「アイドルのミュージックビデオ」と聞くとみなさんはどのようなものを想像するでしょうか。
キラキラ笑顔やダンスパフォーマンス、水着シーンなど、思いつくものがたくさんあると思います。
そんなMVが多くあるなか、あるアイドルのMVが最近大きな話題を呼びました。 そのMVがこちらです。 サムネイルの衝撃に負けずに再生してみてください。
…いかがでしょうか。 もちろん実写のMVではありません。 なんとこのMVはゲームエンジンのUnityで制作された全編CGのMVなんです。
どのような着想からこのようなMVが生まれたのか? UnityでMVを制作するとは?
Devil ANTHEM.(デビルアンセム)の新曲『UP』のMVにおいて、制作のディレクションをしたサワイシンゴさん、Unityを用いてCGのMVを制作したレーズンさんにお話を伺いました。
全編CGの「アイドルのMV」ができるまで
MV制作までの流れ
このMVを初めて見たときにかなり衝撃を受けたんですが… 今回のMVはどのような流れで制作されていったのでしょうか?
まず今回の曲『UP』のCDのジャケットやMVのディレクションを私が担当していました。 MV制作にあたってプロデューサーの方とディスカッションをする中で、方向性に合うのがCGを得意とするレーズンさんだったんです。
アイドルといえば本人たちが登場するキラキラなMVが多いですよね。 どんなディスカッションからあのMVの方向性になったのか気になります。
まず、サワイさんから「CGをメインに使ったMV」をお願いされまして、そこから『UP』の曲調・歌詞・世界観、メンバーの雰囲気やビジュアルをどうCGをメインにしたMVに落とし込むかはかなり考えましたね。
サワイさんと色々案を練りつつ、例えばサビは実写にする案もあったのですが、プロデューサーの方から「グループとして今年は『攻める』がテーマ」とお聞きしたのもあり、インパクト重視で全編CGでいくのを提案しました。 アイドルのMVでもインパクトがある攻めたMVという方向を全員が見れたのが、このMVの方向性に結びついたのだと思います。
「アイドルのMV」にするためには?
いや本当に、アイドルのMVではまったく見たことがないタイプの映像でした。 全編CGの異質感がありながら「アイドルのMVっぽさ」を出すためにはどのような工夫をしたんでしょうか?
基本的に全編CGなんですが、2番で実写を入れ込んだんです。 CGのみだと攻めすぎた印象になるところを、実写の映像が入ることでアイドル感を担保しました。
これは絶対入れたいと思っていたポイントです。 ファンの方もアイドル本人がちゃんと出てくれないと嫌ですよね(笑)。
この部分、実はインスタのストーリーズの撮影機能を使ったんですよ。 メンバーが等身大で楽しんでいる感じや可愛さが出ていて、それってファンが嬉しくなるポイントだったり、アイドル感につながる点だと思うんです。
ほっぺたの赤いマークなど不思議に思っていたんですが、インスタを使ってたんですね…!
メンバーは普段はインスタをやっていないので、制作陣でフィルタをピックアップしておき、メンバーにその場で選んでもらって撮影しました。 メンバー自身に選んでもらったのでセルフプロデュース感もあり、それぞれの良さが出ていると思います。
もっとわけわからないフィルタも撮影してみたんですが、ごちゃつきすぎたのでシンプルな方向でまとめました。 フィルタは実際にあるんでぜひ探してみてほしいですね。
それと、歌詞が渋谷原宿のイメージと聞いたので、撮影は渋谷と原宿の間で行いました。 よく見ないと分からない細かいこだわりですが(笑)。
ファンの方には嬉しい制作秘話をありがとうございます…!
