だに人気サービスとして使われている「Peing -質問箱- 」。
実はこのサービス、開発と開発後の数ヶ月の間はたった1人の個人開発者・せせりさんによって開発・運営されていました。
しかもこのせせりさん、これまでに複数のサービスを収益化・事業譲渡されており、間違いなく日本でもトップレベルの個人開発者の1人です。
そんなせせりさん、なんとほぼすべてのサービスを1人で作り上げているとのこと。
AWS・GCPといったクラウドサービスの普及やスマホアプリの登場に伴いハードルが低くなりつつある個人開発ですが、参入も増え成功するのは難しくなってきています。
今回は、個人開発者として開発を続けてきたせせりさんに、個人開発で成功するための秘訣をインタビュー!
と思いきや、せせりさんの回答は…「個人開発はおすすめしない」!?

せせり : 本名は大岡まひろ。月間2.5億PV超えを達成した、Twittterでおなじみのサービス「質問箱」や、Vtuberのおめシスさんとのコラボで作成し、月間1.3億PVを達成した「ココスキ」が代表作。数十個のサービスを開発し、運営・売却・閉鎖している、日本一の個人webサービスクリエイター。
個人開発はおすすめ「しない」

みつじ
せせりさんって、個人で開発したサービスの収入で生きていくという、エンジニアの一つの理想形を実現されているじゃないですか。
せせりさんのように個人開発で生きていきたいエンジニアは多くいると思います。秘訣を教えてください!

せせりさん
正直、お金儲けのために個人開発しようとするのはおすすめしないです。
絶対に作りたいモノがあったり、どうしても個人開発にこだわるのなら別ですが。

みつじ
え!?
個人開発は一発当てれば大金を稼げる理想の働き方じゃないんですか!?
てっきり多くの人にオススメなのかと思ってました…。

せせりさん
むしろ個人開発は効率が悪いです。
開発初期のフェーズでは、実装をすればいいだけではなく、アイデア出しからUIデザイン、マーケティングや営業など、まだまだ挙げきれないほど多くのことを全部自分ひとりでやらなきゃいけないですから。


せせりさん
保守・運用のフェーズに入っても、緊急の障害対応だけでなく、クレーム・問題対応も発生します。
これだけやることが多いと、どうしても得意じゃないこともやらないといけないですし、そういうタスクをやるのはやっぱり大変です。

せせりさん
それに、当たり前ですがうまくいかないサービスもでてきます。
気合を入れてしっかりしたコードをたくさん書いたわりにうまくいかないときは特に凹みますよね。
僕は「きれいな粗大ごみ」と呼んでて、初期からそういう開発はしないようにできるだけ気をつけていますが、これまでにいくつもの「きれいな粗大ごみ」は生まれています。

みつじ
初期は雑な実装でも検証できるものをつくる、というのも個人開発においては重要そうですね。

せせりさん
ちなみに、質問箱は最初月100万PVを目指してたんです。
でも、蓋を開けてみると月2.5億PVのペースでPVが増えてて。
すぐにサーバーが持たなくなり、それに対処するために寝る間もなくサーバーを増強してました。

誰しも一度は目にしたことがある、といっても過言ではない質問箱のトップページ。
質問箱トップページより

みつじ
2.5億PV!?
すごい金額の広告収入になりそうだ…。

せせりさん
正直、嬉しさよりも勘弁してくれよ…という気持ちが勝ってました(笑)。
質問箱を譲渡したのも、対処の膨大さが個人開発の域を超えてきたのが大きな理由の一つです。
過去に作成したサービスだと、口コミサービスだと警察づてに削除依頼が来ることがあるし、ゲーム系のSNSだとそのゲームの制作元から怒られることがあります。

みつじ
たしかにそれを1人で全部処理するのはめちゃくちゃ大変そうですね…。

せせりさん
個人で開発するくらいのモチベーションがあるなら、誰かと組んで会社を作った方がいいと思っています。

みつじ
なるほど…。
でも、せせりさんはこれまではずっと個人開発ですよね?

せせりさん
止むに止まれぬ理由があって…。
僕、友達がいなかったんですよ(笑)。

あっけらかんと話すせせりさん

せせりさん
厳密に言うと、サービス開発を一緒にできる友達がいなかったんです。
開発を誰かと一緒にやるときって、お互いのこだわりを理解できて、同じくらいリソースを割ける必要があると思っていて。

せせりさん
自分はサービスを開発するときは、アイコンやボタンの位置といった細かな部分でも徹底的にこだわるタイプで、気に入らないことがあったら100回でも200回でも修正するんです。
でも、自分と同じくらいの熱量を持って一緒にやれる人が見つからなかったんで、仕方なく1人でやってました。

みつじ
同じくらいの熱量を持つパートナーを見つけるというのはたしかに大事ですね。
今の生き方を選んだ理由は「朝起きれないから」

みつじ
経歴を見ると、せせりさんは企業には一度も勤めず、キャリアの最初から今までずっと個人開発をされてますよね。
企業に勤めて開発をされなかったのには、なにか理由があるんですか?

