「エンジニア向け」量子コンピュータ知ったかぶり指南:量子コンピュータベンチャーに根掘り葉掘り聞いてみた
Google社が量子コンピュータでの「量子超越」を実証したと主張したのが去年の10月。
当時も解説記事はたくさん出ましたが、「後で読む」に積んだまま読めてないエンジニアも多いのでは…?
普通のWebエンジニアからすると、「量子コンピュータ」ってあまりにも遠くて実感がわかないですよね。
今回アンドエンジニアでは、量子コンピュータについて完全素人のエンジニアが、量子コンピュータベンチャー「QunaSys」の社長の楊天任さんに質問をぶつけまくってみました!
「エンジニア向け」量子コンピュータ一問一答
量子コンピュータっていきなり言われても、インタビュワー含め、よく分かっていない読者が大半だと思うので、まずは一問一答形式で聞きまくってみます。
これを読めば、あなたもSNSで量子コンピュータについて知ったかぶり出来るかも!?
(編集注:本記事の記述は量子コンピュータについてのものです。量子アニーリングはまた別の技術になります。)
量子コンピュータってなに?このPCもスマホも量子コンピュータになるの?
勝手に真空管→シリコン→量子コンピュータみたいな偏見を持っている。
別に皆さんの手元のPCやスマホが量子コンピュータになる訳ではないです。 今までスパコンで解いていたような、例えば「天気予報」「流体シミュレーション」「材料設計」などのタスクの中で、一部古典コンピュータ、つまり今までのスパコンより早く問題を解けるようになるかも、というのが量子コンピュータですね。
スパコン要らなくなるの?
じゃあ今頑張って稼働しているスパコンがいつか全部リプレイスされるってことですか?
量子コンピューティングが得意な問題と、そうでない問題があるんです。 比較的得意な問題の方から、「量子加速:量子コンピュータが古典コンピュータより優位になること」が起こっていくとされています。
具体的には、今QunaSysで取り組んでいるような「量子化学計算」の領域から始まって、将来的に「機械学習」の領域や、線形方程式の逆行列を求めたり、っていう領域で古典コンピュータを超えていく、という予想になっていますね。 この辺の進捗は、効率的なアルゴリズムが発見されるか、というところにかかっています。
古典コンピュータだと指数時間の計算量かかってたのを、多項式時間で解ける(かも)って理解で合ってる?
パワフルなアルゴリズムが知られている場合はそうなりますね。 ただ、例えば最適化問題では√(ルート)でしか速くなりません。 あと、現在の量子コンピュータにもいろいろ方式があるんですが、動作クロック数が古典コンピュータより大体1000倍以上遅いから、nが小さい問題だと古典コンピュータの方が早いです。
RSA-2048が破られるからセキュリティオワタ!って聞いたけど?
RSA-2048(編集注:現在主流な公開鍵暗号の方式の一つ。)が量子コンピュータで破られるかも、ってニュースで聞いたことあります。 これも、素因数分解が今までは指数時間でしか解けなかったけど、量子コンピュータだと多項式時間で解けるからってことですよね。 そうなったら今のインターネット・セキュリティが根本的に終わっちゃうのでは…?
量子コンピュータだと素因数分解が多項式時間で解けるっていうのは、Shorっていう有名な研究者が1994年に証明したんですよね。 ただ、実際にRSA-2048を解こうと思うと、Qubit(古典コンピュータでのbitに相当)が2000万個ある、つまり2000万Qubitで8時間かかる、とされている。 この前Googleが量子超越したってリリース出した時に使ってたのは何Qubitだと思います?
う〜ん、10万とか?いや、1000?
53Qubit。 ただ、Googleの計画では10年後に100万Qubitを達成しようとしているから、それが正しい予言なら、10年ちょっとしたらRSA-2048は完全にセキュアな暗号方式ではなくなってるかもしれないね。
大きく言うと、アルゴリズムの領域と、ハードウェアの領域でまだまだハードルが高いってことですね。
正直、現段階ではまだ、産業界でインパクトを与えている技術ではないですね。
量子コンピュータ業界でベンチャーをやっていくということ
量子コンピュータについてはある程度、(素人なりに)分かったように思うんですが、楊さんの会社って何をやっているんですか?