攻めながらも「アイドルMVの王道」は押さえる
『UP』はラップとEDMが混ざったような曲調や自己紹介風の歌詞などからギャルっぽさを感じていて。 全編CGの異質な世界感の中にギャルっぽさをどう入れていくかは大きな課題でした。
そのために入れたのが、インスタのフィルタを使ったメンバーの実写であり、反響の大きかった水着でのダンスシーンです。
最初に案がきた時、本当にびっくりしましたよ(笑)。
絶対NG出るだろうなと思いながらプロデューサーさんに提案したら、メンバー本人は無理だけどCGならいいよと言われて(笑)。 全然ブレーキかからなかったです。
おかげで、アイドルMVの王道の一つである「水着」を実現でき、一気に「アイドルのMV」に近づきました。
たしかに、アイドルと言えば水着MVも多いですもんね…!
Twitterでファンの方が「水着・走る・ダンスがあって、要素としてはアイドルのMVの王道だ」と言ってくれていて。 実はそれ、狙ってたんです。
違和感のある映像になるからこそ、逆にベタなところをしっかり押さえないとアイドルのMVにならない。 アイドルのMVに必要な要素を、この作品ではかなり入れているんです。
言われてみれば、たしかに。
だからこそこの密度のMVになりましたし、刺激的な映像でありながらも、ぎりぎりアイドルのMVとして成立させるのを目指しました。。 必要な要素が抜けていたら、もっと質の低いものと受け取られてもおかしくなかったと思います。
なので、アイドルMVのツボを押さえた制作経験がなく、Unityの映像が作れるだけだと難しかったかもしれないですね。。
苦労した点で言うと、最初に作ったCGが結構不細工な出来になっちゃって。 メンバーの可愛さをちゃんとCGに反映しなきゃ、というプレッシャーは自分にかけていました。 顔の部分のCGは何度も修正しましたし、かわいい顔に見えるようなカメラの位置などもひたすら模索していましたね。うまくいってるといいんですが…。
UnityでMVを制作するための技術とノウハウ
ゲームエンジンの中でもUnityを選んだ理由
全編CGのMVというお題に対して、Unityを使って制作された理由を教えていただけますか?
普段からUnityに慣れていたのもありますが、効率よく進めるためにも「CGのレンダリングの時間が短縮できること」を重視しました。 Unityであればリアルタイムでどんどん反映できるのではないかと。
レンタリング時間も見越してプロジェクトを進めていくんですね。
そしてUnityを選定した最大の理由が「アセットの豊富さ」ですね。 全編CGで1本のMVを作るにはプロジェクト期間が短かったので、アセットをかなり活用しました。
背景や建物はたしかにアセットですよね。 メンバーが着ている衣装はどうやって作っているんですか?
衣装もアセットをベースにしています。 基本的なセッティングができているアセットを加工する方が圧倒的に早いので。
例えばメンバーの赤いワンピースは、白いワンピースの色を変えてツヤ感を足したりスカートの丈を詰めたり細かい加工をしたものです。
アセットの加工!なるほど! サビのところでメンバーがダンスを踊ったり急にアッパーしたり、こういうモーションはどうしたんですか?
そのモーションも全部アセットです。オリジナルでつくったモーションは一つもないんですよ。
え、そうなんですか!? こんな拳を突き上げるモーションまでダンスのアセットに!?
これはダンスのアセットには入っていません。格闘ゲーム用のモーションのアセットを購入したんです(笑)。 格ゲーのアッパーカットのモーションです。
たしかに、よく見ると人を殴る動きです。
サワイさんがジャケットのイメージがアッパーだと聞いたので、思い切って格ゲー用に作られたモーションを組み合わせました。
かなり大胆にアッパーをするなって思っていたので、話を聞いて腑に落ちました。
この動きの制御にはUnityのTimelineという機能を使っています。 任意のタイミングでどのモーションをを行うかを設定できると同時に、モーションのブレンドができるんですよ。
モーションのブレンド…?
今回だと、ダンスするモーションのアセットがあり、アッパーするモーションのアセットがありました。 これを組み合わせるときに、急にモーションが切り替わると昔のゲームみたいにつなぎが不自然に見えてしまいますよね。
Unityのタイムライン機能は、復数のモーションをスムーズにつなぐことができるんです。 これを活用することで、シンプルなモーションの組み合わせでもオリジナリティのある動きを作ることができました。
格闘技用のモーションとダンスのモーションって全然別のはずなのに、それをうまくつないでくれるんですね…!