せせりさん
僕、朝起きることが本当に苦手で(笑)。
病的に苦手なので、中学生の頃からずっと、朝起きなくていい仕事はなんだろうって考えてたんです。

みつじ
筋金入りですね(笑)。
朝起きなくていいように、フレキシブルな勤務形態が多いエンジニアを選ばれたんですね。

せせりさん
ちょっと違います。
そう思ってエンジニアになり、2010年頃には就職も意識し始めました。
でも、当時はITバブルだなんだと言われながら、フレックス制を導入している会社なんてほんの一部で。
朝起きれないとだめじゃん…ということで、大学生のころに、企業には勤めずに個人開発で生きていくことを決めました。

2007年の、エンジニアの労働環境に関する記事。当時は、今ではスタンダードとなった、会社によるエンジニアの労働環境への投資が必要だと叫ばれていた。
ITmediaより 
せせりさん
実は大学生のころに既に個人開発したサービスの売却をしていたり、ある程度サービスの収益化はできていたりしたので、個人開発で生きていくことにそこまで抵抗はなかったです。

みつじ
大学生で既に収益化やサービス売却も経験していたのか…。
めちゃくちゃスーパーエンジニアじゃないですか。

せせりさん
収益化やサービス売却については、技術力というより、時代の影響が大きいと思います。
当時はまだまだインターネットの黎明期だったので、サービスを作るだけで神扱いでした。
今同じサービスを作ったとしても、競合や質の高いプロダクトが多く、当時ほどうまくはいかないでしょう。

エンジニアなら一度は使ったことのある、プログラミングQ&AサイトのStackOverFlowや、障害が発生するたびにTwitterで阿鼻叫喚の声が聞かれるGitHubのローンチが2008年。日本最大のプログラマ情報共有サービス・Qiitaのローンチは2011年。

みつじ
たしかに技術だけじゃなく時代やタイミングは大事ですね。
個人開発でも「使われるUI」を目指せ

みつじ
とはいえ、せせりさんは大学生の頃から今まで、質問箱のような「使われるサービス」を作り続けられているじゃないですか。
せせりさんが使われるサービスを作れている要因ってなんでしょう?

せせりさん
さっきも少し言及しましたが、UIまわりにはかなりこだわっています。
ボタンの位置が数px左にずれてるとか、文字のサイズが1px大きいとかでも修正します。

みつじ
もはやデザイナーと同レベルのこだわりですね…!
どうしてそんなにUIにこだわるんですか?

せせりさん
誰しも一度は経験あると思うんですけど、絵が受けつけなくて読めない漫画ってあるじゃないですか。
一度絵がムリになってしまうと、その漫画の面白さに関係なく、読めなくなってしまう。

みつじ
たしかに、僕にもいくつかどうしても絵が受けつけなくて読めない漫画があります…。

せせりさん
Webサービスにも同じことが言えると思っていて、デザインがユーザーの中にある「最低でもこれくらいじゃないと無理」ってライン以下だったり使いづらいサービスだと、どれだけ素晴らしいものでも使われなくなってしまう。

せせりさん
ほとんどの個人開発者は、アイデアは良くてもこのUIの最低ラインをあまり意識していないので結果的に使ってもらえない現状があると思っています。

みつじ
個人開発の課題の一つがUIデザインだ、という事実は目からウロコでした…!
でも、UIデザインをどうやって勉強していいかわからないのエンジニアは多いと思います。
せせりさんはどうやって身につけたんですか?

せせりさん
いいなと思ったサービスを真似して作ってみるということは何度もしてましたね。真似をしつつ、色やバランスを変えてみたりとか。
あとは、他のサービスを見ていて、いいと思ったところがあったらとにかくスクショしてメモを取っています。
矢印を引いて「このパーツの使い方がいい」みたいな感じで。
これは個人開発を始めた初期からずっとやってます。

実際にせせりさんが「いい」と感じたUIとメモ。

せせりさん
そうやって集めたUIパーツを自分のサービスに活かすことは多々あります。
もちろん大きさや色は変えて、サービス全体の調和が取れるようにしますが。

みつじ
そこまでUIにこだわることで、ユーザに受け入れられるサービスになるんですね。
個人開発ほど「コスパ」にこだわれ

せせりさん
あとは個人開発者ほどコスパを意識することも重要ですね。
サーバーコストを下げるために負荷の少ない、静的サイトのような構造を採用するとか。
あとは、CGMのようにコンテンツが自動で集まってくるようにすることで、システムの保持にのみ集中できるようにするとか。

せせりさん
例えば、競合があまりいない分野の口コミサイトやwikiだと、ユーザが自然と中身を充実させていってくれます。
昔だと、ゲームのwiki、特に某モンスター狩猟ゲームのwikiなどは結構伸びましたね。
大きなwikiサイトが出てきてからはすぐに閉じましたが。


みつじ
なるほど、たしかに自分でコンテンツも作る必要があるとなると、開発のために割ける時間もかなり少なくなってしまいますね。

せせりさん
もう一つ、コスパを考える上で一番重要なことが一つあるんですが、なんだかわかりますか?