さっきも言ったとおり、量子コンピュータは現時点では産業界にインパクトを与えられていない訳です。 ただ、近い将来に、大きな産業的インパクトをもたらす可能性が高い。 弊社は、量子コンピュータのハードウェアの進展を指をくわえて待っているだけではなく、そのアルゴリズム・ソフトウェアを改良して 、 量子コンピュータの実用を近づけようということに取り組んでいます。 例えば三菱ケミカル様と、「光学特性の精密制御を目指した研究」を行っています。
ノウハウっていうのは?
現在でも、例えば20TBぐらいのメモリがあれば、古典コンピュータで40Qubitの量子コンピュータの動きをエミュレートすることは出来るんです。 近い将来、200Qubitぐらいの量子コンピュータが使えるようになったときに、数十Qubitの量子コンピュータの運用が出来ていないと、運用できる訳ないですよね。
えっ、古典コンピュータでも模倣できるんですか?
必要なメモリと実行時間は指数的に増えていくから、めちゃくちゃ遅いし、数十Qubitのエミュレートが限界ですけどね。 Googleが「量子超越」のニュースのときに用いたコンピュータも、当然エミュレート不可能ですね。
「冬の時代」を見越す会社、そうじゃない会社
さっき、「量子コンピュータはまだ産業界にインパクトを与えられていない」という話だったけど、まだ実用的でない技術をベースに会社をやっていくことって、いろんな難しさがありそうだと思うんですが…?
そのとおりで、例えば機械学習分野で何度も来た「冬の時代」が近いうちに来ると思っています。 今はGoogleの量子超越のニュースで業界が沸いているけど、その先を見据えた経営をしないといけないな、と。
具体的にはどういうことされてます?
やっぱり、クライアントさんとの期待値調整が重要ですね。 「今すぐには産業的に利益が出るわけではないけれど、この技術の可能性を理解してもらい、アルゴリズムのブレイクスルーで可能性が大きく広がる」と理解していただくことが大事だと思っています。
ただ、今だと「量子コンピュータ」ってだけで案件を取れたりもするし、将来の利益にも繋がらないような売り方をしている会社さんもいるのは事実で…。 「ただ量子コンピュータをやってみたという実績がほしい」クライアントさんなら、Win-Winかもしれませんが。
確かに、売り方次第で会社だけでなく、ひいては業界への不信に繋がっちゃいますもんね。
量子コンピュータは「将来の縁の下の力持ち」
量子コンピュータが実用化された未来って、どんな未来になっているんでしょうね?
量子コンピュータが担うのは今スパコンがやっているようなタスクなので、あまり一消費者が実感として持ちにくい部分になっちゃうと思います。 発電所の効率が上がるとか、めっちゃいい電池が出来るとか…。
天気予報の精度上がっても気づかなさそう笑。
ですよね笑。 とはいえ、産業的インパクトはやはり大きくて、CAE解析(Computer Aided Engineering)って分かります?
一切分からず。
機械系の方だとわかると思うんですが、例えば車をデザインする時に、昔だったら安全性のために「車をぶつける」ってのを何回も何回もやって、一番安全な車を作る、っていうのをやっていたんですよ。 それを今だと、CAE解析を使って「このデザインが一番安全そうだ」って計算を行うことを通して、当たりをつけて、そのデザインだけ作って、実際に検証する。 なので、結果的に大きなコストカットが可能なんですよね。 同じようなことが、車だけでなく、あらゆる「ものつくり」で行われています。 量子コンピュータは、薬やマテリアルなど「まだまだ実際に作って性能を測るということを繰り返している分野」に貢献する、という訳ですね。
なるほど、産業における「将来の縁の下の力持ち」という訳ですね。
実用化はまだでも、将来的に大きな産業的インパクトを持っている「量子コンピュータ」。
今までよく分かっていなかった読者の方の知ったかぶりに貢献できそうでしょうか?
ちなみに、QunaSysではエンジニア向けに量子コンピュータ入門ドキュメントを公開しています。
興味の沸いたエンジニアは挑戦してみては?
楊さん、ありがとうございました!
ライター
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