Unityにおける人型の骨格には、Humanoidというフォーマットがあり、これを活用することで、Unity用に作られた様々なモーションが使えるんです。 TimelineやHumanoidを活用して、スムーズな動きを実現できました。
Unityでも高解像度の映像を実現するためのHDRP
ゲームエンジンだとUnreal Engineなど他の選択肢もあり得たと思うんです。 それでもUnityを選んだ理由は、アセットの豊富さ以外にもあるんでしょうか?
HDRP(High Definition Render Pipeline)が使えたというのも大きいです。 Unityの中には、レンダーパイプラインというCGをレンダリングする際の仕組みがいくつか用意されているんです。
レンダーパイプラインには、モバイルゲーム用の軽くてチープなものから、PCゲームで使うような高級で重たいものまで色々あるんですが、その中でAAA品質のゲーム使われることを目指したレンダーパイプラインがHDRPです。
Unityの一般的な映像とUnreal Engineで作られた映像を見比べると、Unreal Engineの方が圧倒的に綺麗なんです。 ただ、HDRPを使えばUnreal Engineに迫る綺麗なビジュアルが作れるのではないかと思い、今回はUnityで進めることにしたんです。
HDRPを使った映像制作は初めてだったので、制作開始前にHDRPに関する公式の資料の読み込みやテスト用のプロジェクトなどの研究の期間は長く確保しましたね。
CG制作や3Dモデル制作についてのスキルやキャリア
レーズンさんのようなUnityで映像を作るスキルって、キャリアにおいて役立てられるものなのでしょうか?
ゲーム関係のキャリアを歩みたい方であれば確実に役立つスキルだと思います。 1人でプロトタイプを作れたりすると、エンジニアとの連携においてもUnityを触れるかどうかでかなりワークフローが変わってくるので。
またVTuberはUnityベースのものも多いですし、ライブや音楽活動は増えてきているので、MV制作で活躍の機会は増えるかもしれないですね。
たしかに。VTuberの台頭によってUnityを使った仕事が増えていく可能性があるんですね…!
今後Unityなどを本格的に学習したいという読者もいるかと思います。 そのような方はどのようにして学んでいくとよいのでしょうか?
僕はゲーム会社で10年くらい働いていたので初学者の方とは前提が少し違うのですが。 VTuberやVRChatなどでモデル制作や配信などにトライしながら、Unityに慣れていくのは良さそうかなとは思いますね。
たしかにとっつきやすそうです。
僕もVTuberでの配信をやってみたくてUnityに触れるようになり、色々とできるようになっていったので。 VTuberに関する情報はネット上に多くあるので、敷居はかなり低いと思いますよ。
とにかく触ってみるのが大事なんですね。
ただ、VTuberってUnityの基本を学ばなくてもできちゃったりします。 Unityの基本的な操作や設計思想を学ぶためには、スペースインベーダーみたいなミニゲームを作ってみるのがオススメです。
特にUnityの設計思想を理解できると、できることが途端に増えていきます。 最初は興味のある分野から入り、Unity力を上げたい人はそのような開発に進んでみてほしいですね。
参考になります。 映像作品を作りたいという方はどうすればよいですか?
まずはアセットの組み合わせで何ができるかを考えて、作りきってみるのがいいと思います。 なんでも自分で手を動かすのは時間がかかりますし、まずは組み合わせでいいので作ってみることが近道ですね。 今回の『UP』のMVも実際かなりアセットを使ってやっているわけですし。
ありがとうございます。 CG制作等に挑戦したい方、ぜひ参考にしてみてください!
UnityでのMV制作について、本当に興味深い話ばかりでした。 レーズンさん、サワイさん、そしてDevil ANTHEM.のみなさんありがとうございました!
今回の動画の制作をされたレーズンさんが、来年の2月に山梨県でUnityを使った3Dゲームを作るワークショップを行います! Unity初心者の方向けに基本的な使い方、ゲームの作り方、VTuberやVRなどにも少し触れられるようなものとなるとのことです。
気になった方はぜひチェックしてみてください!
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