みつじ
え…。リリース前に機能を載せすぎない、とか…?

せせりさん
もっと重要な点があって。
それが、サービスの魅力とユーザの数に関係がないサービスを作ることなんです。

せせりさん
例えば、Twitterやその他SNSのように、ユーザが多いほど楽しいサービスはたくさんあります。それを見て同じようなサービスを作る個人開発者もたくさんいます。
でも、こういったサービスのいちばん大変な部分は、ユーザを集めてくるところなんですよね。
Twitterの100倍いいサービスを作った!と言っても、そこにユーザがいなかったら全然魅力はないんです。

みつじ
なるほど!
でもいいサービスであれば自然とユーザは集まってくるんじゃ…?

せせりさん
それは幻想です。
ユーザを集めるために必要なのは、営業とマーケティングです。

みつじ
ばっさり切り捨てられた…。
でもせせりさんは営業とか得意じゃないって言ってましたよね?
どうやってユーザ数の問題を回避してサービスを成功できたんですか?

せせりさん
僕は実はツール系のサービスを作ってきたんです。
ツール系のサービスって、そのサービスを利用するのが1人目でも100人目でもサービス自体の魅力に違いはありません。
人を集めなくても、機能がニーズに合致していたり、面白さが伝われば使われます。
つまり、営業を頑張る必要がないんですよね。


みつじ
確かに、僕もよくフォーム作成、スクショ管理、gif作成などでウェブサービスを使うんですが、他の利用者の存在を意識したことはありませんね…。

せせりさん
実は質問箱もツール系のサービスなんですよ。
拡散の仕組みにTwitterを使っただけで、提供している「質問を受け付けて回答をし、拡散できるようにする」機能は、他に何人ユーザがいようと変わらないんです。

せせりさん
正直な話、ツール系のサービスはユーザ数が必要なサービスの100倍簡単です。
マーケティングにお金をたくさん払えるならともかく、個人開発ではそんなことないですよね。

みつじ
個人開発者はツール系のサービスに挑戦するのがオススメということですね。
一流個人開発者・せせりさんの次の挑戦はe-sports業界

みつじ
質問箱を譲渡してから、せせりさんの生活になにか変化はありましたか?

せせりさん
外部からの依頼はたくさん来ましたね。
専門学校の講師、大学での講義、書籍、面白かったのだとドキュメンタリー番組の取材みたいなのも来ました。


せせりさん
僕はあんまり他人に夢を見せたくないんですよ。
僕が個人開発で生きてきたのも、さっき言ったように朝どうしても起きられないという消極的な理由からであって、おすすめするものではありません。

せせりさん
自分はたまたま早い段階で収益化や売却ができましたが、外から見て僕がよさそうに見えるのは生存者バイアスみたいなもので、個人開発で生きていくというのは人生が10回あっても1~2回くらいしか上手くいかないと思っています。

みつじ
再現性はないからおすすめしない、ということですね。
質問箱を譲渡して1~2年が経ちましたが、せせりさんは今は何をされているんですか?

せせりさん
いくつかのサービスを開発したり閉じたりした後、e-sports関連のサービスを開発する会社を立ち上げました。
僕、ゲームが大好きで、できることならずっとゲームで遊んでいたいくらいなんです。
だからこそ、e-sportsをもっと盛り上げたくて。

せせりさん
今のe-sportsシーンって、プロによるトーナメント形式の競技がメインなんです。
でも、ゲームをしてる人の99.9%はアマチュアです。
プロだけでなくアマチュアの人も楽しめるような大会や仕組みを作れれば、もっとe-sportsは盛り上がるんじゃないかと思っています。


みつじ
アマチュアゲーマーとして、めちゃくちゃ賛同できます…!
でも、そういったサービスって、せせりさんのこれまで避けてきた、ユーザが多いほど楽しいサービスですよね?

せせりさん
そうですね。
個人開発ではなく会社を立ち上げたのも、ユーザを集めるために営業やマーケティングをしてくれる仲間を集めるため、という側面があります。

せせりさん
e-sportsはまだまだ盛り上がる素養があると思っています。絶対にもっとおもしろくできるはずなんです。

せせりさん
これまで自分が作ってきたサービスと比べて、結果の出るまでに時間のかかるサービスだとは思っています。
最短でも2~3年はかかると思っていますし、もっと長くかかるかもしれないです。
それに、よほど見込みが出ないときにどういう判断をするかはまだわかりません。
でも、今は楽しくやっていますね。

みつじ
1ゲーマーとして、せせりさんがどんなサービスを作ってくれるのか、すごく楽しみです。
せせりさんの新しいチャレンジ、応援しています!
日本一のWebサービスクリエーターとして、日々挑戦し続けるせせりさん。
なんとこのインタビューをきっかけに、企画とデザインに20時間、実装に20時間という高速開発で、新たにWebサービスを開発されたそうです!
「本の手触り感」を実現さている部分が面白いので、ぜひ触ってみてください!

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